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御朱印RTA

「うーん・・・・・・」


 エレナから渡された手鏡と、にらめっこすること約10分程度。


「俺の顔ってこんなんだったっけ・・・・・・?」


 鏡に映る俺の顔は、何だか冴えないおじさんにしか見えなかった。元の俺の顔は確か、もっとシュッとした鼻筋に、キリッとした男前の眉だったような・・・・・・?


 手鏡を構えて何度も何度も注意深く覗きこんでいる俺に対し、エレナは心底どうでもよさそうに口を開いた。


「うーん。キミの顔がどんなだったかなんて、私は毛ほども興味無いから覚えてないけど。がその顔に直したんだから、まあ間違い無いんじゃないかい?」


 あの日、キャバクラ店内に赤紫色の閃光が奔って以降のことは何一つとして覚えていない。ただ、気がついたら、俺は傷一つ無い五体満足の状態でエレナの研究室にいた。


 ニュースによるとあの閃光の正体は、店の入ったビルが跡形も無く消し飛ぶ程の大爆発だったらしい。あんなのに巻き込まれてよく無事だったな・・・・・・。


「いや、普通に酷い状態だったよ。右腕とか、骨まで跡形も無く消し飛んでたし、内臓だって欠損してる有様だったさ」


 人の心を読むな。そして、それはできれば知らないままでいたかった。


「幸いなことに、が生きてたからね。私が指令を出して、キミの身体を超速再生させたってわけさ。感謝してくれよ」


「俺の顔がちょっと違う気がするのは・・・・・・?」


「知らないよ。そんなことは私の管轄外さ」


「は、はぁ・・・・・・」


 なんだか腑に落ちないが、どんな形であれ助けられたことに変わりはなさそうだ。そもそも全ての発端がコイツなことは置いておいて。


 例の爆発事件ではおびただしい数の死傷者が出たそうだし、そんな中助かったんだ。顔が多少違うくらいはまあよしとするべきか。


 そこまで考えたところで、不意に引っかかる点が一つ。


「そういえば・・・・・・俺の顔がSNSに晒され炎上しているせいで、作戦に支障が出ているんだろ? 元の顔に戻して大丈夫だったのか?」


「ああ・・・・・・まあ、細かいことはいいじゃないか。キミだって元のイケメンフェイスの方がよかったんだろ?」


 エレナの様子からは、明らかに何かをはぐらかそうとしていることが容易に読み取れるが、残念ながらそれが何かまでは皆目見当もつかない。


 俺の方から逸らされた視線の先では、爆破事件の続報を伝えるテレビニュースが流れている。どうやら度会とかいう容疑者の男が警察によって逮捕されたらしい。


 テレビの電源がユリアによって唐突に切られると、エレナは再び口を開いた


「まあ、キミを晒した投稿は、あの女子高生のアカウントごとすでに削除されているみたいだしね」


「え、そうなのか?」


 エレナの口からは意外な事実が告げられた。その口元は含み笑いをしているように見えなくもなかったが、あまりにも見慣れた表情すぎて違いはよく分からなかった。


「そんなわけだから、一週間くらい大人しくしてればほとぼりも冷めるだろうね」


「じゃあ一週間は自由放免ということでいいのか?」


「そんなわけないだろう」


 大人しくしているとの言葉を聞いて休暇を期待したが、その期待はあっさりと打ち砕かれた。でも、いつもの作戦ができるわけでもなしに、一週間も何をさせる気なのだろう?


 俺が疑問に首を傾げていると、エレナが得意気に口を開いた。


「ときに佛雁君。檜狐神社って知ってるかい?」


「いや、知らん。なんだその神社?」


「だとは思ったよ。池袋の外れにある、妖狐伝説に縁のある神社の名前さ」


 妖狐。その言葉を聞いて思い出す。そういえばこの作戦、妖狐の呪いを解くだなんだで始まったものだったっけな。すっかり忘れてたわ。


「で、その神社がどうかしたのか?」


 コイツの性格や普段の言動を考えると、神社なんてまったくもって興味も関心も無さそうなもんだが。意外なこともあったもんだ。


「ここでは『御朱印RTA』なる謎の儀式が密かに行なわれているようでね」


「は、はぁ・・・・・・」


 聞いたこともない用語の連続に頭が混乱する。ごしゅいんってあの御朱印だよな。それのRTAってことは、貰うまでのタイムでも競うのか・・・・・・?


「なにやらウワサによると、その儀式はウラでヨウコが糸を引いてるのだとか。まあ所詮は眉唾物の話だがね」


「なるほど・・・・・・? で、いったいそれがどうかしたのか?」


 いまいち話の流れが見えてこない。


「要は、どうせ一週間も暇になるであろうキミに、『御朱印RTA』へとチャレンジして欲しいってことさ。なんかの間違いでヨウコが姿を現すかもしれないしね」


「そんなダメ元感覚でくだらないことをさせるくらいだったら、休暇をくれ」と声を大にして叫びたかったが、それが無駄だということはコイツとの付き合いの中で不本意ながら分かってきた。


 俺はしぶしぶ首を縦に振らざるを得なかったのだった。


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