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第五十四話  元荷物持ち・ケンジchの無双配信 ⑩

「みんな、元気か? 今日も俺の配信を視に来てくれてありがとう。さて、今日の無双配信のターゲットはキング・リザードマンだ。リザードマンはわかるよな? そう、今俺の目の前で殺気をまき散らしている人型種の魔物――ざっくり言えばトカゲ人間のことだ。そして今日はこいつらの親玉であり、世間ではイレギュラーと呼ばれているキング・リザードマンを倒す配信をするぞ」


 俺はドローンを操作してカメラをリザードマンたちに向ける。


 すると早速、ドローンの液晶画面にコメントが流れ始めた。


〈ええええええええ〉


〈いきなりかよおおおおおおおおおお〉


〈しょっぱなからクライマックス!!!!!!!〉


〈だから唐突に配信を始めるな。そしていきなり魔物との戦闘を始めるな〉


〈何でそんなに落ち着いているんだよ! 最初っから四面楚歌じゃねえか!〉


〈お、コメント見てると新参者もたくさんいるな。安心しろ、俺たちのケンジにとってこんな場面は危険な内に入らん〉


〈え? リザードマンってこんな集団で襲ってくんの?〉


〈確か他の配信者が言ってたな。リザードマンは獲物が強いとなると一気に集団で襲う習性があるって〉


〈俺も聞いたことがある。普通のリザードマンは戦闘力が優れていても用心深いんだよな〉


〈特に親玉のキング・リザードマンはそうらしいな〉


〈自分が敵わない強者となると姿を現さないが、いたぶれる相手と判断すると姿を現してジワジワと獲物をなぶり殺しにするんだろ?〉


〈うへえ~、悪趣味なイレギュラーだな〉


〈だから他の配信者もキング・リザードマンとの戦闘は避けるらしいな。強いうんぬんじゃなくて単純に面倒くさいから〉


〈まあ、この湖畔エリアは他のエリアと違って稀少アイテムも少ないから、他の探索者もあまり近寄らないエリアでもあるからな〉


〈そのせいでキング・リザードマンを倒す配信は皆無〉


〈だからこの配信を視に来たんだぜ。頼む、ケンジ。俺たちにキング・リザードマンを倒す姿を視せてくれ〉


〈ワクワクしてきたぜええええええええええ〉


〈でも、そのリザードマンたちを瞬殺したら肝心のキング・リザードマンは姿を現さないんじゃね?〉


〈無理してキング・リザードマンを見つけなくても、普通のリザードマン相手の無双配信でもわたしは全然満足して視れます〉


〈どっちにしろ死ぬんじゃねえぞ!!!!!〉


〈ケンジだったら普通のリザードマンなんて昼寝しながらでも倒せるだろ〉


〈過去の配信は全部視ました!!! 僕も将来はケンジさんのような探索配信者になります!!!〉


〈が~んばれ♡、が~んばれ♡〉


 これがライブ配信中のコメントか……


 俺は滝のように流れているコメントを目で追った。


 もちろん、俺の動体視力ならばこの2、3倍のスピードでコメントが流れても余裕で内容を把握できる。


 まあ、それはさておき。


「ほらな、ケン。コメントでもうちが言ってたようなことを言うてるやろ。やっぱり配信ゆうんは最初からちゃんとやらなあかんねん」


 俺の顔の横に飛んできたエリーも液晶画面をみながら言う。


「確かにお前の言う通りだな。次の予定配信場所である湿地エリアでは最初から最後まで配信をしよう」


 俺が液晶画面を見ながらエリーに伝えると、コメントの内容がざわつき始めた。


〈え? そこに誰かいんの?〉


〈ケンジは誰と話しているんだ?〉


〈リザードマンに囲まれて頭がおかしくなった件についてwwwww〉


〈いや、別にケンジはビビッてねえぞ〉


〈前もこんなことがあったよね?〉


〈俺たちのケンジは特別な人間なんだよ。だから俺たちが見えないものが見えているんだ〉


〈怖ええええええええええ〉


〈そんなことよりも、ケンジの後ろからリザードマンたちがにじり寄ってくる画面が怖えよ〉


〈おい、ケンジ! うしろ、うしろ!〉


〈わたしたちのコメントを拾ってくれるのは嬉しいけど、まずはこの場をきりぬけて〉


〈何でもいいから闘え〉


〈油断すんな。リザードマンは他の魔物に比べても獰猛で戦闘力が高いぞ〉


〈さすがにケンジでも、これだけの数のリザードマンに囲まれたら無傷ではすまんだろ〉


〈終わったのか?〉


〈元荷物持ち・ケンジchはこれにて終了でござる〉


〈今日もスカッとした闘いを見せてくれ!!!〉


 なるほど、一部の視聴者が訝しむのも当然だ。


 エリーの姿は普通の人間には見えない。


 それこそ〈聖眼〉を使えなければ、俺が虚空に向かって1人で喋っている人間に見えてしまう。


 配信中はエリーとの会話を慎んだほうが無難だな。


 俺がそう思いながらエリーに視線を送ると、エリーはこくりとうなずいて上空へと飛んでいく。


 さすがはエリーである。


 コメントの内容と俺の表情からすぐに俺の考えを読み取ったのだろう。


 俺はエリーから液晶画面に視線を移して一瞬で考える。


【聖気練武】についても配信中はなるべく触れないほうがいいか。


 成瀬会長などにも釘を刺されたが、【聖気練武】のことはダンジョン協会でも上位探索者しか知り得ない秘伝中の秘伝と決められている。


