「……
「ああ、言われなくてもわかってる」
一人は
そしてもう一人は同じく『大翼の不死鳥』に所属する《S》冒険者であり、『夜明けの陽』を纏め率いる
ジョニィとロックス。彼ら二人は身を隠し、息を潜め。そうして気配を殺しながら、自分たち以外には決して聞き取れない声量で会話を続ける。
「誘われてます、よね?俺たち」
「だろうな。くれぐれも慎重にな」
「了解」
そこで二人の会話が終わり。足音一つ立てることなく、彼らは路地裏を進む────視線の先にある、その小さな
今裏路地にいるのはジョニィとロックスの二人だけではない。あともう一人、いる。
少女であった。
こんな寂れた、そしてどのような危険が隠れ潜んでいるかもわからない裏路地に、少女は一体何の用があって訪れたのか。それはきっと、大半の者はわからないだろう────だが、ジョニィとロックスは違う。否、この二人も少女の目的自体は掴めていないのだが……その少女こそ、二人の
こちらのことはとっくのとうに気取られていると理解し、それを前提にして。先を歩く少女を、二人は追う。
そうしてこの路地裏をある程度進んだ、その時────
「ねえ、今からダガーと遊んでくれるんだよねえ?ねえねえ、おじさんたち」
────不意にその場に立ち止まった少女は言いながら、やたら甘ったるい声音でそう言いながら。クルリと、身を翻して。その小さな背中からも見て取れた通りの幼く、あどけない顔と。それに似つかわしくない、
バァンッ──叩き割り砕かんばかりの、凄まじい力と勢いで以て。一枚の写真が、机に叩きつけられる。そして透かさず、怒声が部屋に轟いた。
「許さんッ!俺は許さんぞッ!!決して、絶対にッ!!!」
窓
その彼が一体何故、そのように怒声を張り上げているのか。どうして机上に新聞紙などを叩きつけたのか────その言動と行動の起因は、今彼の目の前に座っていた。
「…………」
憤りを全く隠せずにしまっているベンドに相対していたのは、他の誰でもないロックスであり。彼は今、深く項垂れていた。
「ロックスッ!!何故だッ!?何故、お前は……ッ!」
明らかに様子がおかしいロックスに対し、それでもベンドは容赦なく彼に怒声を浴びせ続け。そして今し方机に叩きつけた写真を指差しながら、涙が滲む血走った目で射殺すように睨めつけながら、彼は叫んだ。
「何故
ベンドが指差したその写真に写っていたものは、一人の男────『夜明けの陽』の隊長、ジョニィ=サンライズ。彼の、変わり果てた姿。
全身の至る所から血を流し、腹部を一段と赤黒く染め、右腕を切り落とされ、喉に赤い一線を引かれた。路地裏の地面に座り込み、壁に背を預け、まるで眠るかのように左目を閉ざす、右目を潰されたジョニィ=サンライズの────あまりにも壮絶で惨たらしい、彼の死に様であった。
「……すまない。全部、俺の所為だ……」
慕っていた隊長の、一番身近にいた頼れる男の。目を背けたい最期を目の当たりにしながら、ロックスは項垂れたままに。力が込められていない、まるで生気が感じられない声で、呻くようにそう言い。そんな有様の彼の言葉が、更にベンドの憤怒の烈火に油を注ぎ入れた。
「貴様ァッ!!」
グッ──激昂の咆哮を唾と共にその口から迸らせ、身を乗り出し。尋常ではない、鬼のような形相でベンドはロックスに掴みかかる。
「言いたいことはそれだけか!?それしか言えないのかァアッ!?」
聞く者の鼓膜を
そうしてようやく、ロックスは。今の今まで俯かせていたその顔を、ゆっくりと上げさせた。
「俺じゃどうにもならなかった……俺じゃあ、駄目だったんだ……」
そう弱々しく呟くロックスの顔は、虚で。その瞳は深く昏い悲嘆と絶望に囚われていた。
もはや誰の目から見ても、今のロックスがまともな反応をできないことは容易に見て取れて。そしてそんな状態であるにも関わらずこれ以上彼を責めるのは酷であると、きっと誰もがそう考え、自ずと手を引くだろう────今彼の胸倉を掴んでいる、ベンドを除けば。
