「来な。これも何かしらの縁……このジョニィ=サンライズさんがお前さんのことを
と、まるでそうすることが当然のように。不敵な笑みを浮かべながら、ジョニィさんは。今日会ったばかりの俺にそう言ってくれた。
「…………え?」
しかし、ジョニィさんのその言葉は思ってもいなかったもので。だから、そんな有り難い彼の言葉に対して、俺は間の抜けた声を漏らすことしかできなかった。
「紹介って、どういう風の吹き回しですかい兄貴。アンタ、そんなのろくすっぽもしないでしょうに」
俺が固まっている間に、『夜明けの陽』の副
「いや、だから言ったろ?これも何かしらの縁ってな。理由はただそれだけのことさ」
「……まあ、兄貴がそう言うならそういうことにしておきますぜ」
「おう。なぁに安心しな。この
──え?
一瞬、俺はジョニィさんの言葉を聞き間違えたのかと思った。だがしかし、もしそれが聞き間違いではないのだとしたら……今、この人は俺のことを。稀に見る逸材だと、そう言ってくれた。
「へえ。
「ああッ!ジョニィはろくでなしの馬鹿野郎だがッ!そこら辺は信用できるからなッ!」
「誰がろくでなしの馬鹿野郎だこの馬鹿野郎!!やんのかベンド!?」
「俺は本当のことを言っただけだろうがッ!上等だジョニィッ!今日こそ決着つけてやらぁッ!!」
ジョニィさんの言葉を信じられず、呆然と硬直するしかないでいた俺に。セイラさんはその手を俺の方に優しく乗せてそう言い、ベンドさんはさりげなくジョニィさんに対しての罵倒を混じえ、彼の発言を自分なりに肯定する。
ベンドさんのさりげない罵倒に噛みつき、それが原因で一瞬即発の雰囲気となるジョニィさんとベンドさんの二人。だが、その直後────
「
────という、僅かばかりの怒りが込められた。毅然とした女性の声がその場を貫いた。瞬間、ジョニィさんとベンドさんが静止し、硬直する。
「というか、騒ぐ前にまずは
ツカツカ、と。
「メ、メルネ……」
今の今まで浮かべられていた、余裕のある笑みはすっかり消え失せ。その顔を思い切り引き攣らせながら、どうしようもなく気まずそうな声で、ジョニィさんはその名を呟く。それを聞き、いまいちこの状況に追いつけず呆然としていた俺の意識が、堪らず現実へと引き戻された。
──メルネ……?メルネって、まさかあのメルネ=クリスタさんか……!?
本日幾度目かの衝撃と驚愕に、俺は目を見開かせ。視線を移す────確かに、その先に彼女はいた。
全体的に赤を基本とした、『
今でこそ冒険者を引退しそれなりの年月が過ぎてしまったが、それでも冒険者の中で彼女のことを知らぬ者など一人もいない。
メルネ=クリスタ。軽くウェーブがかかった空色の髪と、薄い水色の瞳が清涼感を醸し出す、まさに大人の女性と表現するべき人である。
「じゃあ早速、討伐の証を見せてくれるかしら」
「あ、ああ……ほら、バイスドラゴンの喰巨牙だ。これで文句はないだろ?」
にっこり、と。美貌を携えるその顔に、穏やかな微笑みを浮かべさせて。そう訊きながら、スッとジョニィさんへ手を差し出すメルネさん。
そんな彼女とは対照的に、依然気まずそうに引き攣った表情で。ジョニィさんはぎこちなく【
「確かに、これはバイスドラゴンの喰巨牙で間違いないわね」
恐らく、見た目からだけでも結構な重量があることを容易に想像させるその牙を、メルネさんは特に何でもないかのように持ち上げ宙に翳し、一通り眺めて。そして、彼女もまた【次元箱】を開き、牙を仕舞い込む。それからまたジョニィさんの方に顔を向けて、依然微笑んだまま、彼女は彼にこう言う。
「お帰りなさいと、とりあえずは言っておくわ。……ちなみに今回の依頼達成にかかった日数は、丁度一ヶ月よ」
「……そ、そうだな。そんくらいだ」
その会話の内容自体は普通である。……しかし、ジョニィさんとメルネさんとの間では、言い様のない圧迫感というか逃げ場の緊張感というか。とにかく普通ではない、凄まじく重苦しい雰囲気が渦巻いていた。
その雰囲気に気圧されたのか、気がつけばジョニィさんの隣から後ろに、ベンドさんは下がっており。固い表情のまま、黙って二人の様子を窺っていた。
「まあ、ただそれだけの話。別に気にしなくていいわ。ああ、そういえば
「え?GMが俺を……?まあ、確かにそれは丁度良い。GMにはあの
そう言って、あろうことかジョニィさんは俺の方に顔を振り向かせる。堪らず、俺は焦った。
──ちょ……っ!?
