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第二十一話  閃光とともに現れたのは……

 全身斑模様で、しかも鋼鉄製の甲羅を持った巨大な亀。


 その容姿から図体はでデカいが動きは鈍いはず。


 などと一瞬でも思った僕は馬鹿だった。


 巨大な亀型のイレギュラーの動きは想像以上に早く、それこそ子供が全力疾走するぐらいのスピードで猛進してきたのだ。


 僕は予想外な動きに度肝を抜かれたが、すぐに思考を切り替えた。


 地面を強く蹴ってイレギュラーの対角線上から身体を移動させる。


 一方のイレギュラーは直線の動きこそ素早かったが、方向転換するのはそれなりの時間を要するらしく、視界の範疇から僕が消えると勢いよく立ち止まって僕を探し始めた。


 そんなイレギュラーはすぐに僕を見つけると、赤い双眸をギラつかせて再び突進してくる。


 まるで亮二さんから聞いた猪という動物のようだ。


 急な方向転換が苦手な反面、一直線に移動する能力に長けている危険な動物。


 僕は地響きを立てて突進してくるイレギュラーの動きを紙一重でかわし、大きく間合いを取るために反対方向に移動する。


 こんなことをしていてもダメだ。


 僕は立ち止まると、小山の如きイレギュラーを見て歯噛みする。


 この中庭全体が強力な結界魔法で閉じられた空間である以上、逃げの一手はまったく賢くのない戦法だ。


 とはいえ、あのイレギュラーの防御力が尋常でないことは嫌でも判断できる。


 鋼鉄製と思しき甲羅も当然のことながら、岩のように盛り上がっている筋肉を覆っている外皮も相当な頑強さがあるだろう。


 では、このまま逃げの一手を続けているだけでいいのか。


 当然ながら断じて否だ。


 僕は丹田に意識を集中させて〈聖気〉の勢いを増加させた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――…………


 やがて僕の全身に黄金色の光がうず巻いた。


 それは燃え盛る炎のように激しく力強い〈聖気〉の力。


 この力の存在と認識が上手くできたせいか、その知識とイメージにともなって僕の〈聖気〉は強さを増しているようだった。


 ただし、この状態はあくまでも攻防の前段階みたいなものだ。


 この状態で両手にもっと〈聖気〉を集中させてこそ、攻撃した相手に大ダメージを与えられる〈発勁〉の準備は完了する。


 でも、今の状態の〈発勁〉があの強大なイレギュラーに通用するのか?


 もちろん、試してみないことにはわからないことだ。


 通用するかもしれないし、まったく通用しないかもしれない。


 そう思いながらイレギュラーが身体ごと振り向くのを待っていたのだが、イレギュラーは振り向かずに別の場所を凝視する。


 大勢の悲鳴が中庭に轟いた。


 イレギュラーの視線の先には、結界魔法が張られたときに逃げ遅れた探索志望者たちがいる。


 その数はざっと40人ほどだろうか。


 全員が一塊になって恐怖で身体を震わせている。


 マズい、と思った。


 イレギュラーは〈聖気〉を使った僕に少なからず危機感を抱いたのだろう。


 そのため、標的を僕から他の探索志望者に変更したに違いない。


 まずは中庭の一角にいる弱そうな人間たちから蹂躙しよう、と。


 僕はカッと両目を見開くと、イレギュラーに向かって疾走した。


 そしてイレギュラーの制空権に侵入するや、勢いを殺さずに跳躍して飛び蹴りを放つ。


 狙いは左の後ろ足だ。


 ドンッ!


 岩を粉砕したような衝撃音が響く。


 ゴブリンやオーク程度だったら1発で即死させられただろう僕の蹴りが、イレギュラーの後ろ足に直撃した衝撃音だ。


「なっ――」


 地面に降り立った僕は目を剥いた。


 あれだけの衝撃音が鳴ったのに、イレギュラーの皮膚には傷1つできていない。


 表面に僕の足形の土埃がついているだけで、まったくの無傷である。


 それでもイレギュラーの気を引くことには成功したようだ。


 イレギュラーは丸太のように太い首を動かし、小賢しい虫だと言わんばかりの表情で僕を睨みつけてくる。


 それだけではない。


 イレギュラーはこれみよがしに大口を開けたのだ。


 直後、僕の背筋に悪寒が走った。


 鋭い牙が生えていたイレギュラーの大口が閃光のように眩く光る。


 それを見た僕は無意識に真横に大きく跳んだ。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!


 直後、イレギュラーの口から分厚い柱のような光線が放たれる。


 そしてその光線は僕が数秒前まで立っていた場所に直撃。


 地鳴りのような強震が起こり、耳をつんざく衝撃音が中庭全体に響き渡る。


 何て奴だ……


 僕の身体は地面を何度か転がった末にようやく止まった。


 本当は転がるつもりなどなかったが、イレギュラーが放った光線の爆風のせいで身体ごと吹き飛ばされたのである。


 そこで僕は光線が直撃した地面を直視した。


 光線が直撃した場所の地面が円形状に深く穿れていたのだ。


 僕の額に冷たい汗が噴き出てくる。


 どこを攻撃しても弾かれる負のイメージしか湧いてこず、しかも遠距離用のとてつもない威力を持った光線も吐き出せるのではお手上げだ。


 やはり、このままでは勝てない。


 僕はギリリと奥歯を軋ませた。


 そのときである。


 僕は自分の胸に凄まじい熱を感じた。


 アゴを引いて自分の胸を見ると、僕の胸が衣服越しに強烈な光を放っている。


 その光の発生源は体内ではないことはすぐにわかった。


 とすると何が光っているのか。


 僕は自分の胸元に手を入れ、光を発しているだろうを取り出す。


 亮二さんに拾われたときからずっと身に着けていたというペンダントだ。


 僕は〈聖気〉の黄金色とは違い、心を落ち着かせる新緑色に光っているペンダントを見つめる。


 ――はよう……て……


 僕は眉間に深くしわを寄せた。


 今このペンダントから声が聞こえなかったか?


 ――はよう、うちを……ここ……て


 間違いない。


 このペンダントから声が聞こえる。


 それも幼い少女のような声が。


 ――はよう、うちをここから解き放って


 はっきりとその言葉が聞こえたとき、僕はあまりの驚きでペンダントを握る手に力を込めすぎてしまった。


 バキッとペンダントから歪な音が鳴る。


〈聖気〉によって身体能力が強化されていたことにより、普段以上の握力が発揮されてペンダントを握り潰してしまったのだ。


「うわッ!」


 同時に視界が真っ白に染まっていく。


 握り潰したペンダントから眩い閃光が迸ったのだ。


 そして――。


「ぷはー、ようやく外に出られたで!」


 潰れたペンダントから何かが飛び出てきた。


 それは金色の髪と蝶に似た羽を生やした、手のひらサイズの少女の妖精だった。

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