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30 この気持ちは【佐倉side】


「あの顔は恋煩こいわずらいにしか見えなかったよな~多部ちゃんや夏目さんに聞いても想像にまかせるよって言われたけど、連夜さんと想って付き合ってるのかな?」

 想の店から出て、駐車している場所まで歩き出ながら独り言を呟く。


(想の好きな人……普通にいけば連夜さんに違いはないだろうけど、でも……もしもだよ? 想が多部ちゃんのこと好きだったらどうしよう? 俺、想に誰が好きでも応援するって言ったけど、笑えるのかな)


――――――



  誰かにあんなに優しくされたのは久々だった。


 もう、ずいぶん独りで居たからこんなに暖かい毎日を過ごせるなんて思ってもいなかった。

 あの頃絶望の縁にいた俺に教えてあげたいぐらいだ。


 ボスに言われるがままに駒として働き、騙して想を連れ去った時はこれで全て上手くいくと思っていたけれど、想や彰太が殴られた時は絶望しか感じなかった。

 自分さえよければいいのか? こんな人間になりたかったのか? と何度も何度も自分に問いかけ殴られてぼんやりする中で後悔ばかりをしていた。


 あの時、想にも彰太にも「佐倉くんは悪くない!」と言われ、俺は自分のことし考えてなかった自分がもっと大嫌いになった。


 なのに、あの二人は一緒に逃げようと必死で……想も彰太も何ていい奴らなんだろうと思ったよ。

 だからさ、想と彰太に迎えが来た時は本当に嬉しかったんだ、誰も迎えの来ない俺とは違って、二人には迎えに来てくれる人が居る……本当にこの二人には心から幸せになって欲しいと思っていたから。


 全てが終わり、あの時の連夜さんの顔を見てもうすぐ俺は猫ちゃん達と一緒にあっちへ逝けるってどこか安心した。

 もう寂しく無いし、独りじゃないなって。


 だけど想も彰太も俺にお咎めなしの条件を連夜さんに突きつけ、何もしないでって頼んでくれた。 

どうして俺の事をそんなに守ってくれるのかはわからなかった。


 でも、連夜さんは渋々みたいだったけど監視の意味も込めて俺を雇ってくれて、多部ちゃんの家に住むようにと言った。

「えっ! 俺の家に佐倉が住むの? ……ん、まぁいいけど……」

「ご、ごめんね! ちゃんと住処が決まったらすぐに出て行くから!」

「……ちがうよ? そういう意味で言ったんじゃなくて……あぁ~! 大丈夫だから! 佐倉気にしないで!」

「ははは、じゃあ多部ちゃんよろしくね? 佐倉くんよかったね」

「?」

 連夜さんは笑っていたけれど、多部ちゃん本当は嫌だったに違いない。


 けれど、俺に気を使わせないように優しい言葉を選んでくれて、一緒にこの家に住ませてくれた。

 だから、なるべく迷惑がかからないように昼は一生懸命仕事に取り組んで、多部ちゃんが家に居る時は邪魔にならないように極力部屋から出ないようにしている。


 本当はもっと色々話したいけど、そんなことを望む資格なんて俺にはないから。


 でも、事あるごとに多部ちゃんは俺に話しかけてくるし……なんだか胸が痛いや。


(……一体この気持ちは何なんだろう?)


 猫カフェを奪われてから今まで人と深く関係を作った事なんて無い俺にはよくわからないけど、多部ちゃんを見るとなんだかドキドキするし……それにモヤモヤする。


(と、とにかく今は気持ちを切り替えて頑張るしかないよね?)


