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第七十五話  草薙数馬の破滅への言動 ⑲

 草薙数馬こと俺は、大勢の一般市民や探索者どもを皆殺しにしながら、ダンジョン協会の本部施設前へと到着した。


 眼前には俺の〈魔砲〉でグシャグシャにひしゃげた正門がある。


 ざっとその正門の周囲を見回すと、〈魔砲〉の余波によって死んだ警備人や探索者たちの死体が転がっている。


 すうううううううううう


 俺は思いっきり息を吸い込んだ。


 直後、警備人や探索者たちの肉体から黒いモヤが出てくる。


 その黒いモヤを肺一杯に吸収するイメージで吸気をすると、多くの黒いモヤは見えない糸で引っ張られるように俺の口内へと集まってきた。


 俺は次々と黒いモヤを貪り、ゴクンと大きく喉を鳴らして胃の腑へと落とす。


 すると――。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――…………


 人間たちの黒いモヤ――負の感情を吸収するや、俺の〈魔力〉の総量がさらに高まった。


 それだけではない。


 メキメキメキメキメキメキメキ


 全身の筋肉が音を立て、さらに強く硬化されていく。


「くくくく……あははははははははは」


 俺は高らかに笑った。


 人間の本質は善だと心から勘違いしている、愚かで馬鹿な者を嘲笑するように。


 この世は慈愛に溢れ、最後は善なる者が勝つと信じている愚者を断ずるように。


 そして俺は思った。


 人間という種は何て矮小なのだろう。


 俺も人間だった頃は、人間とは地球上の生物の頂点に君臨する種だと勘違いしていた。


 そう、すべては勘違いだったのだ。


 人間など魔族から見れば家畜と同じだった。


【聖気練武】とかいう多少の超能力が使える人間がいようと、魔人となった俺からすれば家畜に牙や爪が生えた程度の存在である。


 しかも人間という種は強さを獲得するのに途轍もない時間がかかる。


 勉強や筋トレ、とにかく一定以上の知識や強さを得るには時間が要るのだ。


 けれども、魔人となった今の俺が強さを得る方法は簡単だった。


 人間どもを殺せばいい。


 こんな簡単なことをするだけで、死体から負の感情を吸収することができる。


 しかも殺すのならば一般人よりも探索者のほうが良いこともわかった。


 負の感情の凝縮度がまるで違うのだ。


 それこそ駄菓子を食うか高級肉を食うぐらいの差がある。


 なので探索者を中心に殺しながらこのダンジョン協会に来たのだが、やはりダンジョン協会の本部には相応の使い手たちが勢揃いしていた。


 今もそうである。


 通常ではダンジョン協会の本部施設を守っているのは元警察や元自衛官などの警備人だが、大量の魔物を引き連れていたことで警備にはA級からS級探索者が加わっていた。


 そのような探索者たちの死体からは良質な負の感情が奪い取ることができ、今の俺は数時間前の俺とは別人のような強さを獲得している。


 などとほくそ笑んだときだ。


「むはははははは」


 と、俺の後方にいたゴミクズが笑った。


 俺は振り返らず、軽く後ろ蹴りを放つ。


 ズドンッ!


