凄まじい破裂音と爆風によって、草薙数馬こと俺の肉体は吹き飛ばされた。
そのままコンテナの壁に勢いよく叩きつけられる。
内臓が口から飛び出るほどの衝撃を受け、俺のダルマな身体は床に落下した。
「ゴハッ!」
俺は血が混じった大量の唾液を吐き出す。
一体、何が起こったんだ……
激しい頭痛とキーンと鳴っている耳鳴り。
そして内臓を搔き乱されているような苦痛とかすれている視界の中、俺は必死の思いで破裂音と爆風の発生源に顔を向けた。
俺は息を呑んだ。
爆風によってコンテナの天井も吹き飛ばされていたため、薄暗かったコンテナ内にもライトによって明るくなっている。
だからこそ、俺は目の前の光景に唖然とした。
イレギュラーは死んでいた。
間違いない。
まったく動かずに床にゴロンと倒れ、大型のナイフぐらいはある真っ赤な舌を口から出している。
明らかに死に絶えていた。
では、何が原因で死んだのだろう?
「――――ッ!」
そのとき、俺の視界に何かの姿が飛び込んできた。
イレギュラーの近くにいた小さな物体。
最初、俺はそれが何か認識できなかった。
先ほどの爆風で、まだ粉塵が周囲に舞って視界が悪かったからだ。
やがて粉塵が晴れてきたとき、それの姿を俺は鮮明に視認することができた。
それは全身がピンク色をした肉塊。
一度もはっきりとは見たことはないが、母親の体内から生まれたての
しかもモゾモゾと動いて生きている。
な、何だあれは……
俺は幻覚を視ているのかと自分自身を疑った。
当たり前だ。
こんなところに生まれたての赤ん坊がいるはずがない。
そもそもどこから現れたんだ?
などと思っていると、俺はふとイレギュラーの死体を見て驚愕した。
正確にはイレギュラーの腹の部分を見て「まさか」と思ったのだ。
イレギュラーの腹は内部から何かが爆発したように穴が空いていたのである。
かなりデカい穴だった。
それこそ、謎の赤ん坊が余裕で入れるほどの大きさの穴が――。
――我の元へ来い
俺はハッとした。
空気を振動させて伝わってくる声ではなく、脳内に直接語りかけてくるテレパシーみたいな声が脳内に響く。
これはあの気色悪い赤ん坊が話しかけているのか?
もちろん、確信など毛ほどもない。
しかし、今の俺は謎の赤ん坊と目が合っている。
そして、その謎の赤ん坊は半眼の状態で俺のことをじっと見つめていた。
――もう一度だけ言う
不思議とそのテレパシーが聞こえてくるほど、頭痛もそうだったが全身打撲による痛みが徐々に晴れていくような気がした。
――我の元へ来い、さすれば貴様に本物の〝魔〟の力を与えよう
魔の力とは何だ?
悪魔の力?
魔人の力?
それとも、まさか〝魔法〟の力?
馬鹿な、と俺は心中で頭を振った。
魔法などこの世に存在するはずがない。
そんなものはすべてフィクションの中だけに存在する力だ。
もしも本当にそんな力が存在するのなら、ここにいる〈魔羅廃滅教団〉のクソ野郎どもがとっくに発動方法を見つけて実践しているはず。
だが、一昔前はフィクションの中にしか存在しなかった魔物がこの〈武蔵野ダンジョン〉に蔓延っている。
ダンジョン。
そう、俺がいるここはダンジョン内だ。
どのような理由でこんなダンジョンが武蔵野市に出現したのかは未だに解明されていないが、少なくとも現時点でダンジョン内で魔法という超常現象が確認された報告はない。
ゆえに悪魔や魔法を信じているカルト教団の〈魔羅廃滅教団〉は、俺を含めた多くの人間でこうして人体実験しているのだ。
魔法そのものの発動方法の解明。
もしくは当然の如く魔法を使える、悪魔たちの王――魔王を自分たちの前に顕現させるという狂った信仰を成就させるために。
ふざけんなよ!
