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狂源追想(その二十一)

「得物の使用は自由。決着は先に相手に一撃を入れるか、降参するか。このくらいで十分だろう」


 と、俺は言いながら得物である剣を鞘から引き抜き、振り上げ切先を向けて、真っ直ぐ見据える。この決闘が決まり、双方合意したというのに、それでも未だに気乗りのしない表情を浮かべているその青年────クラハ=ウインドアを。


「合図は……そうだな。メルネさんに任せましょう。別に構いませんよね、メルネさん?」


 言いながら、俺はメルネの方を見やる。彼女といえば、普段ならば絶対にしないであろう渋面を晒していた。


「……ええ。別に構わないわ、それで」


 と、今浮かべているその表情通りの声で。不機嫌なことを少しも隠さずにメルネは言う。それから彼女はぼそりと小さく呟く。


「こんなの、馬鹿げてるわよ。全く、本当に……」


 ……やはりというか、この期に及んでまだメルネは俺とこのウインドアとやらの決闘に対して、反対の意を捨てられないでいるらしい。だがもう文句は言わせない。だって、何故ならば、ブレイズさんがこの決闘を認めてくれたのだから。


 ──そこで見ていてください、ブレイズさん……その居場所に見合う、立つべき相応しい者が一体誰であるかを、この俺が証明してみせますよ……!


 そう、間違ってもこんな何処ぞの馬の骨とも知らぬ輩などではない。世界最強の三人、人の域から外れた、埒外にして桁違いの『極者』。絶対無比の《SS》冒険者ランカーにして『炎鬼神』である貴方の、ラグナ=アルティ=ブレイズさんの隣に立つ資格を有するのは、他の誰でもない────この俺だ。


 そう、齢一桁の子供の頃から。その時見た夢と、抱いた目標と、追いかけた憧れを。朽ち果てさせず、色褪せさせないで、ずっと変わらないままに持ち続け、そして今の今まで求めて生き抜いたこの俺だけが、その資格を有しているはずなのだ。……そうだと、言うのに。


 ──どうしてお前みたいな奴なんかが、既に立っていやがるんだ……どうして、どうしてッ!!


 故に俺は認めない。断じて、絶対に認める訳にはいかない。そして俺は、果たさなければならない。その居場所の奪還を。ブレイズさんの隣を、取り返さなければならないのだ。その為であれば────この命を賭けることも辞さない。それだけの覚悟を以て、俺は今ここにいる。


 ──そのような覚悟を、どうせお前は持ってはいないだろう……そんな奴が、そこに立っていてはいけないんだ。そうだ、そうに決まっているッ!!


 俺の行いを、誰も彼もが邪魔しようとした。あろうことか、仲間だと思っていた『大翼の不死鳥フェニシオン』の皆がだ。俺のこの行いは、決闘は正当性のある正義の下による行いであるというのに。……そう、俺は裏切られたのだ。『大翼の不死鳥』に。


 けれど、ブレイズさんだけは違った。この人だけは、俺の行いを是とした。俺の正義を認めてくれた。俺を────受け入れてくれた。だからこそ、ブレイズさんはああ言ったのだろう。




『クラハ。その勝負、受けてやれ』




 その言葉を聞いた瞬間、俺は思った──────やっぱりこの人しかない。この人だけが、俺を理解し俺を許容し俺を受け入れてくれる、ただ唯一無二の存在モノなのだと。そして同時に俺は確信に至ったのだ。


 ──待っていてくださいブレイズさん。今すぐこのウインドアとかいう路傍の石の呪縛から、貴方を解き放ってみせますよ……そう、他の誰でもない、この俺がッ!


 俺がそう固く心に誓う傍ら、まるで非難するかのようにメルネが隣に立つブレイズさんに話しかける。


「貴方も貴方よ、ラグナ。言っておくけど、ライザーの実力は本物よ。《S》ランクからの登録を初めに、この一年で彼は様々な依頼クエストを達成しているし、新人ニュービーにも関わらず高難易度な依頼も達成した実績があるの。それだけじゃない……近々、『世界冒険者組合ギルド』から冒険者番付表ランカーランキング入りも打診されているわ。この意味……貴方ならわかるわよね、ラグナ?」


「まあな」


「……なら、ならどうしてこんなこと認めたのよッ!こんな、こんな……っ!」


 ブレイズさんに対する無礼な物言いと態度に些か腹が立ったが、如何に俺が優れた冒険者であるかを彼に説明してくれているので、それは許すことにしよう。そう、俺の実力はそこらの《S》冒険者などとは比較にはならない。当然、今目の前に立つ馬の骨など、もはや比較するまでもない。


 ……だというのに。




「あいつもあいつでそれなりなのはわぁってるよ。……けど、それでも




 そう、信じ難いことに。ブレイズさんは断言したのだ。彼の言葉を耳にした瞬間、俺は思わず目を見開いてしまう。


 ──なん……だと……っ。


 この俺が、《S》冒険者の俺がこんな奴に敵わないだなんて。一体、一体何がどうあってブレイズさんはそう言えるのだろうか。数瞬の間思考を巡らし、俺はある一つの結論を弾き出した。


 ──そうか、そういうことか……ブレイズさん、きっと貴方は乱心しているんだそうに違いない。でなければ、そんなことを貴方が言うはずがない……!


