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第四十四話  元荷物持ち・ケンジchの無双配信 ④

「俺の名前は拳児。A級探索者だ。いや、この場合はきちんと探索配信者と伝えたほうがいいのか?」


 俺は自分の代わりにドローンの録画スイッチを押してくれたエリーに訊く。


「そんなんうちに聞かんといてや……つうか、もう別に自己紹介もせんでええんちゃう? 今日のケンがやりいたいことを素直にやって見せればええだけと思うで」


「なるほど……」


 俺は両腕を組んでうなずいた。


 さすがは200年近く生きている妖精族だ。


 この地球という異世界に来ても芯がまったくブレない。


「わかった。じゃあ、今日は無双配信で仕留めたイレギュラーを食ってみよう」


 俺は頭上を飛んでいたエリーから視線を外し、前方に飛んでいるドローンの高性能カメラに顔を向けた。


 その高性能カメラの向こう側にいる視聴者を意識する。


「そういうわけなので、今日は見つけた魔物――特にイレギュラーを見つけて仕留めたら、その肉を食ってみようと思う。もちろん、イレギュラーの種類によっては体内に毒がある奴もいるので、そこのところは十分に見極めて食ってみようと考えている」


「ほんで、今日はどんな獲物を狙うんや?」


 俺は再びエリーへと視線を移した。


「この森林エリアの樹木には様々な木の実や果実が実っている。その木の実や果実を狙った動物も多くいて、さらにその動物を狙う肉食の魔物がいるだろう。俺の見立てによると、ゴブリンやオークなど人型種の魔物よりもジャイアント・ボアやギガント・コカトリスなんかの動物種の魔物がいるとみた」


「ジャイアント・ボアにギガント・コカトリスか……平たく言えば巨大イノシシと巨大ニワトリやな。どっちも焼いて食うと美味いやつやないか」


 エリーは食べた姿を想像したのだろう。


 軽く舌なめずりする。


「こっちの世界に来ても食欲があるのか?」


「当然やないか。もうバリバリやで」


 本来、妖精族は人間や動物と違ってモノを食べない。


 高聖霊体であるため、大自然に充満している〈聖気〉を養分としているためだ。


 この地球でも仙人と呼ばれる特別な人間がいて、その仙人たちはモノを食べなくても霞を食べて生きるといわれているらしいが(成瀬会長から聞いた)、エリーたち妖精族はその仙人の生活に近い。


