床に血の水たまりがドンドン大きくなります。
お母さんは唇を噛みしめて痛みに耐えています。
傷口はガタガタで、何かが近くで爆発したような見た目になっています。
「智子、御願い逃げて」
私は、聞こえていましたが聞こえないふりをして、どうしたらいいのか考えていました。
全身が凍るように寒いです。
両手がガタガタ動いて止まりません。
まずは、血を止めないと。
それでもこの考えにたどり着きました。
血を止めるためには、傷口のすぐ上の動脈を締める必要があります。
何か足を縛る物を探しました。
お母さんはズボンをはいています。
腰にはベルトがありました。
「お母さん借りるよ」
そう言ってベルトを外そうとします。
でも、手が震えてうまくいきません。
こんな時こそ落ち着かないといけないのに。
「ふぐうぅー」
変な声が出て来ます。
血が次々出て来ます。
いつもより時間がかかって、やっとベルトが外れました。
震えの止まらない手で傷口のすぐ上を締め付けます。
何度か流れ矢が、天井を壊しました。
出血は少なくなりましたが、それでもジワジワにじんできます。
私はこんな大けがを見た事がありません。
真っ白な骨まで見えています。
お母さんの出血が少なくなると、だいぶ落ち着きました。
でも、手は勝手にガタガタ別の生き物のように動きます。
まるで、切れたとかげの尻尾のようです。
「智子、よく聞いて」
「いや!!」
私は反抗期の子供の様に駄々をこねます。
お母さんは、右手を上げました。
烈火のように怒りの表情です。
でも、唇は紫色になっています。
弱々しく私の頬をペチンとしました。
そして、声を出さずにポロポロ涙をながしました。
私はさっきから、警察に電話をしようとしていますが、勝手に手が動いてしまってなかなかかけられません。
やっとダイヤルし終わっても、話し中でした。
消防も同じでした。
「ごめんね」
お母さんは、弱々しく謝りました。
私は、首をふってお母さんに抱きつきました。
いつぶりでしょう、お母さんに抱きついてあまえるのなんて。
「たれかーー!! たれかーー!! いませんかーー!! わたしたちはーー!! きゅうちょ隊てーーす!!」
声がしました。
よく考えればこんな発音の救助隊はいませんよね。
でも、私は。
「た、助けてくださーーーーい。ケガ人がいまーーす」
大声で返事をしてしまいました。
「おお、いまつぐいきまーーつ」
「おおーい、みんなーー、こっちに女がいまーーす」
私は全身に冷たい汗が噴き出しました。
「ひっひっひっ」
男達の姿はとてもかたぎには見えませんでした。
大きな傷痕が顔にある人や、目つきが殺し屋のような人、全部で5人ほどが集って来ました。
「べっぴんさんじゃねえか」
1番からだが大きい恐ろしい顔をした男が言いました。
リーダーでしょうか。
「2人ともべっぴんさんだ。だが、こっちはいけねえ。大けがをしているなあ」
殺し屋のような目の男が、お母さんの足の怪我に顔を近づけます。
「へっへっへっ、そう長くはなさそうですぜ」
「死んでからでは気持ちよくねえ。先にこっちを楽しむぞ。そっちの娘は逃げられないようにつかまえておけ」
リーダーの男が言いました。
私の体を、手下の2人が押さえつけました。
「なんで、なんで、こんなことをするのですかーーーー」
私は、さけんで暴れました。
手下は、あんまり出来が良くないようです。
私は、押さえつける手を振りほどくことが出来ました。
お母さんは、それを見て。
「ともこーー!! にげなさーーい!! にげてーー!!」
お母さんは、殺し屋の足に噛みつきました。
「いてーー!! なにをする!!」
殺し屋は、お母さんの出血する傷口に顔を出す骨を思い切り蹴りました。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!」
それは、耳を覆いたくなるような悲痛な叫びでした。
私はその悲鳴を聞くと全身から力が抜けてしまいました。
「ねえちゃん、勇ましいなあー」
そんな私に、リーダーがニコニコ顔で近づいてきます。
そして、髪の毛をわしづかみにして腹を殴りつけました。
内臓がズタズタになるような激痛が走ります。
同時に呼吸が出来なくなりました。
「がはっ!!」
息が出来なくて、とても苦しくて意識がとおくなります。
立っていられなくて、ひざからくずれおちました。
「なにしとるんじゃーー!!!!」
私を押さえつけていた手下の方が、激しく殴られて蹴られています。
「ねえちゃん、俺達を怒らせるんじゃねえ」
「げほっ、げほっ。な、なんでこんなことをするのですか?」
「ひゃははは、お前達は忘れているのかもしれんねえが、俺達は忘れていねえ。いや永遠に忘れねえ。第二次世界大戦の時日本軍がしたことをなあ。やっと、仕返しができるってもんだ。ひゃあぁーーはっはっはーー!!」
「ううっ、御願いします。なんでもします。母を、母だけは助けて下さい。御願いします。母だけはたすけてくださいーー!! うっうっうっ」
私は押さえつけるリーダーの男に懇願しました。
「ともこー、ちがう、ちがーーう。私が何でもします。私は何をされても抵抗しません。だから娘だけは助けて下さい。御願いします。御願いしまーーす。御願いします」
「バカなのかお前ら、俺達が楽しんだ後は2人仲良くあの世いきだ。最初から助ける気などは微塵もねえ」
「ぎゃはははははははーーーーーーー」
リーダーと殺し屋と傷痕の男が高笑いをします。
「ゆ、ゆるして、くたさーい」
手下の1人が、顔を腫らして私のスカートを引きずり落ろしました。
もう一人の手下が、母のズボンを引きずり落ろします。
「バカかー」
また、手下が殴られました。
「いきなり下を脱がす奴があるかーー。上から、楽しむんだろうがーー」
リーダーが言いました。
手下が、母の上着を脱がせます。
「しかし、若いなー。娘と言っていたが姉妹にしか見えねえぜ」
私も上着が脱がされました。
――誰か、誰か。助けて下さい。
お母さんのブラジャーが外されそうになっています。
そして、私のものも。
「おーーい、誰かいねーーかーー!! 助けに来たぞーーーー!!」
「ば、ばっきゃろーー!! そんな言い方じゃあ、誰もたすけてーーって言えねえだろうがよう」
がらの悪い体の大きな外国人が4人ほど近づいて来ました。
「た、たすけてーーーー!!」
私は「もうどうでもいいや」という気持ちで大声を出しました。
「この野郎!!」
リーダーが私の顔面を殴りつけました。
「きゃっ!!」
下を向いた私の顔から、ポッポッと血の滴が床に落ちました。
「ひひひ、兄貴、たすけてーーって聞こえましたぜ!!」
体の大きなどんぐり眼の外国人が言いました。
「おおーーい、だれか、いるのかーー??」
兄貴と呼ばれた髭面の外国人が言いました。
「うおっ!! 兄貴ーすげー恐い顔をした奴らがいるぜ。日本人かな??」
「誰が、日本人かーー!!」
「なんだ、ちがうのか」
髭面の外国人がいいました。
この人もすごく恐い悪人顔です。
「あの、何でもします。ですから、助けて下さい。そして、こいつらを……うっうっうぅぅ」
私は髭面の外国人に頼みました。
そのときブラジャーが外れそうになったので、手で胸を押さえて隠しました。
この人達もどうせ同じでしょうが、それ以上にリーダーや、殺し屋、傷痕の男が許せませんでした。
「ほう、助けたら本当に何でもしてくれるのか?」
「はい」
私はもうどうでも良くなっていました。
何もかもどうでもいいと思ってうなずきました。