目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第五十三話  元荷物持ち・ケンジchの無双配信 ⑨

 俺は4回目の無双配信をするため、湖畔エリアへとやってきた。


 その名の通り、湖のそばにある探索エリアのことだ。


「おお~、えらいデカイ湖やな。こんだけデカかったら、きっと旨そうな魚がぎょうさんおるで」


 俺の頭上で旋回しているエリーが嬉しそうに言った。


 確かに目の前に広がっている湖は巨大だった。


 一見すると海の一部かと思ってしまうほどだ。


 そしてエリーが舌なめずりする理由もわかる。


 俺たちはアースガルドで魔王討伐に向かう道中、食していた魚はすべて川魚や湖で採った魚ばかりだった。


 その魚の味は、記憶を取り戻した今となっては鮮明に思い出せる。


「だが、今日は魚は採らないぞ。前は腹が減っていたこともあって変な配信をしたが、俺のチャンネルの醍醐味はイレギュラーを倒す無双配信だ……まあ、食える魔物を倒したら食うんだが、今日の相手はさすがに食う気にはならん」


「わかっとるって。今日の倒す相手はリザードマンやろ?」


 そう、今日の無双配信のターゲットはリザードマン。


 厳密にはリザードマンの親玉である、キング・リザードマンだ。


 リザードマンとはトカゲと人間を融合したような見た目をしており、自分たちで作った石器の剣や槍を使って獲物に集団で襲いかかる獰猛な魔物である。


 アースガルドでは森や湿地帯に多く生息していたが、この世界のリザードマンは森や湿地帯よりも湖の近くに生息しているという。


 つまり、この湖畔エリアだ。


 俺はエリーから眼前の湖を見回す。


「成瀬さんによると、この湖畔エリアに住み着いているリザードマンたちはこの場所以外からは動かず、ここにずっと住み着いているらしいぞ」


「ほえ~、こっちの世界のリザードマンは移住せえへんのか。よっぽど近くに天敵がおらんのやな。やっぱアースガルドと違って魔物の絶対数が違うんかな」


「さあな、そればかりは確かめようがないし関係もない。それに俺たちはただ魔物を殺すために無双配信をしているわけじゃないんだ」


「うちらがアースガルドに帰るための情報を集めるためやもんな?」


 その通りだ、と俺はうなずいた。


 このダンジョン内では探索配信者というものが羨望の対象で、有名になればなるほど人気者になって自然と人と情報が多く集まってくる。


 今の俺がそうだ。


 A級探索配信者の称号と専用ドローンを与えられ、イレギュラーの魔物を倒す無双配信というがウケてチャンネル登録者や再生数がとんでもない数字になった。


「せやけど、ホンマにこっちの世界はけったいなモンが流行っとるな。魔物を倒すところをとかいうあんな鉄の虫みたいなもんでぎょうさんの人間が視とるんやなんて」


 エリーの近くにはドローンが飛んでいる。


 まだ配信はしていないが、いつでも配信できるよう準備は整えてある。


「それは俺も思っているが、まあ「所変われば品変わる」とも言うからな。それがこの世界で流行っていて、俺という存在を多くの人間にアピールできるのならそれに乗るだけだ。実際、そのドローンを使っての無双配信のおかげで俺のチャンネルの登録者数や再生数は飛躍的に伸びた。その影響はダンジョン協会の本部でお前もよく見ただろう」


「他の探索者たちがぎょうさんケンの元へ寄ってきて、質問や賞賛をしまくっとったあの光景は凄まじかったわ」


 俺はダンジョン協会の本部で多くの探索者たちに囲まれた光景を思い出す。


「お前、スゲエな! 誰に師事してあんなに強くなったんだ!」


「ねえ、今度わたしたちとコラボ配信しましょう!」


「なあなあ、俺たちと一緒に珍しいアイテムを入手するための探索をしないか?」


 などと上位探索者を中心に、ここ数日は毎日のように言い寄られている。


 一方、俺の配信活動に否定的な探索者たちも大勢いた。


 俺に面と向かって悪態や罵詈雑言を言ってくることはなかったが、遠目からでも嫉妬と奇異な目を向けられているのは〈聴勁〉を使わなくてもわかったものだ。


 まあ、そんなことはさておき。


 俺は湖の中のある場所に顔を向けた。


 そこは俺たちから10メートルほど離れたところにあった、大量の藻が集まっていることで緑色の絨毯のようになっていた場所だった。


「……いるな」


 俺は足元に転がっていた小石を拾うと、藻が集まっていた場所に投げ放った。


 小石は強弓から放たれた矢のように飛び、藻の中心部に命中。


 直後、藻の下から別の緑色の物体が次々と現れた。


 キシャアアアアアアアアアアアッ!


