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第129話:オリゾンテ迷宮と蜘蛛の女王⑫

「ようベッキー、飲んでるか?」


 大篝火の周りで鉱夫の男たちと肩を組んで飲んで歌うマルティナの姿を嬉しそうに眺めていたベッキーのもとに、ジョッキ片手にエンゾがやって来た。かなり酒が回っているらしく呂律が少々怪しい。


「ちゃんと飲んでるぜ。つかそっちは逆に飲み過ぎなんじゃねぇか?」


「何言ってやがる。こんなもん晩酌にもなりゃしねぇぜ」


 そう言ってグビリとエールを飲む。


「ホントかよ」


 その応えに苦笑しながら、ベッキーもまた手にしたジョッキを傾けた。


「ところでよぅ、俺に渡したいものがあるって言ってたのは、ありゃ何だったんだ?」


「ああ、そのことか。明日の朝にでも渡そうかと思ってたんだが――」


 ちょいと待っててくれ。そう言ってベッキーは自分たちにてがわれた部屋に歩いていった。


 それから程なくして戻ってきたときには、その手に大きく膨らんだズタ袋を握っていた。


「ほらよ」


「おっと。思っていたよりも重いな。何が入ってるんだ――?」


 ジョッキを地面に置き、渡されたズタ袋の紐を解く。


 そしてその中身を目にした途端、エンゾは衝撃のあまり口をあんぐりと開けたまま錆びついたロボットのような動きでニマニマと笑みを浮かべるベッキーに顔を向けた。


「スゲェだろ?」


「おいおいおいおいっ、スゲェなんてもんじゃねぇぞ! 何だこの大量の金貨は!?」


 酔いがブッ飛んじまったぜと目を皿のように丸くするエンゾ。驚きのあまりズタ袋を持つ手が震えている。


「本当に貰っちまっても良いのかっ?」


「ああ。その金で死んじまった鉱夫たちを弔ってやってくれ」


「――っ!? お前ってやつぁ……」


「おいおい、何も泣くことはないだろう」


「バカ野郎これが泣かずにいられるか! 冒険者なんて奴らはどいつもこいつも金に意地汚ねぇ連中ばかりだと心ん中で馬鹿にしていた自分が恥ずかしいぜ。お前みたいなやつも中にはいるんだなぁ」


 最後に「本当にありがとう!」と言うと、エンゾは感激のあまりベッキーに抱きついていた。


「ふおっ!?」


 突然のことに変な声を出して硬直するベッキー。ピンと左右に伸びた両腕がまるで案山子かかしのようである。


「ありがあとう! ありがとう!」


 そんなベッキーをよそに「ありがとう」を繰り返すエンゾ。当然と言えば当然のことなのだがまだ酔っ払っている彼は頬ずりまでし始める始末だった。


「あ゙あ゙っ、髭がジョリジョリする!」


「ありがとう! そしてありがとう!」


「えーい分かったから頬ずりをめろ! そしてその腕をほどけ!」


 しかしそんなベッキーの悲鳴もエンゾには聞こえていないのか止める気配はまったくなかった。


 だが『捨てる神あれば拾う神あり』という言葉があるように、そんな彼女にも心強い味方がいた。


 そう、もちろんこの人である。


「くぉらーっ、アタシの姉さんに何羨ましいことしてやがる!」


「ぷげらッ」


 いきなり戦闘モードになったマルティナの渾身の蹴りを側頭部に食らい、奇声とともに吹き飛んでいくエンゾ。鳴ってはいけない類の音が聞こえた気がするが、彼は果たして大丈夫なのだろうか?


