カラスとリュカエルは公園近くのファミレスに到着する。
そこで二人分の料理を注文した。
半刻ほどで食事が済み、リュカエルは満足げに口元を拭うと、
『ふぅ~、食った食った!』
腹をさすりながら心底幸せそうな笑みを浮かべる。
「食い終わったならさっさと帰るぞ。今日中に終わらせないといけない仕事もあるからな」
『なんじゃ、つれないのう。もう少しくらいわらわの話し相手になってくれてもバチは当たらんじゃろ』
「俺は殺し屋だ。殺し屋は依頼された仕事を確実にこなす」
カラスには組織からのものとは別件で、もう一つ仕事の依頼が入っていた。
それはネットの掲示板で受けた依頼で、言うなれば復讐代行のような仕事だった。
報酬は組織からのそれよりも格段に安いのだが、日頃から殺人を生業としているカラスにとってそれは精神衛生上不可欠なものだった。
『どんな仕事じゃ? わらわもついていってもよいか?』
「勝手にしろ」
『おや、てっきり断られると思うとったのじゃがのう』
「ふん、駄目だと言ってもどうせついてくるんだろ。でも邪魔だけはするなよ」
カラスの言葉にリュカエルは『やはりお主と契約したのは正解だったようじゃな』と楽しげに笑ってみせた。
◆ ◆ ◆
ファミレスをあとにした二人は、繁華街を通り抜けビルが立ち並ぶ大通りを歩いていた。
カラスもリュカエルも人目を引く容姿をしているので、行き交う人々の視線は自然と二人に向く。
だがしかし、そんなことを気にするそぶりも見せずカラスとリュカエルは目的の場所へと進んでいく。
『それで、わらわたちは一体どこに向こうておるのじゃ?』
街並みをきょろきょろと見回しつつ、リュカエルは前を行くカラスに問いかけた。
「喫茶店だ。そこに今回の依頼人が待っている」
『ほう。さっき話していたネットとやらで復讐代行を依頼してきたという人間か』
「そうだ」
カラスのターゲットは悪人である場合が多いが、時にはなぜこの人間を殺すのだろう、というような仕事の依頼もある。
それでも組織に属している以上、カラスはあまり深くは考えずに殺人を遂行するのだが、そのような仕事が積み重なっていくとさすがのカラスにもストレスが溜まる。
そこでカラスはストレス解消として、組織からの依頼とは別で、復讐代行という仕事を請け負っていた。
復讐代行で引き受ける依頼は、復讐するに値するそれ相応の理由があり、カラス自身が心から納得できることが条件だった。
そしてその条件を満たした依頼のみカラスは実行する。
『お主は存外、仕事人間なのじゃのう。いやぁ、立派立派』
カラスの背中をばしばしと叩き、リュカエルは白い歯を覗かせた。
はたから見れば仲睦まじい美男美女のカップルに相違ない二人だが、その実、殺し屋と天使という組み合わせ。
そんなカラスとリュカエルは他人の羨むような視線を浴びながら歩を進めていた。
とその時だった。
「おい、どこ見てんだこらっ!」
突然カラスのすぐ後ろで男の怒声が上がった。
振り返り見ると、身の丈2mはありそうな大男がリュカエルの腕を掴んでいる。
さらに大男の足元には飲みかけの缶コーヒーが。
カラスは瞬時に状況を理解した。
しかし、当のリュカエルは目をぱちくりとさせて、
『なんじゃ? お主、わらわに何か用なのか?』
大男に顔を寄せる。
「てめぇ、ふざけた喋り方してんじゃねぇ! どこ見てんだって言ってんだ!」
『今はお主を見ておるが』
「なんだとこらっ! オレのコーヒーどうしてくれんだ、ええっ! 服にも付いちまっただろうがっ!」
『それにしてもお主でかいのう。カラスよりでかい人間は初めてじゃ』
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇ、殺すぞっ!」
大男はリュカエルの腕を引っ張り上げ、にらみを利かせた。
その迫力に、周囲の人間たちは我関せずとばかりに距離を取る。
はぁ、何をやっているんだ。
カラスは呆れた様子でため息を一つ吐いてから、
「おいリュカエル。多分お前が悪いから謝っておけ」
リュカエルに顔を向けた。
『この大男にか? なぜわらわが謝るのじゃ?』
「いいから」
『ふむ、よくわからんのう』
「こらちょっと待てやっ!」
と大男。
「てめぇはこの女の彼氏かおいっ! 今さら謝ったくらいじゃオレは許さねぇぞっ! 金払えっ、10万だっ!」
頭に血の上った大男はカラスとリュカエルに理不尽な要求を突きつける。
一瞬悩むカラスだったが、それくらいでことが収まるならばと財布に手を伸ばした。
そして、
「これでいいか?」
と1万円札を十枚、大男に差し出した。
「ほらリュカエル、もう行くぞ」
『ふむ』
「ま、待てやこらっ! 謝罪がまだだぞっ、今ここで土下座しろやっ!」
あっさりと10万円を支払ったカラスに虚を突かれリュカエルの腕を放した大男だったが、ここで大男はさらに要求をエスカレートさせる。
カラスとリュカエルの行く手を塞ぎ、なおも声を大にしてわめき立てた。
『土下座? 土下座とはなんじゃ、カラスよ』というリュカエルの問いかけを無視して、カラスは毅然とした態度で大男に向き直った。
「悪いがそれは断る」
「んだとこらぁっ!」
「これでもだいぶ譲歩したつもりなんだけどな……」
職業柄あまり目立ちたくないカラスは大男の要求に出来るだけ従う腹積もりだったが、カラスにとって大勢が見てる前での土下座は看過できないものだったのだ。
「もういい。リュカエル、行こう」
カラスは大男を手で押しのけると、リュカエルの手を取り歩き出す。
それに大男が激昂したのは言うまでもない。
「て、てめぇっ! オレをコケにしやがって、ぶち殺してやらぁっ!!」
カラスの後頭部めがけて大男のこぶしが振り下ろされた。
だが、 パシッ――。
その拳はカラスの頭に触れる直前で止まった。
カラスは後ろを見ずに、片手でその一撃を受け止めたのだ。
そしてそのまま、腕を大きく真横に振るい、その勢いで大男を車道に投げ飛ばす。
そこへ大型トラックがやってきたことで周囲に悲鳴が上がるが、大型トラックは間一髪、急停止。
運転席からドライバーが顔を出して「馬鹿野郎っ! 危ねぇじゃねぇかっ!」と大男を一喝して走り去っていった。
それを受け車道に一人残された大男は、茫然自失となったまま、ただ全身を震わせていた。
そしてカラスとリュカエルはというと、
「リュカエル、これからは前見て歩けよ」
『ふむ、わかったのじゃ』
言葉を交わし、何事もなかったかのように雑踏へと消えていった。