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最終話《希望の船出》

 船着き場までの案内役を買って出たのは、例の舌抜き当番、赤鬼青鬼です。

 ちゃらんぽらんなようでいてもあの二人、ちょっとは責任を感じてたんでしょうね。


 三途さんずの川に続く一本道をのんびり歩きながら、青鬼がしみじみと言います。

「しかし大王様も丸くなったもんだよなあ、アニキ」

「ああ、亡者もうじゃを生き返らせるなんてびっくりだ」

 赤鬼もあきれかえった様子です。

「けどこんなことが続いたらオレたち、うそつきの舌が食えなくなってお先まっ暗だぜ」

「まったくだ。特にあの男の舌はさんざんうそついただけあって、とびっきりの上物じょうものだったのになあ」

 するとここで、青鬼はぼん太をチラチラ見ながら小声になります。

「だったらよお、今、舌だけ引っこいてパクッと食っちまおっか」

「バカ。そんなことしたら、オレたちの舌まで引っこ抜かれちまうだろ!」


 相変わらずくだらないことばっかくっちゃべってる鬼たちの後ろを、亀八かめはち、ウメ、ぼん太の三人は、一歩一歩、地面をみしめるようにして歩いていきます。

 この先、何が起こるのかはわかりません。

 わかっているのは三途の川をもどれば、また何かしらの形で生身の体が与えられるということだけです。

 でも三人には不安などありませんでした。

 互いの目をみかわせば、今度こそ幸せになれるという、前向きで明るい気持ちがわいてくるのです。


「しかしこれだけしてもらった上にこんなこと言っちゃバチがあたるが……」亀八が口を開きます。「また次の人生でも親子三人が出会えりゃ、もう言うこたねえなあ」

 するとウメが当たり前のようにいいます。

「そりゃ出会えますよ。だってあの世でもこうしてめぐりあえたんですからね」


「でも今度は姿かたちがまったく違うだろ。どうやってオイラたちだってわかるんだ?」

 ぼん太が困ったような声を出しますと、ウメはにっこり笑ってみせます。

「大丈夫、私らには切っても切れない強いきずなってもんがあるからね。絆は見るもんじゃない、心で感じるもんさ。だから初めて会ったときにはこう思うんだよ。『ああ、久しぶり』ってね」

「アッハッハ、初めて会ったってのに『久しぶり』か、そりゃいいなあ」

 亀八が笑い出すと、ぼん太とウメもつられて笑い出しました。

 三人の幸せそうな笑い声が三途の川の水面みなもにこだまします。


 ちょうど船着き場では、船頭せんどうのきいろ鬼が船を出そうとしてるところでした。

「お〜い、キイぼう。ちょっくらこいつらも乗せてってくれや」

 赤鬼が声をかけますと、きいろ鬼は不思議そうな顔をして聞きかえします。

「そ、そんなことしていいのかよ」

「おう、閻魔えんま大王、直々じきじきのご命令よ」

「ヒエッ、まったくどういう風の吹き回しだい」


 きいろ鬼はブツブツ言いながらも、手れた様子で三人を船の中へ座らせたあと、トンビの鳴き声みたいにピーヒョロッと指ぶえを吹きました。

 これが船の出る合図のようです。

 それから長いさおで川べりをドンとつくと、船はゆっくりと動き出しました。


 何度も何度も、米つきバッタみたいに頭を下げる三人に、桟橋さんばしから赤鬼と青鬼が呼びかけます。

「じゃあ、達者たっしゃでな!」

「お〜い、また来いよ」

 それを聞いたぼん太は、思わず吹き出してしまいました。

「また来いよってオイラ、もう二度と舌抜き場になんか行かねえぞ。今度はちゃんと極楽ごくらくへ行けるよう、しっかり生きるんだ」


 けれども鬼たちには、ぼん太の声があんまりよく聞こえなかったんでしょうね。

 二人して両手を耳に当て、ヒョコッと頭をかたむけてみせます。

 その姿があまりにもすっとぼけてたもんですから、三人はたまらず腹を抱えて笑い出しました。


 それを見た青鬼、何をかん違いしたのか、鼻の穴を広げてこう言います。

「アニキ、何だか知んねえけど、オレたちウケてるみてえだな」

「フン、この程度で大笑いとは、アイツらも大したこたねえな。オレらが本気になったらどうなるか、見せてやろうじゃねえか。ほれっ!」

 元々お調子者の鬼たち、次から次にヘンテコな格好をして、もっと笑わせようと躍起やっきになります。


 その様子を見て、きいろ鬼はほとほとあきれたようにつぶやくのでした。

「またやってるぜ。やっぱりアイツら、舌抜き当番よりお笑い当番の方がよっぽど向いてんだよ」

「ええ、ええ、まったくですだ。ホッホッホ……」

 ウメは相槌しながら、うれしそうに目尻を指先でぬぐいます。


 船はいくえにもキラキラとしたさざ波を立て、三途の川をすべるように進んでいきます。

 そうしてどこからともなく立ちのぼった川ぎりが、船から何から、すべてのものをあっという間に包みこみ、あたり一面を真綿まわたのようにまっ白く染め上げていくのでした。


 そうしてしばらく経ったころ、はるか向こうでとぎれとぎれに指笛の音が鳴りひびきます。

──ピーヒョロ、ピーヒョロロ。(完)



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