「先生、うちの子がね、『また、あのくまくんのところ行きたい』って」
近所の母親がそう言って笑った。
光の図書室が開設されて半年。小さな口コミが少しずつ広がっていた。
読み聞かせのある日は、駐車スペースがすぐに埋まり、近隣の子どもたちだけでなく、隣の市からも親子が訪れるようになっていた。
ある日、光の図書室に一通のメールが届いた。
> 件名:【講演依頼】
差出人:埼玉県 教育支援センター
内容:障がいを持つ子どもたちへの絵本支援について、ご講演をお願いできないでしょうか?
紗英は驚いた。講演なんて考えたこともなかった。
「……私で、いいんでしょうか」
不安をこぼす紗英に、航平が言った。
「君にしか話せないことが、たくさんある。伝えよう。くまくんの物語と、君自身の物語を」
会場は100人規模のホール。
手が震える。呼吸が浅くなる。
だけど、ステージの上で紗英は絵本を手に取り、静かに話し始めた。
> 「私はかつて、“普通”から転がり落ちたと思っていました。
お嬢様育ち、名門の大学、でも妊娠、失職、死産、借金。
でも……私が一番つらかったのは、子どもたちと、自分自身の存在を、否定し続けたことです」
聴衆の中に、涙をぬぐう女性の姿が見えた。
> 「でも、くまくんに教えられたんです。
“歩けなくなっても、光を感じていいんだ”って。
だから私は、この『光の図書室』を通じて、子どもたちに言いたい。
“あなたは、あなたでいい”って──」
拍手が鳴り止まなかった。
講演の後、希望者の列ができた。
ある若い男性が、声を震わせながら言った。
「自分、事故で下半身不随になったんです。だけど今日、少しだけ、生きたいって思えました」
紗英は微笑みながら、その手をそっと握った。
やがて、講演は各地から招かれるようになり、テレビのドキュメンタリーにも取り上げられた。
全国の図書館や教育現場から「くまくんの絵本」の注文が入り、「光の図書室」には毎週のように手紙が届く。
──中には、こんな子どもからのものもあった。
> 「ぼくもくまくんみたいに あるけないけど
せんせいのえほん よむと ほっとします
いつか そっちにいって くまくんに あいたいです」
紗英はその手紙を読みながら、目に涙を浮かべ、そっとつぶやいた。
「こちらこそ、ありがとう。あなたがいてくれるから、私は書ける」