俺はキング・リザードマンを筆頭に、残りのリザードマンたちを見回す。
自分たちのボスが姿を現したことで気がさらに強くなったのだろう。
ギシャアアアアアアアアアアアッ!
と、リザードマンたちは大気を震わせるほどの叫声を上げる。
だが、俺はリザードマンたちの声を聞いてもどこ吹く風だった。
正直なところ、配信を開始した俺はもうキング・リザードマンしか眼中にない。
もしもキング・リザードマンが姿を現さなかったのならば、1匹ずつ丁寧にリザードマンたちを倒す無双配信をしてもよかった。
けれども、こうして本来のターゲットであるキング・リザードマンが現れたのなら話は別だ。
もはや普通のリザードマンを悠長に1匹ずつ倒す意味はない。
そう判断した俺は、さっさと残りのリザードマンを掃討することに決めた。
下腹の〈丹田〉に意識を集中させ、〈聖気〉の量を一時的に上げて全身にまとわせる。
そして全身にまとわせた〈聖気〉を自分の肉体から一気に膨らませるイメージを浮かべた。
同時に俺の全身から〈聖気〉が外側に向かって勢いよく放たれる。
〈聖気〉を放出した範囲内にあるモノを肌感覚で知覚できる〈聴勁〉だ。
そして、ここまでなら今までもよく使っていた単なる〈聴勁〉に過ぎない。
だが、この〈聴勁〉にはさらに1段階上の使い方がある。
俺が意識的に広げた〈聖気〉は円球状ではなく、形容するなら燃え盛る炎のような形でリザードマンたちを包み込むまで拡大していく。
その距離、およそ半径10メートル。
ギョオッ!?
この〈聴勁〉に反応したのは、イレギュラーであるキング・リザードマンだ。
〈聖気〉という力は見えなくても、鋭敏な感覚器官で俺の〈聖気〉に包まれたことを感じ取ったのだろう。
一方、普通のリザードマンたちは俺の〈聖気〉に中てられても言動にほぼ変化がなかった。
おそらく普通のリザードマンたちは「よくわからないが空気がちょっと変わったか?」程度にしか俺の〈聖気〉を感じていない。
それを俺は自分の〈聴勁〉によって的確に読み取れた。
やはり普通のリザードマンなど恐るるに足りない。
俺は闘う相手を絞るため、〈聴勁〉を維持したまま強く心の中で念じた。
――雑魚どもは寝てろ!
するとリザードマンたちは、落雷に打たれたように全身をビクッと震わせた。
それだけではない。
5秒も経たずに口から大量の泡を吹いてその場に次々と倒れる。
〈聴勁〉の応用技――〈
自分が広げた〈聖気〉の範囲内にいる相手に、自分の強く念じたことを精神攻撃として放てるのだ。
今だったら俺の〈聴勁〉の範囲内にいるリザードマンたちに、敵意のある強い念を放った。
その念によってリザードマンたちは圧倒的捕食者に目の前で威嚇されたような状態に陥り、精神が耐えきれずに泡を吹いて気を失ったというわけだ。
ただ、この応用技にも表と裏があって〈威心〉というのは裏の技になる。
では表の技は何かというと、相手を威嚇するのではなく調和するのである。
それは〈
俺はふとアースガルドのことを思い出す。
魔法が存在していたアースガルドでは、中級レベル以上の魔法使いたちも似たような魔法が使えていた。
しかも互いに魔法使いでなくとも、一方が強力な魔法使いならば魔法の才能に目覚めていない者とでも脳内での会話が可能だったほどだ。
まあ、そんなことはさておき。
雑魚どもはひとまず戦闘不能にしたことで、これでようやく本命のキング・リザードマンと相対できた。
俺としては別にリザードマンたちとの乱戦もしてよかったが、そうなると視聴者たちに視づらいという負担を強いてしまうかもしれない。
ならば、ここは視聴者たちにもわかりやすい本命との一騎打ちをするのに限る。
そう思って俺が構えたときだった。
ギョオオオオオオオオオオオオオッ!
