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崩壊(その五十二)

絶壊拳ぜっかいけん】、その驚くべき威力は。クラハが前に討伐したデッドリーベアの特異個体ユニークであり名持ちネームド────推定危険度〝絶滅級〟下位とされる『滅戮の暴意キリングタイラント』であっても。直撃を受ければ、即死は免れないだろう。


 故に【絶壊拳】を人間が脳天に受けようものなら、たちまち為す術もなく、その者の頭部は爆ぜ砕けて散ることだろう。


 ましてや今のクラハのように、何の防御もせずに受けたのなら、それは決して覆しようのない絶対的で決定的な最期みらいとなる──────────






「……あぁ……?」






 路地裏に轟音が響き渡った。それは人の拳が人の頭を殴った音というには、あまりにも大き過ぎた。大きく、分厚く、重く。そして、大雑把過ぎた。


 それは正に、轟音であった。


「お、おお……おぉぉ……」


 ヴェッチャが震えた呻き声を漏らす。少し遅れて、一分程遅れて。そうしてようやっと、彼は今自分が目にしている光景が、決して見間違いなどではなく。ましてや幻覚でもないことを、にじり寄ってくるその痛みと共に理解する。してしまう。


 先程の轟音は確かに人体と人体が衝突した際に発せられた音。何かが爆発した訳でも、巨大な魔物モンスターの咆哮でもない。人の拳が、人の頭を殴った故に発生した音なのだ。


 そしてその轟音の発生源の一つ────即ち、ヴェッチャの拳。【絶壊拳ぜっかいけん】を放つ為に固く握り締めていた彼の拳は、今──────────


「ぉぉぉぉおおおおおおおおッ!?ひょおおおおおおおおッ!?」


 それはもう、酷い有様であった。まるで内側から爆発でも起こしたかのように。皮の殆どが裂け破れ、肉も骨もほぼ全てが吹き飛んでいる。ヴェッチャの拳は、もはや原型を留めていないまでに、破壊し尽くされていた。


 そしてヴェッチャと対峙し、彼の〝絶滅級〟魔物すらも屠る、恐るべき【絶壊拳】の一撃を。自殺行為宛らに【強化ブースト】もせず、何の防御体勢取らずに。その額で以て受けたクラハは────。多少首が後ろにやや倒れたくらいで、頭部は爆ぜ砕け散ってもいないし。額からは血の一滴すらも流れていない。誰がどう見ても、全くの無傷健在であった。


 想像を絶する────などという範疇に収まる訳もなく。今まで生きてきた中で初めて味わう、激痛を超えるその痛みに。どうすることもできず、ただ情けなく悲鳴を撒き散らしながら、ヴェッチャは地面に落下する────直前。


 ゴッ──何ということもない、特に腰も入っていないクラハの拳によってヴェッチャは顔面を殴られた。


「ぺ」


 クラハの拳を顔面で受け止め、ヴェッチャは刹那の一言を最後に漏らし。地面に身体を叩きつけられ、まるでボールのように跳ね。それからまた地面に叩きつけられるが、跳ねることはなくそのまま転がり、やがて独りでに止まる。最初こそ数回身体を痙攣させていたが、その後は微動だにすることもなく。そうして、ヴェッチャ=クーゲルフライデーは完全に沈黙した。


「はっはっは……はぁっはっはっはっはははッ!いやあ流石はブレイズさんの威を借る《S》冒険者ランカーサマだ」


 少し遅れて、今の今まで黙り込んでいたのがまるで嘘だったかのように。完全に怯えて身を竦ませ、真っ青な顔色を晒す固有魔法オリジナルの使い手たる男の隣で。豪快に笑い唾を飛ばしながら、ロンベルがその場から立ち上がり、そしてゆっくりと歩き出す。


「ガローやクライド、ヴェッチャみてえな、似非エセの出来損ない成り損ないの《A》ランクじゃあ相手にもならねえ。てんで話にならねえか。まあ、んなこと最初ハナからとっくのとうにわかり切ってる、承知の上の事実だったがな」


 喉に石礫いしつぶてを受け、気道を潰され失神したガロー。攻撃を繰り出す寸前の隙に、鳩尾を突かれて失神したクライド。自らの一撃が通じず、その上自らに返ってきた衝撃で己の拳を破壊され、終いにはただの拳の一発で失神したヴェッチャ────『大翼の不死鳥フェニシオン』所属の精鋭A冒険者の三人を。地面に倒れて動けないでいる彼らを見下ろし、あらん限りの侮蔑を込めて嘲り笑いながら、ロンベルがそう言う。


「感謝するぜ、クラハ。おかげで奴らを始末するのが楽になった。お礼と言っちゃなんだが……俺に殺されて先に死んでろ、お前」


 ゆっくりと歩き、クラハの目の前に立ち。ロンベルはそう言うや否や、腰に下げた得物────長剣ロングソードの柄を握り。鞘から抜き放ち、大上段に構えて。


「早速バッサリ逝っとけやああああああああァアアアアアアッ!!!!!」


 そして躊躇いなく、遠慮容赦なく。クラハの脳天にその刃を振り下ろす。その速度はクライドの【閃瞬刺突フラッシュスラスト超過刹那オーバーフラッシュ】に並び、。一人握りの選ばれし強者程度には、目に留めることすら叶わない斬撃で。平然と振るわれたその絶技に対して、クラハは。






 バキンッ──まるで目の前を遮った木の枝でも振り払うかのように。半ば投げやりに振るった裏拳で以て、剣身を叩き折るのだった。

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