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第四十二話  草薙数馬の破滅への言動 ⑩

 一体、この甘美な地獄はいつまで続くんだ……


 俺は全身に不気味な温かみを感じながら思っていた。


 現在、俺はギリシャ神話のメデューサに似たイレギュラーに拘束されている。


 いや、ただ拘束されているだけではない。


 衣服はすべて破り取られ、全裸のまま抱き締められているのだ。


 後方から強くハグされている形である。


「ウフフフフフフ」


 イレギュラーの低い笑い声が耳朶を打つ。


 その声色は脳髄がとろけるほど甘く、俺の無事だった股間の一物が激しくいきり勃ってくる。


 もうこれで12回目だというのに。


「も……もう……やめ……てくれ……」


 股間が熱くそそり勃ったあと、俺はかすれている声でイレギュラーに言う。


「ウフフフフフフフフフフフフフフ」


 しかし、イレギュラーはまったく答えてくれない。


 それどころか、俺の頭の後ろから酷薄した笑い声が聞こえてくるのみ。


「た、頼む……マジで……もう……勘弁」


 してくれ、と俺は懇願しようとした。


 けれどもイレギュラーは、俺の言葉が言い終わらないうちに動いた。


 妖怪のろくろ首のように、首だけがぐんと伸びると、そのまま俺の一物を咥え込んだのだ。


 ああああああああああああああああああああああ


 直後、凄まじい快感が股間を中心に電流のように走り抜ける。


 これが偽りの快感だということは骨身に染みてわかっていた。


 なぜなら、これで精子を強制的に搾り取られるのは13回目だったからだ。


 ダメだ、この快感に飲まれてはいけない!


 抗うんだ!


 抗わないと絶頂によって死ぬ!


 などと頭ではわかっていても、俺の脳みそはこのイレギュラーからもたらされるによって破壊されていた。


 頭ではわかっていても、肉体は1ミリも抗えないでいるのがその証拠だ。


「ああああああああああああ」


 快感の津波に襲われ、俺はあっさりと絶頂を迎えた。


 するとイレギュラーは再び首を動かし、俺の顔の前に自分の顔を持ってきた。


 そしてイレギュラーは妖艶に舌なめずりする。


「ウフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ」


 俺はガチガチと歯を鳴らす。


 絶頂を迎えたあとにやってくるのは、これまで13回も味わった果てしない絶望と強大な疲労感。


 自分の命を徐々に、しかし確実にそぎ落とされている感覚が手に取るようにわかる。


 これは最高であり最悪な拷問に等しい。


 手足がないので逃げることもできず、ただ苦痛を味わうだけならいつしか脳みそが降参してショック死してくれる可能性もあっただろう。


 だが、このイレギュラーはそこの塩梅をよく知り尽くしている。


 俺は生かさず殺さず、絶妙なラインの中でギリギリ生かされているのだから。


『むははははははははははははは』


 突如、コンテナの中にむさ苦しい男の笑い声が響く。


『貴様はよっぽど気に入られたであ~るな。そのイレギュラーがここまで人間1人を長時間生かしているのを見るのは初めてであ~る』


 俺は何とか首を動かして声の発生源を見る。


 このコンテナの天井の隅には4つの監視カメラが設置されていて、その監視カメラの横には小型のスピーカーも設置されていた。


 声はそのスピーカーから聞こえているのだ。


 続いて俺はスピーカーからコンテナの横面部分に目をやる。


 俺が最初に落とされたとき、コンテナの横面は四方ともすべて頑丈な鋼鉄製の壁で覆われていた。


 コンテナなのだから当たり前だったが、今はその壁の一角から外の様子が見て取れる。


 気づいたのはイレギュラーによって10回目の快楽をもたらされたあとだった。


 ふと意識が正常に戻ったとき、壁の一部分が透明な壁に変わっていたのだ。


 どうやら俺とイレギュラーが閉じ込められているコンテナは特別製で、何かしらの操作をすると壁の一部分が外に倒れて外の様子が視認できる造りになっていた。


 もちろん、イレギュラーが外に出て来られないような仕組みになっている。


 透明な壁――ガラスではなく強化アクリル製、もしくはダンジョン内で採れた特殊なアイテムで造られていたのかもしれない。


 どちらにせよ、俺とイレギュラーの様子は外から見えるような状況になっていた。


 だが、はっきり言ってそんなことはどうでもいい。


 コンテナの外には腕組みをしている大男が仁王立ちしていた。


 マーラ・カーンだ。


 そんなマーラ・カーンの後方には、コンテナ内にカメラを向けている奴がいる。


 俺が血がにじむほど下唇を噛み締めた。


 今の俺の状況はダーク・ライブという裏動画共有プラットフォームに配信されていた。


 マーラ・カーン曰く、こんな吐き気を催す配信を視ているのは超がつくほどの金持ち連中らしい。


『素晴らしいであ~る。貴様がこうして1秒でも長く生きていてくれるだけで、我が〈魔羅廃滅教団〉の活動費が爆発的に増えていくのであ~る』


 ふざけんな、このクサれ外道ども!


 俺も幼少期から大抵の悪なことはしてきたが、マーラ・カーンのような本物の悪事は働いていない。


『むはははははは、そんなことはないのであ~る!』


 マーラ・カーンは俺の心を読んだように不敵に笑った。


『貴様も吾輩たちと同じ悪の中の悪なのであ~る。そうやって歪んだ自己肯定をこじらせたせいで貴様はこうなっているのであ~る。そうであろう? 初配信でゴブリンにやられたカス探索配信者の草薙数馬くん』


 俺はギクリとした。


 なぜ、俺の名前を……


『むはははははは、そんなものは調べれば1発なのであ~る。というか、吾輩たちにはダンジョン協会に協力者が――』


 そこまで言ったところで、マーラ・カーンはわざとらしく『おっと、口が滑りそうになったのであ~る』と言って豪快に笑った。


 くそ、くそ、くそ、くそ……


 もはや俺の名前が知られたことなど関係なかった。


 連中はいつ俺が死ぬのか楽しみにしている。


 マーラ・カーンだけではない。


 カメラの向こうで高い酒でも飲みながら俺を視ている連中もそうだろう。


 もはや俺は人間じゃないのだ。


 絶大な権力を持ったイカれた連中の退屈を紛らわせるオモチャ。


 それ以上でもそれ以下でもない。


 くそおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!


 俺は心の中で吼えた。


 嫌だ!


 こんなとこで死にたくない!


 俺は大粒の涙を流しながら歯噛みした。


 誰でもいい!


 俺を助けてくれ!


 そしてこいつらをぶち殺す力をくれ!


 その代わり、俺のすべてをくれてやる!


 あいつらに復讐する力が得られるなら、俺は神にでも仏にでもアッラーにでも悪魔にでも――もしもいるのなら、異世界の魔王にも魂をくれてやる!


 そう強く念じたときだった。


 ――――その心地よい魔の願い、我は聞き届けたり


 どこからか魂を揺さぶる声が聞こえた。

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