カラスがリュカエルと出会ってから十日が経った頃、なんの前触れもなくそれは突然訪れた。
『カラスよ、昼飯はまだかのう』
「さっき、朝ご飯食べたばかりだろ。まったく」
リュカエルの燃費の悪さに辟易していると――
ピンポーン。
カラスの部屋にチャイムの音が鳴り響く。
玄関に向かいカラスはドアを開けた。
とそこには背の低い地味めな女が所在なさげに立っていた。
カラスはその女を見てどこかで見覚えのある顔だとも思ったが、すぐにそんなことはどうでもよくなるほどの衝撃を受ける。
!?
というのも、その女の頭の上には天使の輪が浮かんでいたからだ。
とっさに身構えるカラス。
と同時に部屋の奥にいたリュカエルを呼ぶ。
だが長身のカラスとリュカエルという二人にすごまれた女は戦う気配は見せず、それどころか、
「ま、待ってくださいっ……わ、わたし、敵じゃありませんっ!」
と必死な様子で声を上げた。
「わ、わたしは戦う気なんて一切ないんですっ。まず話を聞いてくださいっ」
そう言うなり女は深々と頭を下げる。
それを受け、カラスとリュカエルは顔を見合わせてから、女に向き直った。
「でもあんた、それ天使の輪だろ。ってことは天使と契約したんじゃないのか? それで俺のこともわかったんだろ?」
「は、はい、契約はしました……でも、人間同士で殺し合うなんてこと知らなくて……わたしと契約した天使は、わたしにただ願いを叶えてやるとだけしか言わなかったんです……だから……」
『ふむふむ、なるほどのう』
と訳知り顔でリュカエル。
「だ、だから、そんなことになってるってあとで聞かされて……わたし、どうしたらいいか頭が真っ白になっちゃって……そんな時、あなたをみかけたんです。たまに電車で会うあなたが……わたしと同じように天使の輪が頭にあるのを……そ、それで、それで……相談したくて、来てしまったんです……すみません」
女の話を聞いて、カラスは目の前の女が先日電車で自分にぶつかってきた女なのだと気付いた。
「はあ、そうだったんですか。それはまあ、ご愁傷様です」
と相槌を打ちながらカラスはどうしたものかと考える。
そこへ、
『そやつの名はなんというのじゃ? おそらくじゃがアクィバルという名の天使じゃないかのう?』
リュカエルはあごに手を当て女に訊ねた。
「は、はい……わたしと契約した天使はアクィバル、です……実は今も隣にいまして……」
言いつつ女はおそるおそる横に目を移す。
すると女を押しのけるようにしてホスト風の髪の長い男が顔を出した。
男はリュカエルに視線を定めて、
『その年寄りみたいな喋り方はリュカエルだな。はっ、それにしても天使の力を失くすとそんな顔になんのか、お前』
馴れ馴れしい口調で話しかける。
『そういうお主も天使の時とはずいぶんと顔が違うのう。自分勝手な性格は相変わらずのようじゃがな』
『うっせえババア』
カラスと女を尻目にリュカエルとアクィバルは口角を上げにらみ合う。
「なあ、とりあえず場所を変えないか。玄関先じゃ目立つし、かといって今会ったあんたらを部屋に上げるのはどうかと思うしな」
「あ、は、はい。すみません」
『じゃったら、近くの公園でいいじゃろう』
『よっしゃ、なら行こうぜ』
話はまとまり、四人は公園へと足を運ぶことにした。