けれど、この刺激療法の具体的な内容を聞けば、きっと誰しもがそう思うことだろう。そう思わざるを得ないだろう。
何せ刺激を与えるといっても、それは誤魔化した言い方であり。その実態は────
そして
「確かに、今のラグナ=アルティ=ブレイズは一般的な知識や常識以外の……そうね。これまでの人生で見て触れて、出会って接してきた全ての記憶を失っている。無論、自分のことも含めてね。それはきっと、間違いないはず」
と、今までにない程の真剣な声音でミザリーはそう言って。そこで言葉を区切り、陰鬱としたやるせない表情を浮かべ、彼女が再度その口を開かせ────
「でも、私が考えるに……
────と、この度し難い現状と今し方述べた己の意見を、ミザリーは真っ向から否定するのだった。
「
依然として浮かべているそのやるせない表情に憐憫の色を混ぜながら、ミザリーが言う。
「例え本人にその覚えがなくとも、そんな自覚がなくたって。きっと心には……そうなった
そして彼女は更にこう続ける。
「
そこで具体的な方法をはっきりとは言わず、言葉足らずに留めたのは。恐らく、ミザリーなりの気遣いだったのだろう。或いは、憚られたのか。どちらにせよその真意は、彼女のみぞ知ることである。
「教えたからには当然、私も責任の一端は担うつもり。だからこそ、これだけは言っておくけど」
改まった様子でそう言い、まるで試すような眼差しをこちらに向けながら。
「刺激を与える、なんて取り繕った言い方でしかない。正直なところこれは傷痕を……抉って
と、ミザリーはそう言うのだった。
「……重々、それだけは留意しておいて頂戴ね」
そして少しの沈黙を挟んでから、彼女はそんな忠告を最後に残した。
「伏せましょう。もうこれ以上、ラグナには負担なんてかけさせたくない。少しでも、絶対に」
そうして、『
その日から話題にすることはもちろん、その名を口にすることすらも、固く禁じられるのであった。
「クラハのことも、憶えていないの?」
全てはこの為だった。
『伏せましょう。もうこれ以上、ラグナには負担なんてかけさせたくない。少しでも、絶対に』
そう、何もかも、全てはこの為に。この日この時の、この瞬間の為だけに。その為だけに。
こちらの真意を見透かそうと訝しむロックスと、見透かした上で試そうとしたのだろうグィンの二人に、伏せることを提案し。
『
終ぞ最後まで、ラグナが自分から言わなかったことを踏まえて。
そこまでしてようやっと、ミザリー=エスターから
遂に、メルネは口にした。誰よりも気をつけ、誰よりも気をかけ。
そして誰しもを制していた、他ならぬ彼女自ら。
『それであの子の記憶が戻るのか、それとも取り返しのつかないことになるのか……医者として情けない話だけど、それは私にも全くわからないし、予想もできない』
という、ミザリーの案じた言葉を一言一句違わず、如実に覚えている上で。
『……重々、それだけは留意しておいて頂戴ね』
という、ミザリーの忠告を覚えておきながら──────────メルネはラグナの前で、その名前を口にした。
──お願い……。
正直に白状してしまえば、生きた心地がしなかった。どうしようもない不安と恐怖に絶えず駆られ、堪らず顔が引き攣りそうになってしまうのを、必死に抑えて平常を装うことに心血を注ぎながら。
──お願い……!
メルネは待つ。クラハの名前を聞いた、ラグナからの返答を。その名前を聞いてから、呆然とした表情を浮かべ固まるラグナからの言葉を。
──お願い……ッ!
「…………ごめん、なさい。私、やっぱり、何も……」
そうして数秒の沈黙を経てから、呆然としていたその表情を申し訳なさそうに変化させたラグナが、そう言葉を零すのだった。
──……やった……?やった…………!?
途端、メルネの胸中から不安や恐怖が吹き飛び。それにより生じた穴と隙間を埋めるかのように、底知れない歓喜の感情が際限なく噴き出し、彼女の中で狂わんばかりに暴れ回る。先程まで引き攣りそうになっていた顔が、今度は綻び緩みそうになってしまう。
──
喉から手が出る程までに激しく欲していたその
「本当に……本当に嫌になっちゃいますね。でも、一体どうしてなんでしょう」
────寸前、ラグナが。自己嫌悪に陥りながらも、何故か、何処か不思議そうな声を先に出し。
「その名前、
続けて、そう言うのだった。