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第七十六話  草薙数馬という名の魔人

「邪魔だ、お前ら!」


 俺は目の前に立ちはだかる魔物どもに怒声を上げた。


 同時に魔物どもに対して【聖気練武】の技を使う。


 余計な手間はかけない。


 雑魚の魔物どもは〈威心いしん〉でショック死させ、イレギュラーの魔物には一撃必殺の〈発勁〉の技で倒していく。


 今もそうだ。


 メタル・タートルの甲羅部分にあった弱点の模様を〈聴勁〉で瞬時に探り当て、〈発勁〉の突きによる攻撃で瞬殺したのである。


「まったく、ここまで来るのにえらい時間を食ったな。雑魚とはいえ多すぎや」


 そう言ったのは頭上で飛行しているエリーだ。


 つい今しがた俺に追いついてきたのである。


「つまり、この先に自分たちの主人――魔王ニーズヘッドがいるという証拠だ」


 俺はエリーのほうに顔を向けず、絶命したメタル・タートルの甲羅の上に立ちながら答える。


 現在、俺とエリーは迷宮街の壱番町に足を踏み入れたところだった。


 ここまで来ればダンジョン協会まで俺からすれば目と鼻の先。


 ならば、あとは一目散にダンジョン協会に向かうだけだ。


「よっしゃあ! だったら早いところ魔王を倒しに行こうで!」


 と、エリーが発破をかけてくる。


「むろんだ」


 俺は答えるや否や、〈箭疾歩せんしつほ〉を使ってダンジョン協会へと向かう。


 やがてダンジョン協会の本館の建物が見えてきた。


 俺がいる場所はダンジョン協会の正門がある北側ではなく、東側から近づいたということもあって本館の建物と一緒に敷地の奥にある特別施設も見えている。


 特別施設は地上世界と繋がる〈門〉がある場所だ。


 そして俺が魔王ならばあの特別施設を狙う。


 理由は言わずもがな、〈門〉を通れば地上世界に行けるからだ。


 だとすると早く行かなければならない。


 魔王ニーズヘッドは人間の負の感情を食料としている。


 魔族の王である奴のことだ。


 迷宮街を滅ぼすことなど、それこそ行きがけの駄賃程度にしか考えていないはず。


 奴の目的は〈門〉を通って数十億という信じられない人間がいる地上世界に行き、この世界には存在しない〈魔力〉で徹底的に蹂躙と破壊の限りを尽くすこと。


 ただし最後の1人まで滅ぼすようなことはしない。


 永遠に人間の負の感情を食い続けるため、わずかに残した人間を家畜として扱うだろう。


 要するに奴を放っておけば、地上世界は魔王ニーズヘッドの広大で最悪な人間牧場と化す。


 では、そんな蛮行を見過ごしていいのか?


 断じて否だ。


 アースガルドでは成し得なかったが、今度こそ奴を――魔王ニーズヘッドを永遠に葬り去る。


 その代償として、たとえ俺の命を引き換えにしても。


 俺はあらためて魔王ニーズヘッドと対峙する覚悟を決めた。


 ここら辺の魔物の大半はすでに倒しているので、ひとまず周辺にいた一般市民や探索者たちも別の場所に余裕を持って避難できるはず。


 なのでこのままダンジョン協会に向かえば、目的の魔王ニーズヘッドと遭遇できるだろう。


 などと思ったときだった。


 ゾクッと俺の背筋に悪寒が走った。


 それだけではない。


 遠くに見えていたダンジョン協会に異変が起こった。


 ダンジョン協会の本館の屋上に、凄まじい負のエネルギーの凝縮が感じ取れたのだ。


 俺は瞬時に〈聖眼〉を使って本館の屋上を凝視する。


 間違いなかった。


〈聖眼〉によって本館の屋上に巨大な光が見える。


 鬼火のように青白く、それでいて山火事のように激しく燃えているような光。


【聖気練武】の顕現化の象徴である黄金色の光ではない。


 この世界の人間には使えないはずの〈魔力〉の光である。


 まさか、と俺は思った。


 あそこに魔王ニーズヘッドがいるのか?