 足裏に感じた確かな手応え。


 並の探索者や魔物ならば爆裂四散。


 イレギュラーならば大きく吹き飛ぶ蹴撃だった。


「むはははははは、クサナギ・カズマさま! 素晴らしいでありますなのであ~る! 先ほどよりも数段と攻撃力が上がっておりますなのであ~る!」


 俺は蹴りを放った体勢のまま、顔だけを振り返らせる。


 ゴミクズは顔色1つ変えずに平然としていた。


 胸の前で両腕を「×」字にし、不意打ちとして繰り出した俺の蹴りを受け止めていたのだ。


 チッと俺は舌打ちする。


 こいつも俺と同様に力が増しているのだろう。


「てめえ、今度あのムカつく笑い声を俺の前でしたらマジで殺すぞ」


 俺は蹴り足を戻しながら言った。


「むは……しょ、承知しましたであ~る」


 ゴミクズは俺の本物の殺意に気づいたのか、乾いた笑みを浮かべながら後ずさる。


 そんなゴミクズに俺はあらためて訊いた。


「それで? ダンジョン協会に潜入していたスパイとやらはどこにいる?」


「はっ、あと1分も経たずにここへ来ますのであ~る」


 おそらく、【聖気練武】の〈聴勁〉とやらを使っているのだろう。


 まあ、そんなことはどうでもいい。


 重要なのは、そのスパイとやらが例の女を連れているかどうかだ。


 俺が期待に胸を躍らせていると、本当に1分も経たずに俺たちの前に姿を現した男女がいた。


 男のほうは20代半ばぐらい。


 切り揃えられた黒髪や、優男風の顔は俺の気に入らない部類の顔だった。


 他に特徴的なのはメタルフレームの眼鏡をかけ、本部施設内に勤める研究職の人間が着る白衣を着ていた。


 そんな白衣の眼鏡男の顔にはどこか見覚えがあった。


 はて、どこで知った顔だろうか?


 そう思ったのも一瞬で、すぐに俺は眼鏡男に対する興味を失った。


 正直なところ、〈魔羅廃滅教団〉のスパイだったという男のほうはどうでもいい。


 肝心なのは眼鏡男が俗にいう「お姫様だっこ」をしている女のほうだ。


 どうやら女のほうはクスリか何かが眠らされているのか、眼鏡男に抱かれているのに両目を閉じて肉体がダラリと弛緩している。


 俺は女の顔を食い入るように見る。


 栗色の髪に端正な顔立ち。


 A級探索者から着用を許されている、迷宮騎士甲冑を着ている。


 間違いない。


 ダンジョン協会の会長の孫娘であり、ダンジョン・ライブにおいてチャンネル登録者数が80万人を超えているインフルエンサーの成瀬伊織だ。


「あなたが異世界の魔王さまを体内に宿らせておられる、クサナギ・カズマさまでございますね」


 眼鏡男は成瀬伊織を地面に下すと、俺の前に来て片膝をついた。


「私の名前は三木原飛呂彦と申します。元A級探索者で現在は迷宮協会で研究職に就いておりますが、それらはすべて仮の姿。私の正体は――」


「本当は〈魔羅廃滅教団〉の幹部信者なんだろ?」


「その通りでありますであ~る」


 俺の質問に答えたのはゴミクズのほうだった。


「こやつの父親は警視庁の公安部に勝るとも劣らない調査能力を持っていた熱心な信者でありましたが、S級探索者に殺されてからは吾輩が育てたのでありますであ~る。そして一流のスパイとしてダンジョン協会に送り込んだのでありますであ~る」


 俺はじっと眼鏡男――三木原比呂彦を〈魔眼〉で見たあと、ゴミクズに視線を移した。


「こいつも【聖気練武】の使い手だな……そしてダンジョン協会に潜入していたということは、てめえが本来は上位探索者しか知らない【聖気練武】を使えるのも、この三木原がてめえらにこっそりと【聖気練武】の技を教えていたってわけか」


「さすがはクサナギ・カズマさま。まさにその通りでありますなのであ~る。もちろん、そこの三木原は【聖気練武】以外にもダンジョン協会の重要事項――教団を殲滅する作戦の情報などを吾輩たちに密かに伝えていたのでありますなのであ~る」


 なるほど、と俺は思った。


〈魔羅廃滅教団〉がダンジョン内で長年にわたって活動できたのは、活動資金源であるダーク・ライブと三木原の密告による情報を入手していたからなのだろう。


 まあ、そんなことはさておき。


「おい、ゴミクズ。てめえに訊きたいことがある」


「はっ、何でありますか」


「この眼鏡野郎の仕事はまだ何かあるのか?」


「いえ、三木原の主な仕事はもう終了なのでありますなのであ~る。そやつにはいつか今日のようなダンジョン協会の本部を襲撃する際、吾輩たちの襲撃を成功させるためのサポートをするために潜入させていましたのであ~る」


