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第33話  バトンをつなぐ場所

ある冬の日の午後、「光の図書室」のカウンターに、一人の若者がやってきた。名前は瑞樹みずき、21歳の男子大学生。教育学部に通いながら、将来は「誰かの居場所になるような場所を作りたい」と考えていた。


「もし、ボランティアでも何でもいいなら、ここで学ばせてもらえませんか」


まっすぐな瞳を見て、紗英は即答した。


「もちろん、こちらこそありがとう」


瑞樹は熱心に働いた。読み聞かせの準備、絵本の選定、子どもたちとの対話、そして何より──紗英の話に、耳を傾け続けた。


「先生みたいになりたいです」


「私も、まだ道半ば。けれど…あなたのような人に出会えて、本当に嬉しい」



やがて1年が経った頃、瑞樹が言った。


「先生、実は僕、地元にも“光の図書室”のような場所を作りたいんです。

でも、勝手に“分室”なんて名乗っていいのかなって、悩んでて──」


紗英は、静かに笑った。


「“光”は、私のものじゃないわ。それは、誰かが誰かを想う時に自然と灯るもの。

だから、その場所が誰かの希望になるなら、堂々と“分室”って名乗っていいのよ」



数ヶ月後、瑞樹の地元で「光の図書室 分室」が開かれた。

開設初日は、瑞樹が自ら『くまくんのとおいみち』を読み聞かせした。

絵本の後、こう続けた。


「この場所は、“自分のままでいていい”と思える場所です。

ぼくがそれを教わったのは、ある絵本作家の女性からでした──」


客席の後方で、紗英が静かに目頭を押さえていた。

その肩に、航平がそっと手を添える。


「君が灯した光が、ちゃんと届いてる」


紗英は、小さく頷いた。



その後、光の図書室は全国に5か所の分室を持つようになり、子どもたち、障がいを持つ若者たち、親たちが安心して集える場として根を広げていった。


絵本は翻訳され、海外の図書館にも置かれるようになり、紗英の元には感謝のメールが毎週届いた。


──それでも彼女は、いつも変わらない想いでいた。


「たった一人でもいい。

その子の明日が、少し明るくなるように」



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