「紹介……?あの男の子を?」
焦燥に駆られ、思わず頬に一筋の冷や汗を伝わせる俺の方に。メルネさんもまた、その顔を向ける。浮かべていた微笑みに少しばかりの物珍しさを加えて、彼女は俺のことを眺める。
「……ふーん」
水色の瞳に、値踏みするかのような眼差しを宿らせて。メルネさんは少しの間ばかり俺のことを見つめていたかと思うと、不意にフッと彼女が浮かべる微笑みに、優しさにも似た僅か温かみが表に出た。
それからメルネさんはその場から歩き出し、一体どういうつもりか俺の元にまで歩み寄り。固まる他ないでいる俺に、柔らかな声音で言葉をかけた。
「もう知ってるかもだけど、私はメルネ。メルネ=クリスタよ。君は?」
「え、あ……ラ、ライザー=アシュヴァツグフ、です」
「ライザー=アシュヴァツグフね。彼……ジョニィは見ての通り普段からあんなだけども、人を見る目は確かなものなの。だから、君には期待してるわ。
という、思いがけない人からの、予想だにもしていなかった応援の言葉に。俺は申し訳なく、そして情けないことに大した返事もできなかった。そんな俺を見てメルネさんは浮かべていたその微笑みを綻ばせ、しかし次の瞬間には。彼女はもう既に踵を返して、俺に背を向けていた。
「じゃあ私は仕事に戻るから」
「お、おう……」
そしてジョニィさんとすれ違う寸前、メルネさんは彼にそう一言をかけて。この場を去る────直前。
「……これは私の独り言なのだけれど」
静かに、けれど今この周囲にいる俺たち全員に聞こえるように。メルネさんがそう呟き、ジョニィさんの肩がほんの微かに跳ねた。
「どこかの誰かさんが、今回の依頼は早く終わりそうだから、時間が作れそうだって言ってたから。だから私、準備して、期待して待ってたのよね。……二週間程前から」
「…………」
ジョニィさんの顔が、凄まじい勢いで青褪めていく。彼の頬に、幾筋もの汗が伝っていく。そんな最中、メルネさんはただ淡々と。その
「ああ気にしないで頂戴。これは独り言だから。ほんの些細な、大して意味のない私の独り言なんだから。……ふふ」
最後に背筋がゾッと凍りつくような、そんな笑い声を残して。メルネさんはこの場を立ち去った。
数秒後、固まって立ち尽くすジョニィさんの隣にまで歩み寄り、彼の肩を軽く叩きながら。同情の表情と声音でベントさんが慮るように言う。
「やっちまったな、こりゃ。今夜は最上級に立派な
──この人、普通の声量でも喋れたのか……。
そんなどうでもいいことに対して、俺がそれなりの驚きを得ていると。ベントさんにそう言われたジョニィさんは鬱陶しそうに、彼に言葉を返す。
「煩え。んなことぁ
そう言い返した直後、参ったようにジョニィさんは深いため息を吐き。そして、再度俺の方に振り向いた。
「待たせて悪かったな。そんじゃま、さっさと行こうとしようぜ
「ってことで、よろしく頼むぜ。我らが
そうして、遂に。とうとう、俺は辿り着いた。辿り着き、立つことができた。
夢、目標、そして憧れの。それら全ての、本当の意味での入口に。その事実を、その現実を遅れて実感し、俺が噛み締めている間。今目の前にいるその人は──────
「……いや、急にそんなことを言われても。こっちはただただ困惑するしかないんだけど?」
──────と、当惑の言葉を堪らず呟くのだった。