白い翼の生えた全裸の女は口を開く。
『おや、わらわの姿を見ても驚かないのじゃな』
「いや、これでも結構驚いているさ。俺は感情を表に出すのが苦手なんだ」
『ふむ、そうなのか』
「それよりお前は何者なんだ? 見た目からして人間じゃないんだろ? もしかして天使か?」
淡々とカラスは訊ねる。
『ほう、話が早くて助かるわい。そうじゃ、わらわは正真正銘、天使じゃよ』
カラスは内心度肝を抜かれていた。
だがそんな様子を感じさせずカラスは続けた。
「で、天使が俺になんの用なんだ? 見てわかると思うが、俺は今忙しいんだ。用がないならどこかに行ってくれないか」
『やはりお主はかなり変わった部類の人間のようじゃな。まあ、その方がわらわとしても面白いが』
天使はゆっくりとカラスの目の前に降り立つ。
そして言った。
『わらわはお主をスカウトしに来たのじゃ』
その言葉にカラスは大きくため息をつく。
「面倒事は充分間に合っているよ。俺じゃなくて天使を待ち焦がれている誰かのもとに行ってあげるといい。俺よりよっぽどいいリアクションをしてくれるはずだ」
カラスはそれだけ言い残すと、天使を無視して山川の死体に近寄ろうとする。
がしかし、次の瞬間、カラスの身体は金縛りにあったように動かなくなった。
カラスの脳内に天使の声が響く。
《わらわの言うことを聞かぬと、お主は一生このままじゃぞ》
カラスは冷静に分析する。
これはおそらく天使の持つ特殊能力によるものだと。
そこでカラスは抵抗することを止めた。
するとカラスの身体の拘束が解けた。
カラスは振り返ると、 天使に向かって静かに語りかける。
それはまるで自分自身にも言い聞かすかのように。
「仕方ない。お前の話を聞くことにする」
◆ ◆ ◆
「おっと、その前に」
前置くと、
「こいつを燃やしたいんだが、構わないよな」
カラスは山川の死体を指差した。
『燃やすのか? ならばわらわに任せるのじゃ』
「何を言って――」
『カオスフレイムっ』
天使が一言発した瞬間、山川の死体が灼熱の業火に包まれた。
カラスは驚き、そして息をするのも忘れ、目の前の炎に見入る。
が、たった数秒ほどで炎は消え、そこには地面の焦げ跡だけしか残されていなかった。
「なるほど。天使ってのはすごいんだな」
『ふふふ。お主のような人間に褒められるとわらわも嬉しいわい。ちなみにわらわの名前はリュカエルじゃ。出来ればそう呼んでほしい』
「リュカエルか……俺はカラスで通ってる。本当の名前は俺自身も知らないから教えようがない」
カラスには一応、烏丸太一という名前があるが、烏丸太一という名前もまた本名ではない。
『ではカラスよ、あらためて話の続きといこうかの』
リュカエルはうやうやしくカラスに手を差し出した。
そしてカラスの目を見て言う。
『カラス、お主にはわらわのパートナーになってほしいのじゃ』
「……? 俺の理解力が乏しいのかな、話がよく見えないんだが……」
天使リュカエルを前にして、カラスは差し出された手を拒むように腕組みをする。
『それもそうじゃな。では簡単に説明しようかのう』
言うとリュカエルは、カラスの耳元に顔を近づけてささやくのだった。
◆ ◆ ◆
カラスが聞いた話によると、天界に住む神とやらがつい最近引退したのだそうだ。
そして誰があとを継ぐかで、神に仕えていた七人の天使が揉めているのだとか。
勝負で神になる者を決めようとしたが、天使たちの能力はほぼ互角で、しかも天使たちは不死身なので何をしても決着はつかなかったらしい。
そこで人間を使って代理戦争をしようという流れになったという。
『そこでわらわが白羽の矢を立てたのがカラス、お主というわけじゃ』
「はっ、勘弁してくれ。そんな雲の上の話、俺には関係ないことだろ」
『ところがそうでもないのじゃ』
リュカエルは続ける。
『天使の中には人間をこころよく思っていない者もおってのう。そいつは自分が神になったら大洪水を起こして人間を地上から一掃する、と宣言しておるのじゃ』
「……へー」
カラスは興味なさそうに相づちを打つ。
だが、 次にリュカエルが口にした言葉によって、カラスの顔色が変わる。
それは――
『では、こんな話はどうじゃ。もしお主が代理戦争に勝ち残ることが出来ればわらわが神となる。その時にはわらわがお主の願いをどんなものでも一つだけ叶えてやるぞい』
「どんな、願いでも……?」
『ああ、そうじゃ』
「本当にどんな願いでも叶えられるのか?」
『無論じゃ』
「……死人を生き返らせることも出来るか?」
『わらわが神になりさえすれば、造作もないことじゃ』
それを聞いてカラス自身、心が揺れ動くのがわかった。
そして、カラスはおもむろに口を開く。
その声音は先ほどまでとは打って変わって真剣なものになっていた。
「リュカエル、教えてくれ。代理戦争ってのは具体的に何をすればいいんだ?」
『ふふふ。なあに、簡単なことじゃ。最後の一人になるまで殺し合えばいいんじゃよ』
「殺し合い……?」
『ああ。お主の得意分野じゃろ』
そう言うとリュカエルは意味ありげに目を細めた。