「さて、どうするかな」
俺は両腕を組みながらアーク・グリフォンの死体に視線を落とす。
頭部を失った首の付け根からは血が流れ、ちょうどいい血抜きになっている。
「お~い」
とはいえ、この環境では調理らしい調理はできない。
何せ調理器具など1つも持っていないのだ。
「お~い、ケン」
それどころか、調味料である塩や香草の類もない。
塩はともかく香草は探そうと思えば探せるだろうが、いかんせん腹が減りすぎているから探すのも億劫だ。
「お~いったら、ケン。うちの声が聞こえてへんのか?」
「……串焼きだな」
それしかない。
それにアーク・グリフォンを食するとなったら、食べる部位は旨味が詰まっている両足に限られる。
ニワトリなどの普通の鳥もそうだが、やはり美味くて食いでがあるのは筋肉の塊であるふともも部分だ。
「……なあ、ケン」
俺は顔の前に右手を持ってくると、すべての指を重ねて伸ばした状態――手刀の形に変化させる。
そして手刀にした右手に〈聖気〉を集中させたときだ。
「ケエエエエエエエエエエンン!」
と、耳元で馬鹿でかい声を上げられた。
「気づいてたさ、エリー。お前がいることぐらいな」
俺が顔をしかめながら言うと、エリーは眼前に飛んでくる。
「せやったら無視すんなや」
「すまないな。こいつをどう調理しようか考えていたところなんだ」
俺はアーク・グリフォンにあごをしゃくる。
「調理って……鍋どころか包丁1本も持っていないやないか。そんな状態で調理なんて、獲物が魔物なら丸焼きぐらいしかできひんやろ?」
「……まあな。だが、さすがに内臓を食うのはマズいか」
獲れたての新鮮な獲物は血も飲める。
それどころか血液には豊富な栄養があり、魔王ニーズヘッドを倒すための道中の狩りでは獲物の血も飲んでいたものだ。
しかし、それはあくまでも普通の動物の場合だった。
基本的にアースガルドでは魔物の肉は食わない。
野生の動物と違って、肉や血に毒が含まれている場合が多かったからである。
けれども俺を含めた勇者パーティーは魔物の肉も道中に食べていた。
もちろん常食していたわけではないが、人里離れた場所を長い時間移動する場合のときや、野生の動物が狩れなかったときは倒した魔物の肉を焼いて胃袋に収めていたものだ。
それもすべては経験則によるものである。
このアーク・グリフォンの場合は胴体こそ人型種をしているものの、その他の部分は動物種の中でも鳥類系の形態が色濃く出ている魔物だ。
こうした人間が普段から食する動物――豚、牛、鳥の形態が強く出ている魔物の肉は基本的に食える。
ただし血や内臓には新鮮な状態でも毒があることもあるので、そこだけは十分に注意しなくてはならない。
まあ、それはさておき。
グウウウウウ…………
今は少しでも早く腹の虫に餌をやらないとな。
俺は手頃な大木に近寄ると、右拳に〈聖気〉を集中させて突きを繰り出す。
ドオオオオオオオオンッ!
1発で根元が粉砕した大木が地面に倒れる。
仕事はこれだけでは終わらない。
他にも2本の大木を根元から叩き折った。
合計3本の大木が手に入ると、俺はその3本の木を担いでアーク・グリフォンの死体の元へ戻った。
もちろん、着火のための乾いた細枝を集めることも忘れない。
俺は薪にした大木と細枝をアーク・グリフォンの死体の横に積んでいく。
これで第一段階は完了。
次は食材であるアーク・グリフォンの加工だ。
と言ってもさしたる苦労はない。
アーク・グリフォンの太ももを、下半身の付け根から切り取るだけだ。
なので俺は一気に作業を終了させた。
手刀でアーク・グリフォンの下半身から太ももを1発で的確に切り取る。
ここからは第二段階。
まずアーク・グリフォンの死体が目障りだったので、適当な場所の地面に〈聖気〉を込めた突きを放って大きな円形の穴を開けた。
その穴にアーク・グリフォンの胴体を捨てる。
穴自体は塞がなくていいだろう。
しばらくすれば他の動物が来て綺麗に胃袋に収めてくれるはずだ。
俺は全身に付着していた砂埃を払い落とすと、積んでいた大木の3本の大木自体の加工に移った。
葉がついている樹上部分をすべてへし折って丸ボウズ状態にしたのだ。
直後、俺はその内の2本の大木を手刀で薪へと加工。
薪にした大木を綺麗に積み上げ、その火口部分に乾いた細枝を入れる。
続いては火起こしだ。
俺は太い枝同士を力強く摩擦させて火を起こすと、それを火種にして焚き火を完成させた。
さあ、あともう少し。
俺は残りの1本の大木を手刀で半分に切り割り、アーク・グリフォンの太ももに1本ずつ刺していく。