 そう訝しんだ直後である。


 本館の屋上から直線状の青白い光線が迸った。


 角度からして特別施設に向けて放たれたものだ。


 ドオオオオオオオオオオオオオオン――――ッ!


 何十もの大砲を一度に撃ったような衝撃音とともに、巨大な地震が起こったときのように地面が激しく揺れた。


「くっ!」


 転倒こそ免れたものの、俺の視界に特別施設が崩壊する光景が飛び込んできた。


 細部までは視認できなかったが、特別施設の半分は確実に崩壊しただろう。


 その証拠として、空に向かって無数の黒煙がもうもうと立ち昇る。


 俺は奥歯を軋ませながら地面を蹴った。


〈箭疾歩〉で一気にダンジョン協会の敷地内に移動すると、そこから垂直な本館の壁を今度は〈軽身功〉で一気に駆け上がっていく。


 そうして俺はものの十数秒で本館の屋上に足を踏み入れた。


「――――ッ!」


 俺は大きく目を剥いた。


 視界には3人の男女がおり、 1人は身長2メートルの禿頭の大男だった。


 漆黒の外套を羽織り、他の衣服もすべて黒色というまるで蝙蝠のような男だ。


 だが、俺が驚いたのは別の男女を見たからである。


 1人は今の俺よりも少し上の若い男で、その若い男は片手で少女の襟元を掴んで持ち上げている。


「成瀬さん!」


 俺が吼えるように名前を呼ぶと、成瀬さんはこちらを向いて「ケンさん!」と大声で応えてくれた。


 どうやら怪我などは負っていないようだが、凄まじい力で持ち上げられているからだろう。


 成瀬さんは抵抗があまりできない状況に陥っていた。


 本来、彼女ほどの【聖気練武】の使い手ならば簡単に抗えるはずだ。


 だが、そうできないのは理由がある。


 若い男から空気を圧迫するほどの〈魔力〉が放出されていたからだ。


 数メートルの距離にいる俺からでも感じるのだから、襟元を掴まれている成瀬さんからすれば大変な圧迫感にやられているはずだ。


 それこそ下手に【聖気練武】で抵抗する意思を見せれば、若い男に瞬時に覚られて殺されると判断したのだろう。


「てめえ……拳児か?」


 俺が成瀬さんの様子を窺っていると、残りの若い男が忌々しそうに言った。


 そこで俺はハッと気づく。


「お前……まさか、草薙数馬」


 俺の言葉に若い男は「そうだよ」と答える。


 草薙数馬。


 俺が記憶を失っていたときに所属していた、C級探索者PTのリーダーだった男。


 しかし、そのときよりもすべてが激変している。


 1番の違いは肉体だ。


 10年? 20年? 30年?


