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第37話  夢、のまた夢

暗い、くらい、海の中───


紗英は、朦朧とした意識の中で、自分が夢の中にいることを悟った。


その夢はあまりにもリアルで、冷たく暗い海水が肌を濡らし、足元には砂が堆積している感触が手に取るように分かった。


彼女は必死に足を動かそうとしたが、体は全く言うことを聞かない。


「…助け…て…」


かすれた声が、喉の奥から絞り出される。しかし、誰もいない。広大な暗闇の中で、紗英は一人、絶望に打ちひしがれていた。


夢から覚めた紗英は、病院の白い天井を見上げた。点滴の針が刺さった腕の痛み、そして、事故の記憶が鮮明に蘇ってきた。航平の顔、彼の冷酷な笑み、それと、自分がひき逃げされた瞬間の恐怖。


しかし、現実の残酷さは、夢の中の絶望をはるかに凌駕していた。彼女は頸髄損傷を負い、首から下は全く動かせない状態だった。寝たきり、それが彼女の新しくも、悲しい現実だった。


全ては、航平と陽介の計画通りだったのだ。航平は、紗英への復讐を企て、陽介は、離婚と親権放棄という、自身のどん底の状況からの脱却を目論んでいた。そして、その計画の根底には、保険金詐欺があった。二人は、紗英を事故に巻き込み、高額な保険金を手に入れようとしていたのだ。


紗英は、自分の身に起きた悲劇の全貌を理解した。復讐と金銭欲に駆られた二人の男によって、彼女は人生を奪われたのだ。しかし、彼女は諦めなかった。彼女は、弁護士を雇い、警察に全てを話した。彼女の証言は、航平と陽介の逮捕につながった。二人は、計画的な殺人未遂と保険金詐欺で起訴され、重い刑罰を言い渡された。


紗英は、長いリハビリ生活を経て、少しずつ日常生活を取り戻していった。首から下は動かせないままだったが、彼女は車椅子に乗り、周囲のサポートを受けながら、自立した生活を送ることを目指した。


事故の後遺症は残ったものの、彼女は前を向いて生きていくことを誓った。


航平と陽介の罪は償われたが、紗英の心には、深い傷跡が残った。


しかし、その傷は、彼女を強くした。彼女は、二度と誰にも同じような苦しみを与えないと心に誓い、社会に貢献する道を歩み始めた。 事件は、彼女の人生に暗い影を落としたが、同時に、彼女自身の強さと正義感を輝かせたのだ。 そして、彼女は、自分の人生を、決して奪われたわけではないと確信した。堕ちるところまで堕ちた、彼女の本当の物語はここから始まる。


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