・・・・・・これはいったいどういう状況だろうか?
幾度となく通いつめた「Voyanger」の見慣れた扉。そこをくぐると、いつも通りの店内風景が広がっている。何も特に変わったことはない。
「・・・・・・いらっしゃいませ」
なぜか引きつった笑顔で出迎える黒服と、その彼が大きなライフル銃を構えていることを除いて・・・・・・。
え、なんで俺、入店早々命狙われてるの・・・・・・? あまりの急展開に思考回路がまったくついていかない。
「えっと・・・・・・カオリに逢いに来たんですけど・・・・・・」
ライフル銃の威圧感に気圧されたせいで、普段使わない丁寧語なんかがついつい出てきてしまう。クソ。店員なんかに敬語を使うなんて、男佛雁、一生の不覚だ。
「だからカオリさんはいないって、さっき言いましたよね? ボケるにはまだ少しだけ早いですよ、このお漏らし野郎」
え、
ツッコみたい部分は多々あるが、とりあえずこれだけは言いたい。
「誰がお漏らし野郎だ!? お漏らしなんか、高2の夏を最後にしとらんわ!」
「つい最近、週刊誌にすっぱ抜かれた分際で、よく臆面もなくそんな嘘つけますね」
週刊誌? ますますもって意味が分からない。
「とにかく、あなたはもう当店出禁です。さっさとお帰りください、度会さん」
「いや、度会って誰だよ!? 俺の名前は佛雁穣二だ」
「つくならもっとマシな嘘にしてください。佛雁は、醜い駄肉の塊をこれでもかと身にまとった、もっと見るに堪えないルックスをしたバーコードハゲのクソジジイですよ」
「んだとゴラァ! 喧嘩売ってんのか!?」
よくもまあ、こんな善良な神客様に対してナメくさったことをぬかしてくれたものだ。ここまでコケにされて黙っていられるか。
俺が黒服との距離を詰めるため、右足を前に踏み出そうとする。
「これ以上動くと、撃ちますよ」
すると、対する黒服はライフル銃の引き金に指をかけ、冷たく言い放った。
「は! そんなおもちゃの銃で何ができるってんだ!?」
「おもちゃかどうか、試してみます?」
「そんなこけおどしなんざ怖かねぇ! 野郎ぶっ殺してやる!!!」
もうコイツは生かしてはおけない。この佛雁様をコケにしたことを地獄で後悔させてやる。
俺は燃え上がる憤怒の勢いそのままに、一気に黒服へと掴みかかろうと距離を詰める。
それを受けて黒服も、ライフル銃の引き金を思い切り引く。すると、黒服のライフル銃からは、どこかで見覚えのあるような
その様を見た俺の脳裏にふと嫌な予感が走り、不思議と冷静さが帰ってくる。
「あれ? それ、いったいどこから・・・・・・?」
恐る恐る黒服へ尋ねてみる。
いきなり対話を持ちかけてきたことに困惑したのか、黒服は少し間を空けてから、俺の問いへと答えた。
「え、コレですか? 三日前くらいに白衣を来た科学者の女の子が営業?に来まして、そこで・・・・・・」
どうやら、嫌な予感は的中したようだ。
改めて黒服の手元のライフルに目線を戻すと、自らのエネルギーに堪え切れていないのか、銃身はガタガタと暴れるように震えだし、至る所から煙のようなものまで立ちこめ始めている。
「それ、こんな狭い店内で扱える代物じゃないかも・・・・・・」
俺の記憶が確かなら、タワーマンションを跡形もなく消し飛ばすって言ってたよな・・・・・・? 見たところ携帯版?っぽいから、少し威力は落ちるのかもしれないが。
「え? これ、そんな危ないやつなんで・・・・・・って、熱!」
なにやら銃身が凄まじい熱を持ち始めたのか、黒服が思わず手を離してしまい、ライフル銃が空中へ舞う。
落下して床に転がったそれは、衝撃からか凄まじい光を放ち始め・・・・・・
「「うわあぁぁぁぁ!!!」」
店内中が赤紫色の閃光に包まれた。
***
「あ、ユリアおかえりー。佛雁君回収できた?」
「はい。損傷著しいですが、生命活動は維持しています」
「そりゃあ、この私自ら改造を施したんだからね。あれくらいで死んでもらっちゃ困るよ」
「それもそうですね」
「とりあえず、佛雁君さっさと治しちゃおうか」
エレナが床からタブレットを拾い上げる。
「そういえば、お嬢様。コイツのビジュアル、また変えておかなくて大丈夫ですか?」
「ん? 度会フェイスは生理的に無理だったかい?」
「いえ。まあ、それもあるにあるのですが・・・・・・」
ユリアが、つけっ放しになっているテレビの方を指差す。
「緊急速報です。先程、池袋のキャバレークラブ『Voyanger』で起きた爆破事件に動きがありました。警察は一連の犯行の容疑者として、タレントの度会憲治を指名手配とすることを発表致しました。警察の捜査によりますと、度会容疑者が現場から逃走する姿を、付近の防犯カメラが捉えていたとのことです」
テレビでは、先程池袋駅近くで起きたというキャバレークラブ爆破事件の速報が、ひっきりなしに流されている。
ユリアに促されるようにそれを見たエレナは、面倒くさそうに頭を掻いた。
「ああ・・・・・・。確かに度会フェイスのままじゃ、また面倒くさいことになりそうだね。とりあえず、元の姿に戻しとこうか」
そう言ってタブレット端末を開くエレナであったが、しばらくすると、何かを考え込むかのように、その動きがピタッと止まった。
「どうかしましたか? お嬢様」
そんな珍しいエレナの様子を見てか、ユリアは首を傾げる。
「いや、別にたいしたことじゃないんだけど。・・・・・・佛雁君の元の顔ってどんなだったっけ?」
「ああ・・・・・・」
二人はしばらく顔を見合わせていたが、結局答えは出ずじまいだった。