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番外編:『テイクアウター度会 お持ち帰りの流儀』

 2025年4月19日。池袋駅構内にて。


 お揃いの「ブラックシダー」製パンプスの踵を鳴らし、通勤ラッシュで混み合う構内を颯爽と歩く一組の男女。


 男の名は、度会わたらい憲治けんじ。人呼んで「テイクアウター度会」。今をときめくテレビスターだ。


(VTR「独白シーン」)

「僕にとって、お持ち帰りって芸そのものなんですよ。日々新しいものを取り入れていかないと、時代に追いつけなくなってしまう。よく言われるんです『なぜ妻がいる身でこんなことばかりしているんだ』って。でも、僕の中ではそれってすごく怖いことだと思っていて。毎日毎日、同じ女の相手ばかりするのって、人間としての面白みが失われていくような感覚に陥るんですよ」


 そんな彼が今日連れているのは、池袋のキャバクラで知り合ったというカオリさん(仮名)だ。カオリさんが勤めるキャバクラの営業終了後から、二人きりでこの時間まで飲み明かし、今は逢瀬の場へ向かっている途中だという。


番組スタッフ「やはり六本木か銀座ですか?」


度会「違う違う。ほら、そこにあるでしょ? 多目的トイレ」


番組スタッフ「多目的トイレ……ですか……?」


 番組スタッフが驚くのも無理はない。何十億ものギャラを稼いでいるトップタレントの逢瀬の場が、まさか今時貧乏学生でも選ばないような駅の多目的トイレだというのだから。


番組スタッフ「でも、まずいんじゃないですか……?(コンプラ的に)」


度会「そういう固い考え方がよくない。君ぐらいのレベルじゃまだ分からないかもしれないけどね。大事なのは常に常識を疑うことだよ」


番組スタッフ「常識……ですか……?」


度会「そう。こうは思わないかい? 多目的トイレっていうのは、と」


カオリ「さすが憲治さんですぅ~」


 まるで何を言っているのか分からないが、これがトップスターと我々の思考回路の違いということなのだろうか。


 そんな話をしていると、度会は目当てのトイレを見つけたようだ。しかし、扉の上には「使用中」のランプが灯っている。


番組スタッフ「入ってますね」


度会「困るよね。ダメだよ、こんなところでようじゃ」


番組スタッフ「は、はあ……」


度会「こういう手合いはね。鬼ノックかドアガチャをして追い出してやるんだよ」


カオリ「きゃー、憲治さんカッコいい~」


番組スタッフ「い、いや。まずいですって(コンプラ的に)……!」


 放送事故の臭いが漂い始める現場。スタッフが慌てて制止するのも虚しく、度会はドアの前へとずいずい進んで行ってしまった。


 そして、度会がドアにその手をかけた瞬間。


 ドゴォォォーーーーン!!!


 度会の狼藉に怒りを燃やした先客によるものだろうか。扉の内側から、ものすごい勢いで何かを叩きつけたような衝撃と轟音が響いた。それらをほぼゼロ距離で浴びた度会は、思わずその場で腰を抜かしてしまった。


 しばらくすると扉が開き、中からは大きなスーツケースを引く白衣の少女と、鼻にトイレットペーパーを詰めた燕尾服の少年。そして、その少年に背負われた中年太りでバーコードハゲのサラリーマンが姿を現した。サラリーマンが気絶しているように見えるのは気のせいだろうか・・・・・・?


度会「ちょっと待った。君可愛いね。僕たちとも一緒に……ヒィッ!」


 さすがはテイクアウター。こんな状況でもナンパに余念がなく、そそくさと立ち去る少年へと声をかけ・・・・・・ってあれ? そっち? 


 しかし、少年の繰り出した強烈な後ろ蹴りが、度会に皆まで言うことを許さなかった。少年のパンプスのヒールは度会の左頬をかすめ、多目的トイレの金属製扉を貫通して突き刺さる。


 再び腰を抜かし、あえなくその場にへたり込む度会。その股間の部分にはができていた。


 そんな度会を尻目に、奇々怪々な一行は雑踏に紛れて(?)その姿を消したのだった・・・・・・。


 ***


番組スタッフ「と、いうわけなんですけど・・・・・・。ディレクター・・・・・・この映像使えます・・・・・・?」


番組ディレクター「使えるわけないだろ。コンプラ的にアウトだアウト。・・・・・・てか、池袋駅のトイレの風紀どうなってんだ?」





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