身体の痛みが消えていくにつれ、俺の頭の中にはマグマのような感情が沸き上がってきた。
怒りである。
拳児のことも当然ながら恨みの対象だったが、まずはマーラ・カーン率いる〈魔羅廃滅教団〉のイカれ野郎どもに恨みを晴らしたい。
――その願い、我が叶えてやる
再び飛んでくる謎の赤ん坊からのテレパシー。
「ま、マジか? マジでお前にそんな力があるのか?」
俺は謎の赤ん坊に向かって細い声でつぶやく。
――我はニーズヘッド、アースガルドの魔王なり
その言葉をテレパシーで聞いたとき、「むははははははは」という笑い声が聞こえてきた。
俺の背筋が凍りつく。
マーラ・カーンの特徴的な笑い声だ。
「普段とは何か違うことが起きたであ~るな! ゴホゴホッ、まったく何が原因なのであ~るか!」
破裂音と爆風が起こったあと、マーラ・カーンたちは急いでコンテナから距離を取ったのだろう。
その元気な声色からは1つの怪我も負っていないことが俺でもわかった。
同時にマーラ・カーンが俺の元へ来ることも肌感覚で察知できた。
そうなればどうなる?
決まっている。
俺はまたしても拘束され、再び別の人体実験のサンプルにされるに違いない。
――急げ、早く我の元へ来い
恐怖と絶望で彩られた俺の脳内に響く声。
俺はギリリと歯噛みした。
このまま謎の赤ん坊の言うことを本当に真に受けていいのだろうか?
だが、いくら考えても答えなど浮かんでこない。
その合間にも「むはははははは」というイラつく笑い声はどんどん近づいてくる。
そして俺の脳内はパニックの極みに達した。
あああああああ、どうしろって言うんだよ!
アースガルドの魔王?
むははははってマンガの悪役キャラみたいな笑い方するんじゃねえ!
くそっ、アースガルドってどこの国の地名なんだよ!
次はどんな実験で俺は苦痛を味わうんだ?
魔王って何なんだよ!
次は目玉をくりぬかれて視力を奪われるかもしれない……
我の元へ――って、お前にどうやって近づけばいいんだよ!
いやいや、目玉よりも前に鼓膜を破られて聴力を奪われるかもしれない!
くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそッ…………
もう痛い思いは嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…………
「むははははははははははははははは」
そのイラつく笑い声を今すぐやめろ!
――時間がない、早く我の元へ来い
「ああああああああああああああああああああああ」
脳みそが電動シェイカーで混ぜられるように思考が暴れ回る。
そして謎の赤ん坊の言うことを聞くか、マーラ・カーンに再び捕まって人体実験されるの究極の二択を迫られた。
「くそおおおおおおおおおおおおおおお」
数秒後、俺は喉が張り裂けんばかりに叫んで決断した。
全身全霊で自分の肉体をゴロゴロと転がし、謎の赤ん坊がいる場所まで転がったのだ。
やがて謎の赤ん坊の目の前まで来たとき、俺は謎の赤ん坊をキッと睨みつけた。
「さあ、来てやったぞ! だから力を――あいつらに復讐する力を寄越せるもんなら寄越してみろ!」
自分でも自暴自棄になっていることなど理解していた。
けれども、そうしないともう俺の心身は持たない。
なので賭けたのだ。
この謎の赤ん坊が何者だろうと、少なくともマーラ・カーンに捕まるより100倍はマシだと感覚的に思った。
――無論だ、その代わり貴様の肉体を借りるぞ
謎の赤ん坊はニヤリと笑うと、すぐさまその姿を変形させた。
赤ん坊の形から細長いミミズのような身体になったのである。
それだけではない。
俺が口を半開きにして驚くや否や、細長いミミズと化したそれは俺の口の中に飛び込んできた。
「ウエッ!」
すぐに吐き出そうとしたが無駄だった。
俺の嘔吐する行為を一切受け付けず、細長いミミズと化したそれは食道を通って俺の体内に侵入してくる。
そして――。
俺の体内で何か得体の知れない力が覚醒した。