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第四十七話  草薙数馬の破滅への言動 ⑪

 ――その心地よい魔の願い、我は聞き届けたり。


 などという声が聞こえたあと、数秒後に俺はハッと我に返った。


「誰だ、俺に話しかける奴は!」


 草薙数馬こと俺は、首だけを左右に動かして叫ぶ。


『むははははは、いよいよ頭がおかしくなってきたであ~るか』


 スピーカーからはマーラ・カーンのイラつく声が聞こえるが、俺が聞こえたのはマーラ・カーンの野太い声じゃない。


 もっと脳内に――いや、魂に響き渡るような凛とした声だ。


「ウフフフフフフフフ」


 一方、イレギュラーの性的な攻撃はずっと続いている。


 半勃ちの俺の一物を嬉しそうにイジっている。


 地獄のような快楽がまた始まるのかと絶望した反面、俺ははっきりと聞こえた声の持ち主のことが気になった。


 声色からして男だった。


 おそらく20代から30代の若い男。


 そんな男の声がすぐ近くで聞こえたのだ。


 しかし、このコンテナ内にいるのは俺とイレギュラーだけだ。


 それはマーラ・カーンたちに監視されているので間違いない。


 では、やはりあの声は幻聴だったのだろうか。


 そろそろ俺の生命が尽きるため、本能が最後に聞かせた生々しい偽りの声。


 ――我の声が聞こえるか?


 俺は違うと判断した。


 幻聴じゃない。


 今またしてもはっきりと聞こえた。


 ――聞こえたなら返事をせよ


「き、聞こえるぞ! ああ、はっきりと聞こえる!」


 俺が大声を張り上げると、再びスピーカーからマーラ・カーンの笑い声が聞こえてくる。


『いやはや、実に面白いのであ~る。イレギュラーにチ〇コをいじられながら狂っていく探索者を見るのは初めてなのであ~る。よいぞよいぞ、きっと配信の向こうの視聴者は大爆笑の渦なのであ~る。むははははははは』


 くそっ、と俺は激しく下唇を噛んだ。


 言葉にされるとやはり心に刺さる。


 確かにマーラ・カーンの言う通り、今の俺の姿は滑稽以外の何物でもなかった。


 ダーク・ライブとやらにユーチューブやダンジョン・ライブと同じような「投げ銭機能スパチャ」が備わっているかは知らないが、仮にあったとしたらとてつもない金額がスパチャされているだろう。


 くそっ、くそっ、くそっ、くそったれッ!


 やはり、こんな薄暗いコンテナの中で死にたくない!


 簡単に死んでたまるか!


 だが、それでも死ぬのなら最後に大きなことをして死にたい!


 道連れだ!


 どいつもこいつも道連れにしてやる!


 俺は血が出るほど下唇を噛み続ける。


 そもそも俺がこんなことになった原因は親だ!


 あいつらの教育が悪かったから、俺はこんな目に遭うことになったんだ!


 ――悪いのは親だけか?


 またしても男の声が聞こえる。


 違う、悪いのは親だけじゃない!


 あの忌々しい天才肌だった兄たちもだ!


 あいつらは表向き俺を気遣うような言動を取っていたが、きっと心の中では「出来損ないのクズ」と馬鹿にしていたんだ!


 そうだ!


 そうに違いない!


 ――では、仲間たちはどうだった?


 仲間?


 俺はすぐに2人の男女を思い出した。


 言わずもがな美咲と正嗣のクソどもだ!


 男に股を開くしか能がなかった売女と、筋トレで脳みそまで筋肉に支配されていた筋肉馬鹿。


 すでにこの世にはいないが、あいつらがもっとしっかりしていれば俺はこんな目に遭わずに済んだはずだ。


 そうだ、そうだ、そうだ!


 あいつらも悪い!


 俺を守れずにあっさりと殺されたあいつらは悪だ!


 簡単に死んで楽になった美咲と正嗣はクズ中のクズ!


 クズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズウウウウウウウウウウウウウウ!


 ――お前を不幸の奥底に落としたのはそやつらだけか?


 俺はカッと目を見開いた。


 いる!


 まだいるぞ!


 拳児!


 そう!


 荷物持ちしか取り柄のなかったキング・オブ・クズ!


 よくよく考えてみれば、あいつをクビにして追放してから俺の人生はおかしくなった。


 あいつがパーティーに来たことがすべての元凶だったのではないか?


 だとしたら、亮二もグルだったに違いない。


 あいつらが裏で結託して俺を陥れたのだ!


 うへうへうへうへうへ……そうだよ……拳児だ……あいつだよ……


 俺は喉が張り裂けんばかりに笑った。


「あいつがパーティーにいたときは魔物が簡単に倒せていたのに、あいつをクビにして置き去りにしてから俺は力が衰えた。なぜ? 決まっているさ。あいつが俺に呪いをかけたんだ。そうだよ、それがすべての元凶だったんだ。あいつはきっとどこかで呪いのアイテムを手に入れ、それをクビにされた腹いせに俺に使ったんだ。何てひどい奴なんだ。あり得ない。クズだ。クズの所業だ。許されない。ああ、絶対に許されない。あいつも死ぬべきなんだ。俺の不幸をすべて被ってあいつが死ぬべきなんだ。そうだろ? そう思うだろ? なあ? あんたもそう思うだろ? 答えろよ。答えてくれよ。そして何か力があるのなら俺にくれよ。あいつに――拳児に復讐する力を俺にくれよ! 聞こえてるなら何か言えや、ボケ!」


 俺が思いの限り心の声を吐き出すと、先ほどよりも男の声が強く聞こえてくる。


 ――依代よりしろの才能と魔心を持ちし者よ、そなたの願い我が叶えてやろう


 そんな言葉が聞こえた直後、イレギュラーに異変が起こった。


 俺を抱き締めていた両手を離したのだ。


 当然、手足がない俺は受け身もできずに床に落ちる。


 ぐう、と俺は苦悶の声を上げた。


 全身に凄まじい激痛が走る。


 だが、俺の声がかき消されるほどの声がコンテナ内に響き渡った。


 イレギュラーだ。


 俺を解放したイレギュラーは、自分の腹を押さえて悲鳴を上げ始めたのである。


 このとき、俺は瞬きを忘れてその光景を見た。


 突如、膨大な量の空気を入れられた風船のようにイレギュラーの腹が膨らんでいく光景を。


 そして――。


 コンテナ内に手榴弾が爆発したような破裂音が轟いた。

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