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第六十四話  元荷物持ち・ケンジchの無双配信 ⑮

 俺は慎重な足取りで歩を進めていた。


 先ほどキメラ・ゴルゴンと相対していた開けた場所を抜け、ぬかるんだ地面と樹木が屋根のように生えている道なき道を歩いている。


 そんな地面にはところどころに血の跡があった。


 キメラ・ゴルゴンの血に間違いない。


 俺の攻撃によってそれなりのダメージを負っているはずだが、腐ってもイレギュラーということか。


 最後の力を振り絞り、俺から必死に遠ざかっているのだろう。


 そして俺が本気になればキメラ・ゴルゴンの元へ行くなど簡単だった。


 それこそ【聖気練武】の〈聴勁〉と〈箭疾歩せんしつほ〉を使えば、数分も経たずにキメラ・ゴルゴンの居場所を特定して追いつける。


 けれども、それをするとドローン――つまり、視聴者たちを置いてけぼりにしてしまう。


 そうなれば元も子もない。


 この無双配信は俺のエゴでやっているわけではないのだ。


 数万人という多くの視聴者に楽しんでもらい、その報酬として魔王のことや俺がアースガルドへ帰るための情報を得る。


 そのための配信活動なのである。


 俺は地面から顔の横に視線を移した。


 ブウウウウン、と虫の羽音のような音を立てたドローンがついてきている。


 配信は切ってはいない。


 無双配信の要であるキメラ・ゴルゴンを倒していないからだ。


 俺はドローンのカメラに向かって軽く頭を下げる。


「みんな、手際の悪いところを見せてすまなかったな。すぐにあいつを見つけて倒すから、もう少し付き合ってくれ」


〈OKだぜ!!〉


〈ぜんぜん構いませんよ!〉


〈むしろ配信時間が長くなるから嬉しい〉


〈別に急がなくてもいいぞ〉


〈ケンジくんのそんな心遣いもカッコイイ〉


〈ケンジから逃れるとは、あのイレギュラー……恐ろしい魔物( ゜Д゜)〉


〈のんびりまったりしようよ〉


〈さっさと見つけて倒してくれ〉


〈ちょっと用事ができたので一旦落ちます〉


〈ケンジ、イレギュラーもそうだけど、〈魔羅廃滅教団〉との遭遇にも気をつけろ〉


〈そういえばここって〈魔羅廃滅教団〉のアジトがあるって噂されていた場所だったな〉


〈イレギュラーの無双配信は中断して、〈魔羅廃滅教団〉の殲滅せんめつ配信に切り替えようぜ〉


〈殲滅配信って何だよwwwwwww〉


〈殲滅配信というパワーワードが生まれた件についてwww〉


〈イレギュラーを倒さなかったら、このチャンネルの存在意義がなくなるだろうが〉


〈ケンジが頑張る配信なら何でも視るけど〉


〈たまには雑談配信だけをしてもええんやで?〉


〈何か別なイレギュラーが出てきそうだな〉


〈一体、あのイレギュラーはどこまで逃げたんだ?〉


〈かなり湿地エリアの奥まで来たな〉


〈マジでカルト教団のアジトの1つや2つありそうな雰囲気だわ〉


 などというコメントを読んできたときだった。


「お~い、ケ~ン」


 前方で飛んでいたエリーが俺の眼前まで飛んでくる。


「あのキメラ・ゴルゴンはこの先にいるな。せやけど、そこから先は逃げるって感じがないわ。それどころか、でかい大木の前で立ち止まっとるで」


 ふむ、と俺はあごをさすった。


 今は配信中のためエリーに反応するわけにはいかない。


 なので視聴者には何か思考にふけっているようなポーズを取ったのだ。


 だが、ただ何の意味もないポーズを取ったわけではない。


 きちんとエリーの言葉の意味も考えていた。


 キメラ・ゴルゴンはこの先の大木の前で立ち止まっている。


 この言葉を単純に推測すれば、キメラ・ゴルゴンはそれ以上の逃亡を諦めたと判断できる。


 俺とキメラ・ゴルゴンの実力差には圧倒的な開きがある。


 イレギュラーであるキメラ・ゴルゴンは普通の魔物ではないため、俺の攻撃を受けたときにそのことを如実に感じたはずだ。


 この相手には逆立ちをしても勝てないだろう、と。


 ゆえに絶対的な強者とわかった俺から逃亡した。


 ……と、並みの探索者ならば思ったに違いない。


 だが、今の俺は違うことを考えていた。


 アースガルドで10年以上も魔物を倒してきた経験から察するに、キメラ・ゴルゴンは俺に恐れをなした以上の何かしらの理由から逃げ出したと推測したのだ。


 ……う~ん、これも少し違うかもな。


 逃げ出したというよりは、キメラ・ゴルゴンは俺との戦闘の最中に至急その大木の元へ行く必要に駆られたと見るべきだろう。


 どのような理由かはわからないが、これは勘よりも確かな感覚だった。


 とはいえ、それを面と向かってキメラ・ゴルゴンに問いただすことはできない。


 ならば、と俺は歩くスピードを少し上げた。


 何にせよキメラ・ゴルゴンが立ち止まってくれたのならば幸いである。


 その間にドローンがついてこられるスピードで歩き、立ち止まっているキメラ・ゴルゴンの前へ躍り出る。


 あとはいつもと同じ無双配信をすればいい。


 ただ、それだけのことだ。


 そう考えながら歩いていると、やがて俺は他の樹木よりも幅も高さも倍近い大木がある場所へと到着した。


「……いないな」


 俺はぼそりとつぶやく。


 大木の前にキメラ・ゴルゴンの姿はなかった。


 代わりに地面に大穴が空いている。


 いや、よく見るとそれは穴ではなく地下への入り口のようだ。