 俺はその結論に辿り着いた瞬間、身も心も焼き尽くさんばかりの憤怒に駆られる。ブレイズさんがこんな何の価値もないような輩に狂わされているのだと気がついたのだ、当然のことだろう。


 その怒りを腕に、手に伝わせ。このまま砕かんばかりの力を込めて、俺は剣の柄を握り締める。そしてそのまま斬りかかりたい衝動を必死に抑えながら、俺は叫んだ。


「お前もさっさと得物を出せぇッ!いつまでそうして馬鹿みたいに突っ立っている気だこの愚図がッ!腰のそれは単なるお飾りなのかよォ!!」


「……」


 だが、それでもそいつの表情は何処か浮かばれない様子であった。ばつが悪そうというか、不憫そうというか────とにかく、これ以上この上なく史上最高に腹が立つ、忌々しい表情には違いなかった。


 そんなふざけた顔をされて、俺は腸が煮え繰り返る程の怒りを覚えたが、そいつもようやっと一応の覚悟を決めたらしい。俺に言われて数秒の間を置いて、クラハ=ウインドアはその手を腰に下げていた剣の柄にやり、そして鞘から静かに、ゆっくりと引き抜いてみせた。


 遂に訪れたこの瞬間────決して表情には出ないよう、俺は内心でほくそ笑む。


 ──ブレイズさん、待っていてください……この俺が、ライザー=アシュヴァツグフが貴方を正気に戻してみせる。こんな小っぽけでくだらない狂気なんて、容易く一瞬で振り払ってみせる……!


 そして改めて、その居場所に俺は立つ──────そう思うのと、メルネが一枚の金貨コインを取り出すのはほぼ同時のことだった。


「これが床に落ちた時……その時が、開始の合図よ」


 メルネの言葉が広間ロビーに響き渡り、そして次の瞬間静寂に包まれる。鬱陶しい観客ギャラリー共は、全員黙ってこの決闘の行く末を見届けようとしていた。


 そうして、遂に。メルネが金貨を指で弾いた。弾かれた金貨は宙を舞い、落ちて────床と衝突し、甲高い音を、広間に響かせた。


「シャァアアアアアアッ!!」


 その音が響いたと同時に、俺は床を蹴りつけ、剣の切先を突き出しながら、そう叫ぶと共にその場から駆け出していた。対し、正面のクラハ=ウインドアは未だその場に立っているままだった。


 恐らく、俺の動きを目で捉えられず、こうして今動き出したことにすらまだ気づいていないのだろう。もしくはその視界から一瞬にして俺の姿が消え失せ、混乱と焦燥に駆られて動けないでいるかの何方どちらかだ。そうに決まっている。


 ──やっぱり、やっぱりなやっぱりそうだったな!分不相応が過ぎたんだよ、この馬の骨のクソ野郎がッ!そうやって認識も理解も何もできないまま、俺に斬られて負けてろッ!!


 次の瞬間には、自分があの居場所に────ブレイズさんの隣に立っている。そのことを確信しながら、意識の最中でゆっくりと過ぎる周囲の景色を流し見ながら、折角なので馬の骨の表情でも眺めようかと思い、視線を移す。そして、気づいた。


 ──え?


 馬の骨────クラハ=ウインドアの目が、俺を真っ直ぐ見据えていたことに。それに俺が気づく頃には────────






 ガギィンッ──という、金属と金属が擦れ合う、不快な音が広間に響き渡っていた。






「…………」


 その時、俺は剣を突き出した体勢のまま、その場で硬直していた。……そう、今さっきまでクラハ=ウインドアが立っていた場所で。


「お、おい……」


「……全く、見えなかったぜ……」


「一体、何が起きた……?俺らの目の前で、今何が起こったっていうんだ?」


 遅れて、そんな周囲の騒めきが俺を現実へと引き戻し。不覚にも呆然としていた俺は慌てて背後を振り返る────やはりというべきか、そいつは立っていた。俺がさっきまで立っていた場所に、今度は奴が立っていた。


「ク、クラハ=ウインドア……!」


 信じられなかった。確かに、確かに俺の視界の中では、奴はまだこの位置に立っていた。そのはずだった。だが実際には、俺が元いた位置に立っている。それも何のつもりか、俺に背を向けて。


 幻覚系の魔法を使われた形跡はない。そもそも、そういった魔法は、それも戦闘中咄嗟に幻覚魔法を使える者などは、相当高位な魔法職メイジの他にいない。そしてどう鑑みても、奴がそんな魔法職な訳がない。


 しかし、どちらにせよ問題はない。俺の背後を取ったにも関わらず、即座に斬りかからない上に、余裕を演出したいのか俺に背中を向けている。未だ、この決闘の決着はついていないというのに。


 最上級にこちらを舐めたその態度を前に、俺は大いに怒り狂いそうにはなったが、それを既のところでなんとか抑え込む。自分でも言ったが、何せまだ決闘は終わっていないのだから。


 ──馬鹿めッ!


 そう心の中で罵倒を浴びせながら、俺は剣を振り上げ再度床を蹴りつける────その直前、一声が広間を素早く貫いた。


「そこまでよッ!」


 その声の主は、言うまでもなくメルネであり。しかしその静止の呼びかけは、俺にとっては全くもって理解ができないものであった。


「何がそこまでだッ!?まだ、この決闘は続いているぞッ!」


 透かさず、俺はそう反論したが────しかし、何故か周囲の反応がおかしかった。決闘を眺めていた『大翼の不死鳥』の無能共が、揃いも揃って動揺し騒ついていたのだ。その様子を見やって、俺は心の中で吐き捨てる。


 ──こいつら、一体何を……。


 疑問を抱く俺に、何故かほんの僅かに慄いているような表情を浮かべながら、メルネが言う。


「ライザー……自分の右肩を、見てみなさい」


「右肩?俺の右肩がどうし……」


 そう言葉を返しながら、俺は視線を己の右肩へと移す。移したその瞬間、俺の視界に飛び込んだのは────────真一文字に裂かれた服の袖と、そこから覗く鮮烈な赤色だった。

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