 しかし、妖精族は100年ほど生きると明確に好みというものが出てくる。


 妖精によってどんな好みが出るのかは様々だが、一例を挙げると音楽を嗜むようになったり絵を描いたりするようになったりする。


 中にはエリーのように人間に似た食生活になる妖精もいた。


 人間のようにモノを食べないと生命活動に支障が出るわけでもないので、あくまでも人間のように色々なモノを食べられる体質になったというだけだ。


 そしてエリーは、この人間のような食生活が出来るようになった妖精である。


 勇者パーティーたちと魔王ニーズヘッドを倒す旅の途中でも、エリーは野宿しているときに焼いた動物の肉や魚などをバクバク食べていた。


 そのときの記憶を思い出しているのだろう。


 グウウウウウウウウ…………


 いかん、俺も思い出したら腹が減ってきた。


「よし、俺もバリバリやるぞ」


 そう俺が口にしたときだ。


 どこからか人間の悲鳴が聞こえてきた。


「ケン、これは人間の悲鳴やで!」


「わかっている……あっちだ」


 俺は瞬時に〈聴勁〉を使って周囲の様子を知覚する。


 ここから100メートル内の北西地点に複数の〈聖気〉が確認できた。


〈聖気〉の強さから人間が3人と1匹の魔物だ。


 俺は地面を蹴って悲鳴の場所へと疾駆した。


 続いてエリー、そしてドローンが俺のあとを追うように飛んでくる。


 目的の場所へはすぐに到着した。


 そこは森の中でも穴が空いたように開けた場所だった。


「だ、誰か助けて!」


 その開けた場所にいたのは3人組の探索者たちだ。


 男はいない。


 全員が20代前半から半ばで構成された女探索者たちだった。


 そんな女探索者たちは1匹の魔物に襲われていた。


 あの魔物は……


 女探索者たちを睥睨していたのは、体長3メートルはある鳥類系の魔物だった。


 アーク・グリフォン。


 鳥の頭部と羽を持ち、胴体は筋骨隆々な人型。


 けれども肉付きのよい鳥の足をしている、アースガルドでも美味な魔物として有名だった。


 そしてこのダンジョンではイレギュラーとされている魔物だ。


「もうダメ……わたしたち、ここで死んじゃうんだ」


「諦めないで、カレン。きっと誰か助けにくるから」


「馬鹿言わないでよ! どこにそんな奴がいるのよ!」


 どうやら女探索者たちは俺に気づいていない。


 それにドローンがないところを見ると、この女探索者たちのランクはB級探索者以下なのだろう。


 ならば黙って見過ごせるはずがない。


「助けならここにいるぞ」


 俺が抑揚のない声で言い放つと、女探索者たちは驚いて俺を見た。


 アーク・グリフォンも俺に顔を向けてくる。


 しかし、アーク・グリフォンには驚きの感情は見られない。


 邪魔するならお前も食うぞ。


 そんな意志が翡翠色に輝く双眸からは窺い知れる。


「そうか……」


 俺は全身にまとっていた〈聖気〉の放出力を上げた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………


 すると俺の〈聖気〉は意志の力に呼応。


 全身からは激しく燃える大火の如き〈聖気〉が放出される。


「グアッ!?」


 直後、アーク・グリフォンは全身をビクッと震わせて後ずさった。


 無理もない。


 新たな獲物が現れたかと思ったら、そいつ――つまり俺は3人の女探索者たちのような被食者ではなく、圧倒的な力を持った捕食者だと気づいたのだ。


 なのでアーク・グリフォンはすぐさま行動に移った。


 巨大な2枚の鳥の翼をはためかせ、上空へと逃亡しようとしたのである。


 だが、俺はその動きすら読んでいた。


 俺は両足に〈聖気〉を瞬時に集中させると、砂埃が舞うほど地面を蹴ってアーク・グリフォンの頭上高くへと跳躍した。


【聖気練武】の基本技の1つ――〈軽身功〉である。


 この〈軽身功〉を使えば重力に逆らうほどの浮力が得られ、何も知らない人間から見れば俺が空中に飛んだように見えただろう。


 現にアーク・グリフォンも大きく目を丸めて驚愕した。


 なぜ、弱い生物の人間にこんな真似ができるのか、と。


「俺と遭遇した自分の不運を恨むんだな」


 そうつぶやくと俺は、脇に引いた右拳に全体の60パーセントほどの〈聖気〉を集中させ、眼下にいるアーク・グリフォンに狙いを定めた。


 一方、アーク・グリフォンは空中なので急な方向転換が不可能だったのだろう。


 待ち構えていた俺の元へ吸い込まれるように向かってくる。


 そして――。


 空中で間合いが詰まったとき、俺は渾身の一打をアーク・グリフォンの頭部に打ち放った。


【聖気練武】の基本技の1つ――〈発勁〉による打撃である。


 ゴシャッ!


 俺の〈発勁〉による一撃はアーク・グリフォンの頭部を粉砕した。


 そのまま俺とアーク・グリフォンの肉体は地上へと落下していく。


 ドゴオオオオオオオンッ!


 頭部が欠けたアーク・グリフォンの肉体が地上に激突し、大量の砂埃を舞い上がらせながら大の字になる。


「よっと」


 もちろん、意識のある俺は地上に無傷で降り立った。


 軽く右拳を開閉したりしたが、殴ったときの衝撃によるダメージはない。


 あの程度の奴なら〈聖気〉の量をもう少し抑えてもよかったかもな。


 などと考えていると、それなりの量の〈聖気〉を消費したためか腹の虫が盛大に鳴いた。


「わかったわかった。すぐにこいつを調理して食うから鳴きやんでろ。な?」


 俺は自分の腹をさすりつつ、かすかにピクピクと動いているアーク・グリフォンを見る。


 そのときだった。


「ね、ねえ……」


 後方からか細い声が聞こえた。


 俺は身体ごと振り返る。


 視線の先には3人の女探索者が羨望の眼差しで俺を見つめていた。


「あ、危ないところを助けてくれて本当にありがとね。え~と、君は一体……」


 3人の女探索者の内、リーダーらしき黒髪の女性がたずねてくる。


 一瞬、自分の本名を名乗ってしまいそうになったが、成瀬会長たちと他の人間には素性を隠すように話し合っていたことを思い出す。


 危ない、危ない。


 他の人間にはケン・ジーク・ブラフマンではなく、この世界で生きている違う名前で通さなくてはならないんだった。


 小さく一呼吸すると、俺は3人の女探索者に向かって言った。


「俺の名前は拳児。元荷物持ちの探索配信者だ」

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