そんな殺したてのアーク・グリフォンの肉からは湯気が立っており、本当は川などで冷やしたほうがいいのだが、今は腹が減っているのでもう焼いていくことにした。
ここまで来ればもう終わったも同然。
俺はバチバチと音を立てる焚き火から少し離れた地面に、アーク・グリフォンの太ももが突き刺さっている木を突き刺す。
よし、アーク・グリフォンの串焼きの準備これにて完了だ。
「おお~、美味そうやないか。あとは焼き上がるのを待つだけやな」
エリーも興奮しているのだろう。
焚き火の周囲を飛び回りながら「はよ焼けろ」と大はしゃぎしている。
「そう焦るな。気持ちはわかるが、もうしばらく待て」
などとエリーに伝えたときだ。
「な、何をしているの?」
俺は顔だけを振り返らせると、3人の女探索者たちがおそるおそるたずねてくる。
「うん? 見てわからないか? これからこの肉を食うんだよ」
「え!」と3人の女探索者たちは目を見開いた。
「た、食べるってそれはイレギュラーの肉なんだけど!」と黒髪の女探索者。
「ま、マジで意味わかんない!」と金髪の女探索者。
「イレギュラーの肉を……というか、魔物の肉は食べられないのよ!」と栗色髪の女探索者。
それぞれがほぼ同時に口を開く。
「食べられないってどういうことだ? 動物種の魔物の肉は基本的に食えるぞ」
いやいやいや、と女探索者たちは首を横に振る。
「絶対に食べられない。長年にわたってダンジョン協会の研究員や大手食品会社たちが調べたことじゃない。どんな魔物の部位であれ、わたしたち人間が口にすれば強いアレルギー反応を起こす。軽めでも食中毒の症状、強めになるとアナフィラキシー症状を引き起こして死に至る。だからダンジョン協会は魔物を食べることを全面的に禁止している。そんなことは常識でしょう!」
「いや、火を通せば俺は普通に食えるぞ」
唖然とする女探索者を横目に、俺とエリーはアーク・グリフォンの肉が焼けるのを待った。
それから十数分が経っただろうか。
食欲を刺激するジュウジュウと肉が焼ける音と、鼻腔の奥まで香ばしい匂いが漂ってくる。
「そろそろいいかな」
俺は1メートル以上はある串焼きを手に取ると、思いっきりかぶりついた。
モグモグモグモグ……
「美味ああああああああああい!」
しっとりとした柔らかさ。
それでいて肉を食っていると強く実感できる歯ごたえ。
口内に広がる濃厚な旨味とコク。
空腹だった胃袋にガツンときた。
食べれば食べれるほど全筋肉が喜びの雄叫びを上げてくる。
「うっま! 久しぶりのアーク・グリフォンの肉はたまらんな!」
エリーも俺の串焼きをむさぼるように食い始めた。
そこで俺は女探索者たちにも「1口食ってみるか? 本当に美味いぞ?」と勧める。
だが、女探索者たちは頑なに拒否した。
そんなに魔物の肉を食うのに抵抗と拒否反応が出るのか。
だとすると、この世界の人間と俺がいたアースガルドに存在する人間とでは何かが根本的に違っているのかもしれない。
すなわち、俺と成瀬さんたちは一見すると似ていても違う種族ということに……
「ねえ、少しいい?」
食べることを忘れて考えにふけっていると、黒髪の女探索者がおそるおそる訊いてきた。
「君ってもしかしてA級探索配信者?」
「そうだ。よくわかったな」
「わかったも何もドローンがずっと飛んでるから……え? ということは今もしかして配信中? というか、まさかあなた元荷物持ち・ケンジchの拳児!」
そうだった。
空腹のあまりすっかり忘れていた。
今の俺はイレギュラーを倒す無双配信中だったのだ。
俺は女探索者たちからエリーに視線を移す。
「なあ、俺がアーク・グリフォンを倒したときの映像は視聴者に視せられたか?」
「モグモグモグ……ああ……モグモグモグ……映って……モグモグモグ……いたと思うで」
だったら今回の配信の目的は達成したことになる。
ならば、と俺はエリーからドローンへと顔を向けた。
「え~、今回のイレギュラーを倒す無双配信はこれにて終わる。近いうちにまた配信するから、よければまた視にきてくれ。あとチャンネル登録や高評価もよければ頼む……それでは」
俺はズボンのポケットに入れていたドローンのコントローラーを操作すると、2回目のイレギュラーを倒す無双配信を終了させた。
これで落ち着いて食事の続きを楽しめる。
その後、俺とエリーはアーク・グリフォンの肉を堪能した。
言葉を失ったまま立ち尽くす、女探索者たちに見つめられながら――。
【元荷物持ち・ケンジch】
チャンネル登録者数 4900人→17000人
配信動画同時接続数 6299人→24106人