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第十八話   第26期・探索者試験

 午後12時40分――。


 僕は成瀬さんと一緒にダンジョン協会の中庭にいた。


 厳密には中庭の隅にあった大木の横に佇み、中庭にいた他の人間たちを見回していたのだ。


 数時間前は誰もいなかった中庭には、迷宮街の探索斡旋所で購入できる戦闘服を着た男女がひしめいている。


 その数、およそ100人。


 全員とも探索者になるべく、今年の第26期・探索者試験を受けにきた探索志望者たちである。


 僕や成瀬さんと同じ10代の少年少女と20代の男女が大多数を占めていたが、志望者の中には3、40代のサラリーマンもいるというから驚きだ。


 成瀬さんに詳しく聞いたところによると、10代から20代の人たちはバリバリの探索と戦闘を目的とした志望者だが、中年男性たちは副業が目的で探索者試験を受けるという。


 探索者というと危険なエリアに赴いて稀少なアイテムを探し、その途中で遭遇する魔物たちと闘う人間の総称と世間一般には浸透しているけど、底辺のE級やD級でも危険の少ない迷宮街の近くで薬草などを採ればそれなりの稼ぎになる。


 そしてダンジョン内で採れる薬草やアイテムの換金には探索者のライセンスが必要なため、一般人のままで薬草やアイテムを採取しても金が稼げるどころか迷宮犯罪法に触れてしまう。