 俺は落ち着いた足取りで、地下への入り口まで足を動かしていく。


 やはり、俺の予想は当たっていた。


 どうやらこの場所には以前から人工的な地下への入り口が作られていて、その入り口を通ってキメラ・ゴルゴンは地下へと入ったのだろう。


 周囲を見渡すと、入り口の近くの地面には木片などが散らばっている。


 地下への入り口を遮っていた扉の残骸だろうか。


「ケン、何でこんなところに地下へと通じる穴が空いているんや?」


「これは人工的なものだな。しかし、一体誰がこんな場所にこんなものを……」


 俺は独り言を装ってエリーの質問に答えた。


 そこで俺はハッとした。


 後方で飛んでいるドローンの液晶画面を見る。


〈これってあれじゃね? 例のカルト教団のアジトに通じているんじゃね?〉


〈うお~い! マジであったよ!〉


〈ええ~、本当に〈魔羅廃滅教団〉のアジトを見つけちゃった!?〉


〈ケンジ、早く中に入ろうぜ。そんでカルト教団どもを根こそぎ捕まえるんだ〉


 などという〈魔羅廃滅教団〉という宗教団体についてのコメントが勢いよく流れていた。


「……まあ、何にせよイレギュラーを放ってはおけないしな。よし、このまま地下へと入るぞ」


 俺は視聴者とエリーのどちらにも伝わるように声を出した。


 そして俺は地下へと普通に入っていく。


 地下への入り口は結構な広さがあり、エリーもそうだがドローンも十分に飛行してついてこれた。


 それに両端の壁には電灯が等間隔で設置され、しかも薄暗い階段を明るく照らしていた。


 こうなると、〈魔羅廃滅教団〉という宗教団体のアジトである可能性が高い。


 やがて階段を降り切り、そのまま数十メートルほど歩いていくと、王宮の大広間のような空間が俺たちを出迎えた。


 だが、その空間には誰もいない。


 地面を見ると何十人という靴跡があったので、ここに多くの人間がいたのは間違いない。


 けれども、視線を巡らせても人間どころかキメラ・ゴルゴンの姿もなかった。


 まさか、この短時間でキメラ・ゴルゴンはここにいたと思しき人間たちを皆殺しにして食ってしまったのだろうか?


 俺は考えるまでもなく頭を振った。


 もしもそうなら地面には大量の血液や肉片が落ちているはずだ。


 しかし、電灯で明るく照らされている空間には大量の血も肉片も視認できない。


 ならばキメラ・ゴルゴンによる大量虐殺があったわけではなく、すでにキメラ・ゴルゴンがここにやってきた時点で人間は誰もいなかったと仮定するのが正しいのではないか。


 すると最初からここはもぬけの空だったのだろう。


〈魔羅廃滅教団〉のアジトだったのかはわからないが、どのみち俺の目的はこの場所へ逃げてきたキメラ・ゴルゴンを倒すことだ。


 それ以外は無視すればいい。


 とはいえ、気になる部分がまったくないと言うとそうではなかった。


 この大広間の奥には巨大な鉄箱が鎮座していた。


 しかも鉄箱には巨大な穴が空いている。


 内部から何かが爆発した衝撃で空いたのだろう。


 そんなことを考えていると、俺はピクリと目眉を動かした。


〈聴勁〉を使わなくても、大広間の一角からキメラ・ゴルゴンが現れる気配を感じた。


 事実、キメラ・ゴルゴンは身体をひきずるようにして現れた。


「鬼ごっこは終わりだ。さっさと出て来い」


 俺は姿を現したキメラ・ゴルゴンに言い放つ。


 直後、俺は眉間に深くしわを寄せた。


 キメラ・ゴルゴンの口周りが異様なほど赤く染まっていたのだ。


「お前、人間を食ったのか?」


 キメラ・ゴルゴンの口周りに付着していたのは血液だ。


 それも魔物ではなく人間の血液だろう。


 基本的に魔物は人肉を好む。


 それはキメラ・ゴルゴンも例外ではなかったはずだ。


「ウフフフフフフフ」


 キメラ・ゴルゴンは低い声で笑った。


 どこかで人間を食ったことで体力が回復したのだろう。


 だとしても関係なかった。


 地形的にもうキメラ・ゴルゴンは逃げられない。


 というか、もう逃がすつもりはなかった。


 体力を回復して戦意を取り戻そうが、今度は回復も逃走もさせずに完膚なきまでに倒す。


 そう俺が決断したときである。


「ウギイイイイイイイイイイイイイ」


 突如、金切り声とともにキメラ・ゴルゴンの腹が膨張した。


 まるでいきなり妊娠したかのように。


 そして――。


「ウゲエエエエエエエエエエエエエ」


 キメラ・ゴルゴンは口から大量の吐瀉物としゃぶつを吐き出した。


 いや、それはただの吐瀉物ではなかった。


 その吐瀉物の中に、身体を丸めた2人の人間の男女の姿があった。


「思い出した」


 俺は誰に言うでもなく独りごちる。


「キメラ・ゴルゴン……確か人間の男の精を吸うか、人間の死体を食うことで体内で新たな魔物を作り出す特徴があったな。しかもその生み出した魔物は精や死肉を取り込んだ人間の特徴を反映させることから、キメラ・ゴルゴンという名前がつけられるようになった」


 俺が言い終えたとき、2人の男女はゆっくりと立ち上がる。


「――――ッ」


 そんな2人の男女に俺は見覚えがあった。


 辻原美咲。


 秋葉正嗣。


 俺がアースガルドでの記憶を取り戻す前、草薙数馬とともに不当な暴力を行った【疾風迅雷】のメンバーたちだった。

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