「大丈夫姉さん!? 怪我は浅いよっ」


「いや、怪我はしてねぇし。……精神的ダメージは受けたけど」


「嗚呼、可哀想な姉さん! むくつけき男に穢されて泣いてるんだね。今アタシが癒やしてあげるよ」


「別に穢されてもなければ泣いてもいないが? というか何故に目を閉じる? おい、口をすぼめて顔を近づけなっ――って駄目だこいつも酔ってやがる!」


「ん〜」


「ん〜じゃねぇ! あ、馬鹿、ちょっ、おまっ、や、止めろー!?」


 強引に近付いてくるマルティナの顔を全力で押し返しつつ助けになる者がいないか周りを確認する。


「ってどいつもこいつも股間押さえてハァハァしやがって、見世もんじゃねぇぞクソが!」


 これだから男ってのは、と盛大に毒づく。


「ん〜っ」


「お前も大概にしろやッ!」


「ぷげらッ」


 ついにはキレたベッキーの拳が炸裂し、マルティナは奇声を上げて吹っ飛んでいった。


「ったく面倒かけさせやがって。逆にこっちの酔いが覚めちまったじゃねぇか」


 ベッキーは頭をボリボリと掻き毟ると、


「もういい、オレは寝る!」


 誰にともなくそう言うと、エンゾとマルティナを放ったらかしにしたまま部屋へと引き上げていったのだった。






 翌日の朝。


 ベッキーはノックもなしに開く扉の気配に目を覚ました。


 しかしすぐには起き上がらない。不埒な男どもだった場合、そのいやらしい顔に一発食らわせてとっ捕まえてやろうと考えたからだ。


「姉ちゃん、起きてるぅ〜?」


「ってなんだマルティナか。自分から起きてくるなんて珍しいじゃないか」


 どうしたんだと目で問うと、


「なんか変な夢を見ちゃってさぁ。それで目が覚めちゃったのぉ」


 と答えて大きな欠伸をした。


「どんな夢だったんだ?」


「それがねぇ」とベッキーの隣に腰掛ける。


夢でさぁ。とっても怖かったんだよぉ」


「ヘーソレハタイヘンナユメダナ」


「ん? なんで棒読みぃ?」


「……気にするな。まだちょっと酒が残ってるだけだ」


「へー姉ちゃんでもそんな日があるんだぁ。珍しいぃ」


「オレだって人並みの人間だからな、そんな日もあるさ。ところでエンゾのやつはどうしてる?」


「あぁ〜あのおっちゃん? 確かまだその辺に転がってたよぉ」


 その言葉に昨晩の惨劇を思い出すベッキー。おいおい、まさかあのまま死んじまったなんてことないよな? と軽く血の気が引く。


「そ、そうか。仕方のないやつだな、ちょっくらオレが起こしに行ってくるか」


「ならアタシも行くぅ」


 マルティナを連れ立って外に出る。本当は駆け出したいのをグッと我慢して、気持ち早歩きでエンゾのもとへ向かう。


 くしてエンゾのもとに辿り着くと、ベッキーが最後に見た姿のまま地面に転がっていた。


「おいエンゾ、朝だぞ起きろ」


 そうやって起こすふりをしながらさり気なく脈を測る。


 指先から伝わってくる確かな鼓動。よかった死んではいないようだと一安心する。


「ん……? あ痛たた……」


 すると目を覚ましたエンゾが首をさすり、頭を押さえながら起き上がった。


「ようやくお目覚めか? もうとっくに朝だぜ」


「すまん、俺としたことが寝過ごしちまった。酒の飲み過ぎだな……あ痛たた」


「何だ二日酔いか?」


「どうやらそうらしい。しかし首が痛むのは何でだ? ……そういえば昨晩なんか酷い目にあったような気がするんだが何か覚えてないか?」


「そ、それはきっとあれだ、変な姿勢で寝てたから寝違えたんだろう!」


 どうやらマルティナに蹴られたことは覚えていないらしい。ベッキーはエンゾが記憶を取り戻す前に口から出任せを言って速攻で誤魔化した。


「きっとそうなんだろうな……しかし痛い」


「そんなに痛むんならこれでも飲んどけ。鎮痛剤だよく効くぜ」


「そりゃ助かる」


 そう言うとエンゾは手渡された薬瓶の中身を一気に呷った。


「……ほぅ、こりゃ凄いな。みるみる内に痛みが引いていくぞ! 結構値が張る代物じゃないのか?」


「値段なら気にすんな。何せオレのお手製だからよ」


「そりゃ凄いな。これだけのもんを作れるんなら冒険者なんてやらなくても食っていけるだろ」


「そんな柄じゃないんでね。それにオレは冒険が好きなんだ」


「そうか、それなら仕方がないな。っとそうだ、話は変わるがヴィヴァスの街にはいつ戻るんだ?」


「それなら朝の定期便の馬車で帰るつもりだが?」


「それだともうあまり時間が無いな。せめて朝食だけでも食っていってくれ」


「わ〜いっ、ご飯だご飯!」


 お腹が空いていたのだろう、マルティナがはしゃいだ声を上げる。


「それじゃ、ご馳走になるとするか」


 そんな妹に微苦笑を浮かべつつ、ベッキーはそう応えた。






「それじゃぁ、色々と世話になったな。気をつけて帰れよ」


「ま、どんなやつが現れてもアタシが蹴散らしちゃうけどねぇ」


「――だそうだ。そっちこそ落盤事故とかつまらん死に方はしてくれるなよ」


「ハハッ、肝に銘じておくさ」


 じゃぁなとエンゾと握手を交わす。二人を乗せた馬車は、一路ヴィヴァスの街へと向かうのだった。


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