 なのでA級探索配信者から支給される専用ドローンには、AIなる機能が搭載されていて自動的に【聖気練武】に関する単語は視聴者に伝わらない工夫がされているという。


 それにコメントを見る限り、イレギュラーだけではなく普通の魔物を倒す配信にも需要がありそうだった。


 俺は探索配信者として日は浅いが、探索配信者として先輩だった成瀬さんから時間があるときは配信活動について学んでいた。


 年下などは関係ない。


 ――種族、年齢、性別に関わらず、自分より優れた者はすべからく師と仰ぐべし


 これはクレスト聖教会で俺が学んだもっとも大事な教えの1つだった。


 この教えがあったからこそ、俺は年下の成瀬さんにも頭を下げて配信活動について教えを乞うことができた。


 人間は1人では生きていけない。


 俺のようなアースガルドという別世界から、この地球の日本という場所に転移してきた異世界人ならばなおさらだ。


 それゆえに、俺は成瀬さんのことは勝手に師と思っている。


 最初の師匠は亮二さんだったが、残念ながら彼は不慮の事故で亡くなってしまった。


 なので成瀬さんは俺にとって2番目の師匠に当たる人物だ。


 このダンジョン内での生活や配信活動について学べる大切な2人目の師匠。


 そんな成瀬さんは俺に「私のことは伊織と呼び捨てにしてもらってもいいですよ」と言われていたが、未だに俺が「成瀬さん」と呼んでいるのはそういう理由からだ。


 さすがに師匠のことを下の名前で呼び捨てにはできない。


 それでも一緒に巨悪と闘い、何らかの理由で長い時間をともに過ごすとなったら話は別だろうが。


 などと考えたのも数秒である。


 俺の目線は液晶画面のほうに向いていたが、生臭い匂いと空気の振動から視認しなくてもリザードマンとの距離は的確に把握していた。


 そろそろリザードマンたちが持っている槍の間合いに入る。


 つまりは――。


「みんな、色々なコメントをしてくれて感謝している。そしてまだ肝心のイレギュラーは姿を現さないが、相手のほうから姿を現すようにするから少し待っていてくれ。あと、俺がこれからするのはあくまでもイレギュラーであるキング・リザードマンをおびき寄せる行為ということも念頭に置いてくれ」


 コメント欄には「?」が流れ始めたが、それでも構わずに俺はコントローラーでドローンを操作した。


 もちろん自動操作モードに切り替える。


 するとドローンは比較的安全地帯である上空へと飛んでいく。


 これで準備が整った。


 俺は身体ごとゆっくりと振り返る。


 その直後である。


 キシャアアアアアアアアアアアアア


 まずは3匹のリザードマンが襲いかかってきた。


 持っていた槍による刺突を繰り出してくる。


 その刺突を俺は次々と避け、すぐに間合いを詰めて順番にリザードマンたちを攻撃した。


 1匹目――顔面に突きを放って昏倒。


 2匹目――腹部に前蹴りを放って悶絶。


 3匹目――首筋に手刀打ちをして失神。


 手加減して攻撃したのである。


 キシャアアアアアアアアア


 仲間が攻撃されたことで戦闘開始と判断したのだろう。


 残りのリザードマンたちが一斉に攻撃してくる。


 正直なところ、殺そうと思えば簡単かつあっという間に殺せる。


 しかし、こいつらを圧倒的な力で殺してしまえばキング・リザードマンは姿を現さない。


 では、どうするか?


 不本意だが弱者の演技をするしかなかった。


 俺はそれなりの実力者だが、普通のリザードマンたちを殺せる力はないという演技。


 せいぜい自分が死なないように逃げ回るのが関の山……というような獲物の印象をどこかで俺たちを監視しているだろうキング・リザードマンに見せつけるという演技。


 恐ろしく骨が折れて逆に体力を消耗する行為だったが、そうでもしないとキング・リザードマンが姿を現さないのであれば仕方がなかった。


 これも俺の無双配信を視に来てくれた視聴者のためでもある。


 などと考えながら俺は演技を続けた。


 無数に飛んでくる槍での刺突を必死に避ける振りをし、何とか必死に繰り出した攻撃がたまたま相手に当たったことでリザードマンが地面に倒れる。


 という演技をしばらく続けていた。


 すると――。


 ギョオオオオオオオオオッ!


 突如、湖の一角から他のリザードマンとは違う唸り声が聞こえた。


 そして湖から巨大な緑色の物体が飛び出してきた。


 俺はニヤリと笑う。


 演技をした行為が無駄にならなかった証明がされたからだ。


 ギョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!


 俺の前に姿を現したのは、全長5メートルを超える筋骨隆々とした巨大なトカゲ人間。


 だが、普通のリザードマンとは違って眉間にはユニコーンのような角が生えており、尻尾も成人男性2人分くらいの厚さがある尻尾が生えていた。


 加えて両手には過去に探索者を殺して奪ったのだろう、アースガルドの冒険者が好んで使っていたロングソードに似た長剣を持っている。


「ようやくお出ましだな」


 俺は両手の指の骨を鳴らした。


「さあ、ここからが本当の無双配信の始まりだ」

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