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第二十二話  大いなるバズりの予感 ②

 僕はあまりの出来事に瞬き1つできなかった。


 なぜなら、僕の目線の高さに妖精が飛んでいるからだ。


 そう、妖精だった。


 しかも動物型の妖精ではなく、手のひらの大きさの人間型の妖精である。


 そんな妖精はさらさらな金髪に新緑色の瞳。


 きりりとした目眉に端正な顔立ちをしている。


 人間の年齢にすると10代前半ぐらいか。


 少しだけ膨らんでいる胸に、贅肉のないスラリとした体型をしていた。


 そして背中に生えている4枚の羽根は透明で、蝶のようにヒラヒラと動かして空中に浮いている。


 僕は妖精をじっと見つめた。


 ガストラル大陸の北方にある、妖精郷ティル・ナ・ノーグに住む妖精族の1人だろうか。


 などと思ったときだ。


 僕は自分の脳裏によぎったことに「え?」と目を丸めた。


 今僕は何て思った?


 ガストラル大陸?


 妖精郷?


 自分の頭の中に浮かんだことのなのに、その知識を仕入れた記憶がない。


 僕は探索の合間や一緒の部屋に間借りさせてもらっているとき、亮二さんからこの世界の知識について教えてもらったことがある。


 大部分はダンジョン内や迷宮街のことだったが、博識だった亮二さんからは地上世界にある日本のことや世界の国々についても少なからず聞いていた。


 なので地上世界にはガストラル大陸という大陸はなく、妖精郷という場所もこのダンジョンや地上世界にも存在しないということも知識としてある。


 特に魔法や妖精などがそうだ。


 これらはあくまでも空想上の存在であり、地上世界はおろか魔物がはびこっているダンジョン内でもその存在は確認されていないという。


 だとしたら、僕のこの脳裏に浮かんだ知識は何だ?


 僕は口元を手で覆って顔を下に向ける。


 いや、それ以前に目の前に飛んでいる妖精はどうして僕のペンダントの中から現れた?


「――ねん」


 待て待て待て。


 そもそも、僕はどうしてイレギュラーが結界魔法を使ったと判断した?


「――――しとんねん」


 考えれば考えるほどパニックになる。


 それにどこからか金切り声が聞こえて頭痛までしてきた。


「――ボーッとしてんねん」


 僕はハッとすると、すぐに顔を戻した。


 視界には両手を振って大慌てしている妖精の姿が飛び込んでくる。


「ケン、何をボーッとしてんねん!」


 その言葉で我に返ると、妖精の後ろに見えたイレギュラーの行動を直視する。


 イレギュラーは僕のほうに向かって大口を開けていた。


 先ほどの光線が脳内によみがえってくる。


 僕は地面を強く蹴ってその場所から離れると、両足を大きく広げて両手を「×」字にした。


 次の瞬間、イレギュラーの口から再び光線が放たれた。


 その光線は2秒前の僕のいた場所の地面を大きく穿つ。


 同時に押し寄せて来る爆風と衝撃。


 耐衝撃姿勢を取ったおかげか、今度は何とか吹き飛ばされずにすんだ。


「ゲホゲホッ……ったく、それなりにやるやないか」


 不意にどこからか声が聞こえた。


 僕は慌てて声のしたほうに視線を向ける。


 少女の妖精が僕の肩口の衣服に掴まってむせていた。


「おそらく、あいつは魔王軍の兵隊長クラスの兵やな。せやけど、あれぐらいの威力の魔砲まほうしか撃てんのなら兵隊長クラスでも大したことない。ケン、あんたが本気になればちょちょいのちょいやで」


 僕はポカンとしてしまった。


 正直なところ、この少女の妖精の言っていることがわからない。


 言葉自体はわかる。


 少女の妖精は少しおかしな日本語を話しているのだが、その言葉は日本語できちんと僕に伝わっているのだ。


 問題は内容だった。


 ケンって僕のこと? 


 魔王軍の兵隊長? 


 魔砲って何?


 これまで聞いたことのない単語が矢継ぎ早に出てきたことで、僕の思考はパニックの極みに達した。


 そんな僕に少女の妖精は小首をかしげる。


「どないしたん? ほれ、さっさと本気出してあんな雑魚はさっさと倒してや」


 さっさと倒す?