突如、湖から爆発したような水しぶきが上がり、緑色の物体が飛び出してきた。
その緑色の物体は俺の後方に着地する。
おいおい、これこそイレギュラーだろ。
現れた緑色の物体は、俺の前方にいるキング・リザードマンと瓜二つな格好をしていた。
違うのは今現れたほうのキング・リザードマンの額には角がなかったぐらいだろう。
要するに別のキング・リザードマンである。
人間にたとえるなら双子だろうか。
どちらにせよ、俺は前方と後方から2匹のキング・リザードマンに挟まれる形になった。
実力の乏しい探索者ならば顔面を蒼白させ、パニックの極みに達していただろう。
けれども、2匹のキング・リザードマンに挟まれても俺の心は微塵も動揺しない。
むしろ「これは撮れ高というやつなんじゃないか?」と思った。
成瀬さん曰く、配信中に偶然にも幸運な映像が撮れることを「撮れ高」といい、この撮れ高があると同接数や今後の配信の再生数にも好影響が出るという。
つまり、2匹のキング・リザードマンの標的にされた俺は配信者として幸運ということだ。
リアルタイムで配信を視ている視聴者も大いに喜んでくれているに違いない。
だとしたら、俺のすることは1つ。
この撮れ高を最大限に有効活用するのだ。
俺が本気になればキング・リザードマンが1匹増えようと5匹増えようと簡単に勝てるが、せっかく撮れ高があるのに瞬殺してしまっては視聴者もガッカリしてしまうだろう。
そうならないように、俺はかなり力を抑えてキング・リザードマンたちと闘うことを決めた。
俺は半径10メートルまで広げていた〈聖気〉を縮め、身体から50センチほどの距離で〈聖気〉を保つ。
もちろん、キング・リザードマンたちの行動を把握することも忘れない。
キング・リザードマンの戦法はよくわかっている。
両手持ちしている長剣を、体力に任せて縦横無尽に振るってくるに違いない。
それしかない。
というか、そもそもリザードマンという種は知能が低いのでそういう戦法しか使ってこない。
なまじ体力が凄まじいので、多少なりとも剣筋が狂っていようとも烈風の如き剣を振るわれたら生半可な実力者では防ぎきれない。
と、キング・リザードマンたちも本能でわかっているだろう。
ゆえにキング・リザードマンたちは互いに目線を合わせると、ほぼ同時に地面を蹴って俺に猛進してきた。
そして立ち尽くす俺の間合いに入るや否や、体力と腕の筋肉に任せて長剣を振るってくる。
常人ならば絶対に躱せない、前後から襲いくる斬撃の暴風。
そんな斬撃に俺は平然と対応した。
俺はどの斬撃も紙一重で避け、徹底した防御に回ったのだ。
【聖気練武】の基本技――〈
相手から感じる〈聖気〉の流れを別方向に
しかし、リザードマンたちは〈聖気〉など放っていない。
〈聖気〉は人間しか使えない限定的な力だからだ。
それでも俺は〈化勁〉を使った。
いや、厳密には〈化勁〉も使ったと表現したほうがいいだろう。
【聖気練武】の高等応用技の1つ――〈
これは〈聴勁〉と〈化勁〉を同時に使うことで、相手の攻撃を目で追わなくても全身にまとった〈聖気〉が感覚器官の代わりとなり、身体の反射を確実に実現させて攻撃を回避できる技だ。
言うは易し、行いは難しな技だが、〈大拳聖〉と呼ばれていた俺が使えばキング・リザードマン2匹の攻撃など確実に避けられる。
現に俺はキング・リザードマンたちの攻撃をすべて避けていた。
当然ながら衣服すらも傷つけないギリギリで避けている。
さて、撮れ高はこれぐらいでいいだろう。
数十秒の間、キング・リザードマンたちの猛攻を完全に避けきった俺は、肩で息を始めたキング・リザードマンたちに反撃した。
前方にいた角ありのキング・リザードマンの懐に踏み込み、真下からアゴに向かって
ガゴンッ!
俺の揚げ突きをまともに食らった角ありのキング・リザードマン。
そんな角ありのキング・リザードマンの首の骨は折れ、後頭部が背中に密着するほど曲がる。
直後、俺は角ありのキング・リザードマンの長剣を1本奪い取った。
そしてすかさず後方の角なしのキング・リザードマンに投げ放つ。
ズンッ!
高速で飛んだ長剣の切っ先が、角なしのキング・リザードマンの胸に突き刺さる。
だが、角なしのキング・リザードマンは長剣が刺さった瞬間に筋肉を硬直させたのだろう。
長剣は切っ先の部分しか刺さらず、致命傷にはなっていなかった。
とはいえ、長剣が刺さって動きが一瞬止まったことは事実である。
その瞬間を俺は見逃さなかった。
俺は地面を強く蹴った反動で、角なしのキング・リザードマンに一瞬で肉薄。
長剣の柄頭の部分に掌底打ちを繰り出した。
ドンッ!
俺の掌底打ちによって長剣は深々と刺さり、それどころか勢い余って長剣は角なしのキング・リザードマンの肉体を貫通した。
文字通り身体に風穴が空いた角なしのキング・リザードマンは、意味がわからないといった表情を浮かべたのちに後方にドッと倒れる。
2匹のキング・リザードマンを倒した時間――約3秒。
俺は絶命した2匹のキング・リザードマンを交互に見た。
これが魔王を倒した28歳の肉体と【聖気練武】を完全に覚醒させた場合ならば1秒を余裕で切るが、この10代の肉体と6割ほどの覚醒状態の【聖気練武】でイレギュラー2匹を約3秒で倒したのは上々である。
ともあれ今回も無事に無双配信を視聴者に視せることができた。
俺は上空に飛んでいたエリーとドローンに顔を向けた。
エリーと会話するのは配信を切る必要がある。
なので俺はドローンのカメラを見ながらニコリと笑った。
「みんな、今日も俺の配信を最後まで視てくれて感謝している。次の配信はすぐにまた始めるから楽しみにしてくれ。告知しておくと5回目の配信場所は湿地エリアだ。じゃあ」
俺は一方的にまくしたてると、コントローラーを操作して配信を終了させた。
【元荷物持ち・ケンジch】
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