沢山の車が行き交う大通りに面した歩道を、傘を差したカラスが気配を消しつつ歩いていた。
カラスの前方の交差点には次なる殺しのターゲットである山川という男がいて、妻と幼い子どもを連れ仲睦まじげに談笑している。
山川とその妻は、雨ガッパと長靴という防水仕様の恰好をした子どもと手をつなぎ、信号が青になるのを待っていた。
親子の後ろにそっと近付いたカラスは彼らの会話の内容に耳をそばだてる。
がしかし、雨音で会話がよく聞き取れない。
と不意にカラスはズボンをくいっと引っ張られる。
視線を下に向けたカラスはそこで山川の子どもと目が合った。
「あっ、すいませんっ。こら、隼人。お兄さんのズボンから手を放しなさいっ」
「ねぇ、お兄ちゃんって全身真っ黒だねっ」
「こら、余計なこと言わないっ。たびたびすいませんっ」
「いえ、大丈夫ですよ」
とカラスは作り笑顔で山川に返す。
しゃがみ込んで子どもと目線を合わせて、
「お兄ちゃんは黒い服が好きなんだよ。きみは何色の服が好きなの?」
「えっと僕はねぇー……赤っ!」
「へー、そうなんだ」
他愛もない会話でその場をやり過ごすカラス。
その後、信号が青になり山川親子と別れたカラスは誰にも聞こえない声で「……今日のところは見逃してやる」とつぶやいた。
◆ ◆ ◆
――その翌日。
昨日とは打って変わって雲一つない晴天の下、カラスは山川の自宅を張っていた。
しばらくして二階建ての一軒家から出てきた山川は、妻と別れのキスを済ませてから車に乗って家をあとにした。
その様子を物陰から観察していたカラスは山川の車のあとをバイクで追う。
カラスは山川が一人きりになる瞬間を待っていたのだが、それはすぐに訪れた。
山川はコンビニに立ち寄り飲み物を買うと、そのまま公園沿いの道路に車を停め、中へと入っていったのだ。
カラスは山川を追って公園内へ入る。
一瞬見失いかけたカラスだったが、山川はベンチに腰かけながら、ペットボトルに入った水をごくごくと喉を鳴らして飲んでいた。
仕事もせずに何をしているのだろう。
カラスは思ったが、すぐにそんなことは自分には関係のないことだと心を無にする。
そしてベンチに背中を預け、空を見上げていた山川の背後に忍び寄ったカラスは、山川の首元にナイフをあてがい一気に引き抜いた。
さびれた公園に「がぁっ、かはっ……!?」と山川の声にならない声が上がり、そして消えゆく。
地面に出来た血だまりに倒れ込んだ山川の死体を見下ろしつつ、それを写真に収めるカラス。
殺した証を日陰に送ってから、カラスは山川の死体に火を放とうとする。
とまさにその時だった。
『あざやかな手つきじゃったな』
カラスの頭上から女のものと思われる声が降ってきた。
カラスは素早く上を向き、
「!」
そして自分の目を疑った。
なぜならば、カラスの頭上には白い翼を背に生やし、宙に浮かんでいる全裸の女がいたからだ。