「おっそうだ、何か飲み物持ってこないとだったな。ちょっと待っててくれや」
「あ、お構いなく」
『わらわはオレンジジュースがいいのじゃ』
そそくさとキッチンへ駆け込む石川の背中を見送り、石川が見えなくなったところでカラスがささやく。
「あいつ、俺たちを殺すつもりだな」
『うむ? なぜそう思うのじゃ?』
「普通は俺たちを家になんて上げないだろ」
『そうなのか? よくわからんのじゃ』
そうこうしていると石川が戻ってきた。
だが手には飲み物ではなく、刀を握り締めていた。
「おいてめぇら、悪ぃが死んでもらうぜっ」
本性をあらわにした石川が目をぎらつかせて宣言する。
「もし逃げようとしたら、後悔するほどにいたぶってから殺してやるからなっ!」
刀の切っ先をカラスたちに向け言い放った。
「別に逃げないさ。こっちも初めからそのつもりだったしな」
言いつつカラスは椅子から立ち上がる。
リュカエルはその様子を、
『なんじゃ、殺し合いが始まるのか? 面白いのう』
うきうきと眺めていた。
「まずは男の方からだっ。女はあとでたっぷりと楽しんでからやってやるぜっ」
間合いを取り、にらみ合う二人。
石川は刀を上段に構え、カラスはメリケンサックを装着した両こぶしを胸の前で構えている。
「おらぁっ!」
カラスに斬りかかる石川。
それをこぶしでいなすカラス。
石川はなおも刀を振るう。
「オレは剣道五段だぜぇっ! いつまで耐えられるかなっ!」
石川の素早い剣撃を確実にこぶしでとらえカラスは弾いていく。
「まだまだぁっ!」
その後、両者のぶつかり合いは二分間続いた。
しかし、石川の攻撃はカラスにはかすりもしていなかった。
剣道の有段者である石川もこれには驚きの表情を隠せない。
「はぁ、はぁ、てめぇ、何もんだっ……! な、なんで、手ぇ出してこねぇんだっ……!」
「あんたには絶望ってのを感じてから死んでほしいんだ。言っていなかったが、それも依頼人の願いなんだよ」
「……く、くそがぁっ!」
かなわないと悟った石川は思いきり刀を投げた。
だがカラスは容易にそれを避けた。
しかしここでカラスにしても予期していなかった事態が起こる。
というのも、
『ぎゃっ』
石川がなりふり構わず投げ放った刀が、あろうことか椅子に座っていたリュカエルの胸に突き刺さったのだ。
「なっ、リュカエルっ!」
カラスが後ろを振り返ったその隙に、石川は逃走しようと駆け出した。
「くっ……逃がすかっ!」
それに気付いたカラスは、ポケットからナイフを取り出すと瞬間的にそれを石川の首に投げ、命中させる。
「があぁっ……!」
石川はその一撃であっけなく床に沈み、こと切れた。
「リュカエルっ、大丈夫かっ!? すぐに救急車を――」
『その必要はないわい』
必死の形相で向き直ったカラスにそう答えるリュカエル。
あっけらかんとしたその様子にカラスは面食らってしまう。
「お、お前、へ、平気なのか……?」
『無論じゃ、わらわを誰じゃと思うとる。前にも言ったが天使は不死身じゃぞ』
リュカエルはそう言うと自分の胸に刺さっていた刀を引き抜いた。
そして血が一滴も付いていないその刀を床に放り落とす。
「で、でもお前、今は天使の力を失くしてるんじゃ……?」
『それとこれとは話が別なのじゃ。ふふふっ、それにしてもお主、かなり焦った顔をしておったのう。わらわが死んだと思うたのか? 可愛い奴じゃ』
「う、うるさい……平気なんだったらもう行くぞ」
照れ隠しのつもりなのか、カラスはぶっきらぼうに言い捨てると、石川の家に火を放ってからその場をあとにするのだった。