怒りのあまり冷静さを欠き、錯乱にも近い勢いで取り乱すベンドに。今や、引くという選択肢はもう微塵も浮かばず。彼は空いている右手を握り締め、振り上げる────
「ベンドッ!!!」
────その寸前で、今の今まで押し黙っていた、彼女に────セイラ=ネルリィアに名を叫ばれ。瞬間、ベンドは固く、血が滲み滴る程強烈に握り締めたその拳を振り上げた姿勢のまま、止まるのだった。
部屋が、先程までの喧騒がまるで嘘だったかのように静まり返る。唐突に、しかしようやっと訪れた静寂を崩さぬように、
「もういい加減にするんだよ」
そして堰を切ったように、セイラは喋り出すのだった。
「
あくまでも、セイラの声は静かだった。憤らずにはいられず、そして
「私に故人の気持ち云々なんて知る術はないし、それを誰かに伝える資格も持ち合わせてない。でも、これだけは断言できる」
静かに、けれどベンドとロックスの二人には、一言一句間違うことなくはっきりと聞こえるように、セイラは言った。
「
それは数秒だったか、それとも数十秒か。はたまた、数分だったのか。定かではない時間の間に流れたその沈黙は、重苦しいもので。
「……そうだな」
それを先に破ったのは、やはりというべきか、ベンドであった。彼はそう言うや否や、掴んでいたロックスの胸倉から手を離す。
「俺は今日限りで『夜明けの陽』を抜ける」
そして一切躊躇うことなく、ロックスとセイラにそう言い放ち。二人に背を向け、この部屋の扉へと向かうのだった。
ベンドが去り、二人きりとなった部屋で。何も言えず、その口を閉ざすロックスに、やがてセイラが言葉をかける。
「
「……」
長い沈黙を経てから、ようやくロックスは口を開かせた。
「姐さんのことを頼む、って」
ロックスの────ジョニィ=サンライズ最後の言葉を聞き。セイラはゆっくりと瞳を閉じ、再びゆっくりと開き。
「そっか」
と、呟き。そしてセイラは
「個人で探れるだけ探ってみる。ベンドだって、きっとそうするんだよ。だから、休めるだけ休んだらロックスも……お願いするんだよ」
そうしてセイラもまた、この部屋から去るのだった。
「……すまない。ベンド、セイラ。……すみません、メルネの姐さん、ジョニィの兄貴……もっと、俺がもっと…………ッ」
「────さん、ロックスさん!」
こちらの鼓膜を震わし、耳朶を打つその声に。ロックス=ガンヴィルの意識は呼び戻され。それと同時に、彼は自分はいつの間にか寝落ちてしまっていたことを知る。
「ん、あぁ……悪い、悪い……今起きる」
と、未だはっきりとしない意識の最中で、まだ微睡みが抜け切らない声でそう言いながら、ロックスは己の顔を覆い視界を遮る一枚の新聞紙を手に取る。
──うお、眩し……。
今の今まで闇に浸されていた視界は、普段よりもずっと過剰に光を取り込み。結果、目に映るもの全てが白んでしまい、黒か白か違うだけで結局、何も見えないでしまっている。
しかしそれも最初の数秒のことだけであって、やがて光に慣れたロックスの視界は、白以外の色も映し始める。
「その、大丈夫ですか……?」
燃え盛る紅蓮の如く赤い髪に、煌めき輝く紅玉の瞳。とっくの昔から見慣れているそれらに続くのは。今までに一度だって見たことのない、こちらを不安げに窺い心配するその表情────それをこうして改めて目の当たりにしたロックスは、堪らず動揺してしまう。
「平気だ。最近、ちょっとばかり眠りの質が悪くてな……こんなところですっかり寝入っちまった」
しかし、その動揺を
「そ、そうなんですか?……えっと、私に何かできることがあれば、言ってください」
「いや、いい。大丈夫だ。心配させて悪かったな」
こちらの身を案じてくれるその気持ちは受け取りつつ、やんわりと提案を断って、ロックスは椅子から立ち上がる。
「あー、それとだな。別に、俺のことは呼び捨てで構わねえぞ」
「えっ?いや、でも……その」
「てかそうしてくれると正直助かる。他の奴からならともかく、お前にさん付けされると、どうにもむず痒くて敵わん」
と、ロックスは言うのだった────
「わ、わかりました。ロックスさ……ロックス」
────戸惑い躊躇う『