 藻の下で隠れていたリザードマンたちだ。


 その数、ざっと20匹。


 2メートルまではいかないが、引き締まった肉体に腰みのをつけ、手にはそれぞれ手製の槍を持っている。


 しかし、肝心のキング・リザードマンの姿がない。


 確実に近くにいるはずなのに、俺の感覚器官をもってしても正確な位置が掴めない。


 半径数十メートルの湖の中にいるのは間違いないはずなのに。


 これはキング・リザードマンの気配断ちが優れているのではなく、この10代の肉体をしている俺の力が全盛期よりもかなり落ちていることが起因している。


 それでも以前にアーク・グリフォンの肉を食らって以来、全盛期の力にグッと近づいた感覚があった。


 アーク・グリフォンの肉を食らう前の力が30ぐらいとすると、今は60ぐらいだろう。


 まさか、魔物の肉を食うと力が戻るのか?


 そんなことを考えていると、俺は湖から上がってきたリザードマンたちに取り囲まれた。


 キシャアアアアアアアアアアアッ!


 二足歩行のリザードマンたちは一斉に威嚇の声を発する。


 すぐさま襲いかかってこないのは、先ほど投げた小石の投擲力から俺の力量をそれなりに推測したのだろう。


 この人間は只者ではない、と。


 そうなるとここにキング・リザードマンがいないことも納得できる。


 まずは手下のリザードマンに相手を慎重に襲わせ、敵わない相手だとわかった瞬間にそのまま潜水して何処かに逃げようと考えている可能性が高い。


 う~ん……それだと無双配信を楽しみにしている視聴者に申し訳が立たないな。


 俺は常人なら気を失うほどの殺気の暴風を浴びながら、平然と腕組みをして思考する。


 さて、どうしたものか。


「ケン、どないしたんや? 配信せえへんのか?」


 頭上からエリーが問うてくる。


「そうしたいのは山々なんだが、こいつらを瞬殺したらおそらくキング・リザードマンは姿を現さずに逃走する。そうなると無双配信を待機している視聴者たちに申し訳なくてな。だから、どうすればいいのか考えている」


「そんなら思いっきり手加減すればええんちゃうか? それでも不安なら、もういっそのこと配信を始めればええやないか? 前のコメントにもあったけど、イレギュラーを倒す前から配信してほしい言うコメントも多かったで」


「そうなのか?」


「何や、自分のチャンネルのアーカイブ動画もチェックしてへんのか? そんなのは配信者として失格やで」


 相変わらず、好奇心旺盛な妖精である。


 最近はとやらに興味を抱き、成瀬さんたちに頼んで俺に与えられたでダンジョン・ライブの動画を視まくっているせいか、俺も理解できていない配信関係の知識を豊富に得ているらしい。


「だが、それだと無双配信の意味がなくなるぞ」


 エリーは俺の目の前まで飛んでくると、ビシッと人差し指を突きつけてきた。


「確かにケンの言うことも一理ある……せやけど、やっぱり元荷物持ち・ケンジchの配信内容は他の配信者の動画と違ってイレギュラーやで。ええことも悪いことも含めてな。さすがにいきなり配信が始まって速攻でイレギュラーを倒して、あっさりと配信を終わるのはアカンわ。もっとエンタメ感を出さな」


「え、えんため?」


 何のことかはわからないが、エリーが真剣に俺へアドバイスしていることは理解できた。


「そや、エンタメ――エンターテインメントいうてな、要するにこっちの世界で言うところの相手を楽しませるための娯楽のことや」


 エリーはなぜか得意気な顔で言葉を続ける。


「そんで、その娯楽の最たるものが今はダンジョン・ライブの配信らしいんや。ケンのチャンネルならイレギュラーの無双配信を視にくるとかな。でもな、ケンのチャンネルにくる視聴者はただケンが淡々とイレギュラーを倒す場面だけを視たいんとちゃうんや。そのイレギュラーと遭遇するもっと前からケンの行動をライブで視たいねん。そんでイレギュラーを倒したあとも、雑談なんかをしながら今後の視聴者の期待を増してやるんや。それが配信者の仕事なんやで」


「そ、そうなのか……」


 俺がエリーからの謎の威圧感を受けていると、リザードマンたちは「キシャアアア」と威嚇しながらジリジリとにじみ寄ってくる。


 距離にして約5メートル。


「そうやで。だから、もう配信せなアカンねん。でないと視聴者はすぐにケンの配信に飽きて、下手すると再生は激減してまう。そうなるとうちらがアースガルドに帰る情報が集まらなくなるかもしれん」


「何だと?」


 それは大いに困る。


 俺たちの最終目的はアースガルドに帰る情報だ。


 そしてそのカギを握っているだろう、このダンジョンのどこかに存在していると思われる魔王ニーズヘッドの情報である。


「よし、わかった。早速、配信を開始しよう」


 俺はリザードマンたちが着実に距離を縮めてくる中、ドローンのコントローラーをズボンのポケットから取り出した。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?