「ってことは、もう用済みってわけだ」


 俺はゴミクズから三木原に顔を戻すと、〈魔力〉を込めた右手の掌を三木原に向ける。


「お、お待ちください! 私は〈魔羅廃滅教団〉のために長年にわたって危ない橋を――」


「知らねえよ。てめえの顔が妙にムカつく。それがてめえの死ぬ理由だ」


 そう言うと俺は、〈魔砲〉を放って三木原の頭部を木っ端みじんにした。


 大量の血と脳漿のうしょう、肉と骨の欠片が地面に散らばる。


 俺は三木原とかいう人間を殺し、地面に伏している成瀬伊織を見下ろす。


 ――ふむ、そやつがお前の子を孕む女か


 俺の体内にいる魔王ニーズヘッドが語りかけてくる。


「ああ、そうだ。見た目もいいし、身体つきも申し分ねえ。まさに異世界の魔王を孕む女にうってつけだと思わねえか?」


 ――人間の見た目など、もはや我には何も感じぬ。だが、確かにその女からは並々ならぬ素質を感じる


「素質?」


 ――あくまでも我の肉体を産み出すに耐えうる生命力を持つという意味でな。まあ、あまり深く考えずともいい。要は……


「俺がそいつを孕ませればいい……ってことだろ?」


 続きの言葉は俺が紡いだ。


 それこそ舌なめずりしながらである。


 と、そのとき――。


「う……う~ん……」


 成瀬伊織が意識を取り戻し始めた。


 何度か瞬きを繰り返したあと、俺たちを見て目が点になる。


「な、な、な――」


 あまりの衝撃に上手く言葉が出て来ないのだろう。


 成瀬伊織はガバッと上半身を起こすと、尻もちをついた状態で数歩分だけズリズリと後退する。


 そんな成瀬伊織に俺は満面の笑顔を浮かべた。


「グッモーニング、成瀬伊織。俺が誰だかわかるかい?」


 成瀬伊織は無言のまま目を見開いている。


「まあ、わからないだろうな。当然だ。俺とお前は今まで1度も会ったことがねえんだからよ」


 だがな、と俺はニヤリと笑う。


「これからは違う。俺とお前はこれからセックスするんだ。そしてお前は俺の子供を産む。正確には異世界の魔王の魂を宿した子供をな」


 これには成瀬伊織も驚きを通り越して衝撃を受けたのだろう。


 普通の少女のように全身をワナワナと震わせている。


 ほう、可愛いところがあるじゃねえか。


 これなら期待できるかもしれない。


 A級探索配信者のインフルエンサーということで、犯している間も泣き叫ばずにいるのなら退屈極まりなかったが、今の反応を見る限り無理やり犯せば相応の反応を見せるだろう。


 では、そのような女をここで犯すのか?


 答えはノーだ。


 こんな地べたではなく、もっと俺に相応しい場所で犯してやる。


 俺は成瀬伊織に近づくと、襟元を掴んで片手で持ち上げる。


 そのまま地面を蹴ってひしゃげた正門を飛び越えると、本館の壁に向かって跳躍。


 直角の壁を足がかりに屋上まで一気に上り詰める。


 そして屋上に辿り着くなり、敷地内の奥にあるダンジョン協会の特別施設を眺めた。


 ダンジョン協会の1Fロビーの掲示板には、協会内の見取り図が貼られている。


 その見取り図に書かれていた、地上世界へと繋がる〈門〉がある施設だ。


 俺はその施設に向かって開いた左手を突き出す。


「待って! 一体、何をするつもりなの!」


 成瀬伊織は全身に黄金色の光をまといながら抵抗してきたが、はっきりいって幼児が身体を動かしているぐらいにしか感じない。


「余計な邪魔をされても困るからな。前もってゴミ掃除をしておこうと思ってよ」


 俺は口の端を吊り上げると、左手に〈魔力〉を凝縮させた。


 三木原を殺したときよりもはるかに強い〈魔力〉を込めて。


 そして――。


 俺は特大の〈魔砲〉を〈門〉のある重要施設にめがけて撃ち放った。

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