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出走準備

「さあ、準備はできたかい?」


 ミンミンゼミの大合唱が響き渡る午後1時の檜狐神社。その古く苔むした石の鳥居前にて。


 「倒殺くん」ごしにエレナからの声が響く。それを聞いているのは、いつもの燕尾服にストップウォッチを片手に握ったユリアと、スーツにパンプスそれに駄肉の鎧にバーコードハゲの佛雁(42歳独身)。


「おい、後半絶対いらなかったよな!?」


「誰に向けて言ってるんだ・・・・・・?」


 謎に憤慨する佛雁と、それに呆れた様子のユリア。


「ママー、あのトンチキなふたりぐみ、じんじゃのまえでなにしてるのー?」


「シッ! 42歳独身が感染うつるから見ちゃいけません!」


 足早に通り過ぎて行った親子連れの反応からも分かるように、神社の参拝者としては異様な格好をした二人組は、無駄に注目を集めてしまっていた。


「まったく・・・・・・。お前のバーコードハゲのせいで目立ってしまってるじゃないか・・・・・・」


「いや、絶対お前の燕尾服のせいだろ。人のせいにすんな。・・・・・・だいたい、エレナ? お前は何で来てないんだよ!?」


 そもそもの言い出しっぺのくせに会場に現われないエレナに対し、佛雁が語気を荒げ、問い詰める。


「いや、もう外気温35℃だよ? こんな真夏日に『御朱印RTA』なんてバカなことのために外出するわけがないじゃないか」


 しかし、エレナからの返答は、さも当然かのごとく平然とそう言い放つものであった。


「そのバカなことをさせてるのは、いったいどこのドイツだと思ってるんだ!?」


「うるさいぞ、佛雁。ただでさえ暑いんだから、暑苦しい声を出すな」


「え、なに? これ、俺が悪いの?」


「当たり前だ。お嬢様が間違ったことを言うわけがないだろう」


「この狂信者め・・・・・・」


 合点がいかない様子で、ぶつくさと文句を垂れる佛雁。


「それに私には大事な大事な仕事があってね。今は手が離せないんだ」


「なんだ? 何か『御朱印RTA』に必要なことでもあるのか?」


 急にもったいぶったようなエレナの言葉が、当然気にかかる佛雁。


「いや。不倫で炎上した若手女優の謝罪会見がこれから始まるから、嘘泣きをするときの表情筋メカニクスでも解析しようと思ってね」


「つまり暇なんじゃねぇか!? ふざけんなよ!?」


「バカを言うんじゃないよ。嘘泣き技術研究の方が『御朱印RTA』なんかよりよっぽど有意義だろう? もう中継始まるから、通信切るよ」


「ちょ、お前なぁ!?」


「キミと違って私は忙しいんだよ。ほら、さっさと行った行った」


 かくしてエレナからの通信は一方的に切断された。


「・・・・・・もうこれ、テキトーにやったことにして帰ろうぜ?」


 エレナとの一連のやり取りですっかり力が抜けてしまい、ユリアへとそう提案する佛雁だったが・・・・・・。


「ダメに決まっているだろう。お嬢様からの指令に背く気か?」


 表情一つ変えないユリアに、敢えなく却下されてしまった。


「そのお嬢様本人が暗に『どうでもいい』って言ってたんだけどな・・・・・・。クッソ、真面目ちゃんめ・・・・・・」


 佛雁はしぶしぶ、鳥居前で準備運動を始めるのであった。



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