~第1走~
「じゃあ、『ドン』でストップウォッチ押すからな」
面倒臭そうに鳥居の前に陣取ったユリアがストップウォッチを構えている。
「よし、いつでも来やがれ」
対する俺はクラウチングスタートの構えを取り、ユリアからのスタートコールへと備えていた。
すでに社務所までのコースは確認済み。鳥居の右外側から直線距離で向かうのが最短ルートだ。
「イチニツイテヨーイドン」
ユリアの棒読みスタートコールにもきちんと反応し、境内の石畳を思い切り蹴ってスタートダッシュを決める。さあ、このままトップスピードで社務所へ向かってやるぜ。そう意気込んでいたのもつかの間。
右のふくらはぎ辺りからだろうか。「ブチッ」と景気の良い音が聞こえたような気がしたかと思うと、次の瞬間、この世のものとは思えないほどの激痛が走った。そのまま右足にはまるで力が入らなくなってしまい、俺はバランスを崩してそのまま倒れこむ。
「い、痛ってえーーー!!!」
右膝を抱えて仰向けに転がり、そのまま痛みのあまり左右にのたうち回る。
そんな俺の有様を、ユリアはゴミを見るような目で見下ろし、燕尾服のポケットから携帯電話を取りだした。
「もしもし、お嬢様。佛雁ですが、どうやら右ハムストリングスの完全断裂を起こしたようで、競技の続行不能です」
「あー・・・・・・普段ロクに運動してない42歳のキング・オブ・不摂生な肥満体型が、いきなり急激な負荷をかけたからか。そりゃそうなるだろうね」
「どうします・・・・・・?」
「この距離だと・・・・・・遠隔操作は範囲外か。悪いけど、引きずるなりしてテキトーに連れて帰ってきて。強引に結合させてから仕切り直しってことで」
「かしこまりました」
通話内容まで聞く余裕はとてもなかったが、相手はどうやらエレナのようだ。まあ、他にいるわけないか。
「お嬢様から、とりあえずいったん帰って来いとの指示だ。行くぞ、佛雁」
携帯電話をポケットにしまいながら、そう淡々と告げるユリア。
「行くぞと言われても・・・・・・。とても歩ける状態ではないんだが・・・・・・」
いまだ激痛の走る右足にはまるで力が入らず、自力では一歩も歩けそうにない。
「まあ、心配するな。特別にボクがどうにかしてやる」
ユリアはそう答えると、俺の足元でしゃがみこんだ。
なんだ? もしかして、おぶってくれるのか? 案外優しいところもあるじゃないか。であれば、ゆっくりそのうなじの匂いでも満喫することにしよう。それに、どさくさに紛れて胸くらいなら揉めるかもしれない。
「ほら、さっさと帰るぞ」
しかし、そんな俺の淡い期待に反して、ユリアが俺に背中を向けることはなかった。しかも、あろうことか、
「え、ちょ? そっち患部・・・・・・ぐわぁぁああああっぁぁーーーーノ!!!」
患部を思い切り引っ張られる・神社の石階段から引きずり下ろされる・真夏のアスファルトの上を引きずられるなどなど。想像を絶する痛みのフルコースにより、敢えなく俺は気を失ったのであった・・・・・・。
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檜狐神社 御朱印RTA 公式記録
2025年7月23日 13:00
走者名:佛雁穣二
タイム:棄権(右ハムストリングス完全断裂により競技続行困難のため)