 無理を言わないでくれ。


 相手はイレギュラーの中のイレギュラーと思われる魔物だ。


 そんな相手をさっさと倒すなんてことできるはずがない。


「簡単に言わないでくれ」


 僕は少女の妖精に言った。


「大体、あいつは全身が鉄みたいに固くてダメージがまったく与えられないんだぞ。そんな相手をどうやって倒すんだ」


 すると少女の妖精は「〈聴勁ちょうけい〉や」と間髪を入れずに答える。


「確かにあのメタル・タートルの防御力は半端やない。おまけに個体差ごとに弱点の位置がバラバラなんや。そうなると生半可な【聖気練武】の使い手の技なんて通用せえへん」


 しかしや、と少女の妖精は人差し指を突きつけてくる。


「ケン、あんたは並の【聖気練武】の使い手やない。せやから、まずは〈聴勁〉であいつの弱点を探るんや。メタル・タートルの弱点はあの全身の斑模様の中にある」


「あの斑模様の中に弱点が?」


 嘘か本当かはわからない。


 だが、少女の妖精の顔を見るに嘘は言っていない。


 真剣で凛とした眼差しを僕に向けているからだ。


「でも、僕は〈聴勁〉なんて技は使えない。できるのは成瀬さんに教えてもらった〈発勁〉ぐらいしか――」


 そこまで口にしたとき、少女の妖精がメタル・タートルと言ったイレギュラーが再び大口を開ける様子が見て取れた。


「あのボケッ、性懲りもなくまた魔砲を撃ってくる気やで!」


「うるさい! そんなことは言われなくてもわかる!」


 僕は吼えると同時にその場から離れた。


 その直後に轟く衝撃と爆風。


 今いた場所から数メートル以上離れた僕は、爆風に吹き飛ばされないように体勢を整えた。


 どうやらあの光線――少女の妖精が魔砲と呼んでいたものは、1発撃つごとにそれなりの充填時間が必要らしい。


 30秒以上、1分未満といったところか。


 そう思ったとき、僕は魔砲で穴が穿たれている地面を見てゾッとした。


 円形に抉れている地面の数が多くなっていくごとに、僕が自由に動ける範囲が狭められているのだ。


 もちろん、円形に抉れている穴の中を移動することはできる。


 けれども、どうしても不安定な地面の中を移動すると動きに支障が生じてしまう。


 そこをあの魔砲で狙われたらひとたまりもない。


 まさか、あいつはそれを狙っているのか?


 だとしたらメタル・タートルは図体がデカいだけではなかった。


 獲物を確実に仕留めるためにどうすればいいのか考える知能を持っている。


 これは非常にマズイ展開だ。


 こうなると時間が経つごとに僕は窮地に追い込まれてしまう。


「あーもー! ケン、せやからさっさと〈聴勁〉で弱点を探して倒せっちゅうんや! こないな結界魔法に閉じ込められている中でモタモタしてると、あんな雑魚の攻撃でもそれなりのダメージを負ってまうで!」


 僕はキッと少女の妖精を睨みつける。


「だから言っただろう。僕は相手の弱点を探れる〈聴勁〉なんて技は知らないんだ」


 少女の妖精は呆気に取られたような顔をした直後、すぐに頭を抱えて仰天する。


「ちょい待ってくれ。〈聴勁〉を知らないってどういうことやねん」


「どうもこうもない。知らないものは――」


 知らないんだ、と言い放とうとしたときだ。


「しゃーない、それについてはあとや。ひとまず、あいつを倒してもらわんことには話もできへん」


 すると少女の妖精は4枚の羽根を動かして上空へと飛翔していった。


 一体、何をするんだ?


 僕は少女の妖精の動きを追っていく。


 やがてメタル・タートルの上を旋回していた少女の妖精が大声を張り上げる。


「見つけた! ケン、皮膚の一角に明らかに他とは別な模様がある! 右の後ろ足の近くや!」


 僕はその言葉を聞いて視線を移動させた。


 少女の妖精が告げた場所を凝視する。


 もしかしてあれか?


 僕の目線からでも確認できた。


 確かに皮膚にある模様の中に、他のものとは異なる模様があった。


 他の模様はグニャグニャとした模様だったのだが、その模様だけはきちんとした四角形の模様をしていたのだ。


 あの四角形の模様こそが弱点なのだろうか。


 いや、呑気に考えている場合ではなかった。


 今は少女の妖精の言葉を信じるしかない。


 だとしたら行動あるのみ。


 僕は瞬時に〈発勁〉の準備を整え、メタル・タートルに疾走した。


 そして間合いに入るや否や、大きく跳躍して空中で右拳を脇に引く。


 狙いは四角形の模様の場所だ。


「オオオオオオオオッ!」


 裂帛の気合一閃。


 僕は渾身の〈発勁〉による突きを、四角形の模様に叩き込んだ。


 黄金色の光をまとった僕の右拳が、皮膚に深々とめり込む。


 感触でわかった。


 この場所だけは拳が貫通するほど柔らかかったのだ。


「ギュウウウウウウウウウウウウウウウウ――――ッ!」


 僕の右手が肘までめり込んだとき、メタル・タートルはこの世のものとは思えない悲鳴を発して全身を震わせた。


 それだけではない。


 僕は右腕を抜いて地面に降り立つと、メタル・タートルは口から大量の血泡を噴出させて地面に倒れた。


 その衝撃で中庭全体が地震のように揺れ動く。


 数秒後、中庭の一部を覆っていた結界魔法が霧散していった。


 術者のイレギュラーが完全に息絶えた証拠である。


 ふう、何とかイレギュラーを倒すことができたか。


 と僕がホッと胸を撫で下ろしたときだった。


「うおおおおおおおおおおおお」


「すげえッ! すごすぎるぜ!」


「助かった! 私たち、あの子のおかげで助かったのね!」


「あの配信はフェイクじゃなかったんだ……」


「なあ、もしかして俺たちは伝説の1シーンを見たんじゃないのか?」


「ダメだ。あんなすげえもんを見たら探索者なんて目指せなくなっちまった」


 などという探索者志望者たちの声が聞こえてくる。


 よかった。


 どうやら探索志望者たちの中で怪我をした人間はいないようだ。


 僕は続いて成瀬さんたちのほうを見る。


 成瀬さんを含めた上位探索者たちは案山子かかしのように立ち尽くしていた。


 大きく目を見開き、口を半開きにしてポカンとしている。


 まるで目の前の光景が信じられないとばかりに。


 まあ、そんなことはさておき。


「おお、やったな!」


 僕は肺に溜まっていた空気をゆっくりと吐き出すと、少女の妖精は表情を明らめて僕の眼前に戻ってきた。


 そのときである。


 僕は急激なめまいを感じた。


 それだけではない。


 頭が割れるような頭痛に襲われ、視界がどんどん真っ暗になっていく。


「さすがはケンやな。クレスト最強の〈大拳聖〉と呼ばれていただけのことは……」


 そこで少女の妖精は「はれ?」と首をひねり、僕の顔をじっと見つめて一言。


「なあ、ケン。何であんたは子供の頃の姿になってるんや?」


 この言葉を聞いた直後、僕はフッと意識を失った。

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