 だからこそ余った時間でアルバイトやパート以上のお小遣いが欲しいと思う人たちにとって、探索者になることは魅力的な副業として映っているらしい。


 うん、まあそれはいい。


 今日が年に1度の探索者試験の日で、僕がたまたま医務室で目覚めたのが今日だったことも偶然に偶然が重なったことだったのは事前に知っていたことだ。


 しかし、である。


 どうして探索志望者でもなかった荷物持ちの僕が、探索者試験が行われる中庭にいるのか。


 すべては成瀬会長の一言から始まった。


 記憶も取り戻したいが今日明日の食い扶持をどう稼ぐか迷っていた僕に対して、成瀬会長は「探索者試験を受けてみないか」と提案してきたのだ。


 いや、あれは提案ではなく強制の部類に入るだろう。


 僕がどう答えていいか迷っていたにもかかわらず、成瀬会長はすぐに秘書を呼んで試験当日にもかかわらず必要な書類をすぐに用意してきた。


 それだけではない。


 成瀬さんをイレギュラーから助けてくれた礼も込めて、国籍などの身元保証や探索者試験に必要な試験料の10万円は免除すると言ってきたのだ。


 あのときのことは今でも鮮明に思い出せる。


 要するに成瀬会長は、問答無用で探索者試験を受けろと言ってきたに等しい。


 もちろん、そのときの僕は断った。


 成瀬会長の全身から発せられていた「探索者試験を受けてくれるね?」という圧力に怯まず、僕は少々動揺しながらも成瀬会長に告げたのだ。


 僕は荷物持ちなので探索者になる気は今のところありません、と。


 けれども成瀬会長はニコリと微笑むと、顔は笑ったままで怒涛の如く僕にいかに探索者の仕事というのがダンジョン内で大事なのかを語ってきたのである。


 しかも成瀬会長は探索者試験に合格した暁には、僕に破格の待遇を与えるとも言ってきた。


 破格の待遇――それはE級、D級、C級を飛び越え、いきなり配信活動ができるB級の称号を与えるというものだった。


「ねえ、あなたでも試験を受けるのは緊張する?」


 僕が様々な年代の探索志望者たちを眺めていると、隣にいた成瀬さんがクスリと笑って訊いてくる。


「緊張というか困惑しています」


 嘘偽りのない本音だった。


 正直なところ、場違い感が半端ではない。


「でも、今のあなたなら試験なんて楽勝よ。だってイレギュラーを素手で倒せるんだから」


 そう言われても心は晴天のように晴れない。


 むしろどんどん曇り空になっていくような感じだ。


 僕はどっと肩を落としてため息を吐く。


 結局のところ、僕は成瀬会長の圧力に屈してしまった。


 なのでこうして僕は探索者試験を受けるべく、試験が始まる時間まで中庭で待機しているというわけだ。


 ちなみに成瀬さんは単なる僕の付き添いだった。


 何でも僕が試験をどう合格するのか興味があるという。


「それはA級の成瀬さんだから言えるんです。それにイレギュラーを倒したときの記憶もないですし、やっぱり僕が探索者になるなんておこがましいんじゃ……」


「もう、弱気になんてならないでよ! それでもイレギュラーからわたしを救ってくれた荷物持ちなの!」


 パンッ、と成瀬さんが僕の背中を強く平手打ちしたあとだ。


 中庭全体に響いた乾いた音と成瀬さんの凛然とした声に触発されたのか、中庭のそれぞれの場所にいた探索志望者たちの目が一気に僕に集中した。


 同時に僕の耳に探索志望者たちの小声が聞こえてくる。


「なあ、さっきから気になってたんだがあいつって……」


「嘘でしょう? あの子が例の?」


「だってイオリンと一緒にいるじゃねえか」


「何度もアーカイブ見直したからよく覚えてるわ。あいつ、やっぱり上位探索者だったのか」


「いやいや、あいつは探索者じゃないぞ。だって協会の上位探索者リストに顔と名前が載ってないんだから」


「俺もあのバズったあとに調べてみたんだが、あいつは正真正銘のただの荷物持ちらしいぞ」


「じゃあ、何でそいつがここにいるんだよ」


「んなもん決まっているじゃねえか」


「ええ、マジ? あの子も探索者試験を受けるの?」


「うっわー、ダメだ。もう、終わったわ」


「くっそ、あんな奴が試験を受けるんじゃ今日の結果は目に見えてるじゃねえか。10万損した」


 などと先ほどまでは無言だった探索志望者たちが、堰を切ったように一斉に話し始める。


 屋外とはいえ、中庭はコの字型のダンジョン協会の建物の凹んだ部分に当たる場所だ。


 なので僕の耳には風に乗って探索志望者たちの絶望の声が聞こえてきた。


 あらかじめ成瀬さんから事情は聞いていたが、こうして実際に目の当たりにしても実感は限りなく薄い。


 だが、ここにいる探索志望者たちの顔を見れば一目瞭然。


 どうやら僕は本当に一夜にしてダンジョン内に顔と名前が知れ渡ってしまったらしい。


 つまり成瀬さんの配信を通じて、僕という存在がバズったというわけだ。


 僕が全員の視線を浴びながら動揺していると、成瀬さんは自分が褒められたかのようになぜかしたり顔になっている。


「どう拳児くん、バズって有名になった気分をようやく感じた?」


「いえ、全然ありません」


 これも正直な本音だった。


 実感がまったくないのだから気分も何もない。


 むしろ全員の視線を受けて非常に困ってしまった。


 こんな雰囲気で他の志望者と一緒に試験を受けるのは心苦しい。


 そう思ったときである。


「おや、成瀬くん。君がこんなところにいるとは珍しいですね」


 僕たちの目の前に1人の男性が現れた。


 年齢は20代半ばほどだろうか。


 綺麗に切り揃えられた黒髪に、人柄の良さそうな相貌。


 メタルフレームの眼鏡をかけており、体型は黒スーツの上からでもわかるほど均整の取れた身体をしている。


 身長は僕たちよりも頭2つ分は高い。


 それでも見下されている感はまったくなく、むしろ同じ目線で対等に話してくれているような優し気な態度と声音をしていた。


「へえ、今年の試験官は飛呂彦さんが担当するんだ」


 飛呂彦さんと呼ばれた青年は、「本当は柄じゃないんだけどね」とこめかみをポリポリと掻く。


「あのう、成瀬さん。この人は?」


 僕は成瀬さんにそっとたずねる。


「ああ、ごめんごめん。この人は三木原みきはら・飛呂彦ひろひこさん。わたしと同じA級探索者よ」


 成瀬さんが答えると、三木原さんは「元だけどね」と付け加える。


 そして三木原さんは僕に握手を求めてきた。


「初めまして。私の名前は三木原飛呂彦。以前はA級探索者だったんだけど、とあるアイテムが発見されたあとは研究職に鞍替えして本部に勤めている。でも、元探索者ということもあって配信者になるB級になりたての探索者相手に説明会をしたり……おっと、こんな私のことはどうでもいいね」


 三木原さんは屈託のない笑みを浮かべる。


「君のことは彼女のアーカイブを見てよく知ってるよ。荷物持ちなのにイレギュラーを素手で倒した正体不明の謎の少年。しかし、その正体は記憶をなくしている【聖気練武】の使い手……いや~、実に興味をそそるね」


 僕は三木原さんの握手に応じた。


 直後、僕は三木原さんの手から伝わる力でわかった。


 この人……かなり強い。




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