 ため息を付きながら歩いていると、目の前に今まで考えていた人が急に姿を現した。


「あ、佐倉遅かったから迎えに来たよ?」

「っ……た、たべちゃん? な、なんで」

「ん~迎えにきたかったからかな」

「っ」

 顔を上げるととそこには多部ちゃんがニコニコしながら立っていた。

(もう、優しくしないでよ。俺、胸が苦しいよ……)


「あれ? 佐倉どうしたの? おーい」

「ん、もう過保護だぞー! 佐倉さんは大人だよ?」

「ふふふ、そうだね~俺が心配しただけだよ」

「っ! そっか、あ、ありがとう」

 平然を装ってお礼を伝えたけど、俺を心配したと伝えてくる多部ちゃんに見惚れて、この後何を話したかなんてもう何も覚えていなかった。


―――――


 あれから多部ちゃんと一緒に家に帰って自室でくつろいでいた俺は、そろそろ想を迎えに行こうとしたけれど……連夜が行くから大丈夫と多部ちゃんに言われ、何の仕事も無くなりそのまま家にいる。


「あ、佐倉~丁度よかった! 話したいことがあったんだ」

「ん? なに」

「ちょっと待っててね」

「うん」

 多部ちゃんに話があるからって言われてさっきからリビングのソファに座って待ってるけど……話ってなんだろ? 


(もしかして出て行って欲しいとかかな)


「ごめんね、待たせて!」

「全然待ってないけど、どうしたの?」

「あのね、想のお店の横のお店が立退きしたのは知ってる?」

「うん、最近挨拶に来てたよ? なんか奥さんが身体を壊したから田舎でゆっくりするんだって~あの店主さんも奥さんもすごくいい人だったし、俺も想もめちゃくちゃ悲しかった」

「そうだね、たまに想の店にも来てたもんね?」

「うん。そっか……もう売っちゃったんだ……」

「そうだね……えっとね? ここからが本題なんだけど佐倉さえ良ければ、そこで猫カフェしない?」

「え……」


(一瞬何を言われているのか分からなかったけど……嘘だよね?)


 びっくりしている俺を見てクスリと笑いながら多部ちゃんは続ける。


「もし挑戦するなら一旦土地と建物は俺が買って、佐倉は俺に返済をしていく形を取ろうかと思ってるけど……どうかな?」

「っ……」

 ポロリポロリと涙が溢れ出て頬を伝うのがわかる。


「佐倉? 嫌だった?」

「い、嫌なわけないじゃん! っ……本当に? 本当にいいの? また猫カフェできるの? グスッ……そんなのもう叶わないと思ってた」

「うん! 連夜にも了解とってあるし、想の事も守りながらになるかもだけど、佐倉さえ良ければ」

「も、もちろん! やりたい……やりたい多部ちゃん!」

「ふふ、よかった。じゃあ契約書書いて貰っていいかな?」

「うん!」

 思いも寄らなかった提案にただただ驚いたけれど、俺は涙を拭いながら猫カフェがまた再開出来る喜びを噛み締めていた。


「ふふっ可愛い。じゃあ簡単に説明するね?」

「お、お願いします」

 多部ちゃんの考えてくれた契約書を手渡され一緒に読む。

 内容は今ひとつ理解できていないけれど、だいたい土地と建物で一億円ぐらいするらしく、毎月百万円ずつ多部ちゃんに返していけばいいって事らしい。


(でも、月に売上百万円とか普通に無理だ)


「月に百万円は猫カフェだけじゃ流石に無理かな……せっかくなのにごめんね」

「あ、もちろん厳しいよね? だからそれ以外で想の事とか、俺のお願いとかお手伝いしてくれたら返せるようにするよ~利子も無いから、きちんと毎月それで返済してくれたらいいよ」


(お、お手伝い? 肩もみとか? お茶入れるとか? マッサージ? 運転手かな?)


「どうする? どんなお手伝いがあるかの詳しい内容は後でまとめた契約書を一部渡すから、その中から選んでくれたらいいし」

「うん……わかった! そ、それで大丈夫!」

 多部ちゃんの事だし、きっと色々考えてくれてるはずだし大丈夫だよね!


 俺は多部ちゃんに契約する旨を伝えると、凄く嬉しそうな顔をしながらギュッと抱きつかれたので、俺の鼓動はドキドキしっぱなしでこの後も詳しく内容を読むことも無く、自分の名前を契約書に記入した。


「佐倉ありがとう! よかった」

「?」

「これで契約完了だね」

「う、うん」

 なぜか多部ちゃんにありがとうと言われて訳がわからなかったけど……


 俺はこの後、嫌でも知る事になったんだ。




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