 ともかく10年以上の絶え間ない肉体鍛錬の果てにようやく獲得できる筋量を、草薙数馬は俺が最後に顔を見たときからの短時間で身につけていたのだ。


 このとき、俺の脳裏にある言葉が浮かんだ。


 魔人。


 アースガルドにおいて、魔王ニーズヘッドの側近を務めていた魔族たちの総称だ。


 その魔人に今の数馬が重なる。


「拳児、てめえ性懲りもなく生きてたんだな」


 数馬は口を半月状にして酷薄した笑みを浮かべた。


 やはり違う、と俺は眉根を強く寄せた。


 数メートル前方にいる数馬は、俺の知っている普通の人間でも単なる魔人でもない。


 俺は〈聖眼〉を使って数馬を凝視する。


 すると数馬の体内にドス黒い圧倒的な負のオーラを感じ取れた。


 禍々しいなどという生易しい言葉では語れない〈魔力〉の渦。


「そこにいるな、魔王ニーズヘッドッ!」


 俺は〈周天〉によって全身の〈聖気〉を倍増させ、数馬の体内に潜んでいるだろう魔王ニーズヘッドに対して吼えた。


「へえ……魔王のことを知ってんのか。それに依然と雰囲気も態度もまるで違う。てめえは一体――」


 そこで数馬は言葉を切ると、目線を下に落としてうなずき始めた。


 傍から見ると誰かと会話しているような感じだ。


 やはり俺の見立ては間違っていない。


 数馬の体内に魔王ニーズヘッドの魂がいる。


 そのため、数馬は自分の体内にいる魔王ニーズヘッドと密かに会話しているのだろう。


【聖気練武】の〈聴勁の発展技――〈念話〉のようなものだ。


 とすると、今頃数馬は俺の正体を魔王ニーズヘッドから聞いているかもしれない。


 俺が魔王ニーズヘッドの存在を感知したということは、魔王ニーズヘッドも俺の存在を感知したはずだ。


 見た目こそ16、7歳の少年に見えるが、中身はアースガルドで死闘を繰り広げたケン・ジーク・ブラフマンだということを。


 俺は〈丹田〉に意識と力を集中させると、魔王ニーズヘッドの魂が入っている数馬を睨みつける。


「数馬、まずは成瀬さんを離せ。そして魔王の魂を体外へと出せ。そうすればお前の命までは奪わない」


 そう俺が言い放ったときだ。


 禿頭の大男が俺と数馬の間に割って入ってきた。


「黙って聞いておれば勝手なことをベラベラと抜かす小僧なのであ~る!」


 禿頭の男は【聖気練武】の使い手だった。


 俺と同じく全身に〈周天〉による黄金色の〈聖気〉をまとい、両手を大きく広げて「ぬはははははははは」と苛立たしい笑い声を上げる。


「どこのどいつかは知らぬが、クサナギ・カズマさまと魔王さまに楯突く者はすべからくブチ殺すのであ~る! 要するに貴様はここで吾輩の手により死ぬのであ~る!」


 直後、禿頭の男は地面を蹴って間合いを詰めてきた。


「死ねええええええええええええ」


 俺の間合いに入った瞬間、禿頭の男は俺の顔面に向かって大振りのパンチを突き出してきた。


 大振りといっても俺からすればの話で、常人や普通の探索者から見れば砲弾の一撃に近いインパクトと速さがあっただろう。


 常人や普通の探索者がまともに受ければ即死。


 上位探索者でも〈聖気〉をまとった状態でなければ致命傷を負い、それこそ〈硬身功〉で受けなければ即戦闘不能に陥るほどの打撃だった。


 しかし、今の俺は禿頭の男の攻撃――いや、その存在すらどうでもよかった。


 なので俺は数馬の手下だろう禿頭の男を視界から消した。


 禿頭の男のパンチを紙一重で避けると、俺は禿頭の男の股間、みぞおち、喉、顔面を前蹴りと左右の突きで打ち抜いたのだ。


 もちろん、それだけではない。


 怒涛の四連撃を繰り出した俺は、たじろいだ禿頭の男のアゴを真下から揚げ打ちアッパーカットした。


「ほぎゃああああああああああああ」


 俺の揚げ打ちアッパーカットによって禿頭の男は天高く吹き飛び、そのまま悲鳴を上げて地上へと落下していった。


 禿頭の男は俺の攻撃と屋上からの落下によって絶命するだろう。


 だが、今の俺はもう禿頭の男の存在など記憶から消していた。


「もう一度言うぞ」


 俺はヘラヘラと笑っている数馬に鋭い眼光を飛ばした。


「成瀬さんを離せ、数馬。そして魔王ニーズヘッドの魂を体外に出すんだ」


 一拍の間を置いたあと、数馬は「いいぜ」と言って成瀬さんの襟元を掴んでいた手を離した。


 ドサッと成瀬さんは地面に落ち、続いて激しく咳き込む。


 その様子に俺は意識と時間を取られた。


 と言っても1秒もなかった時間である


 にもかかわらず、その1秒も満たない内に始まっていた。


「ただし、魔王だけは外に出すわけにはいかねえ」


 俺は驚愕と戦慄を同時に味わった。


 数馬は気がつくと互いにに立っていたのだ。


 次の瞬間、俺の体内に何かが爆発したような衝撃が走った――。

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