「姐さん!?」
驚き焦るロックスさんの声を聞きながら、突き飛ばされた僕はそのまま、石畳の上に倒される。
ドスンッ──直後、僕の下腹部にメルネさんは腰を落とし、両の太腿で僕の腰を挟み込み。そうして彼女は流れるように、僕に馬乗りになるのだった。
僕を押さえる為に全体重をかけながら、メルネさんは僕の胸倉を掴み上げると。互いの吐息が鼻先にかかり合う程の距離にまで、僕の顔を引き寄せ。
「遠回しに言ってもわかんない!?お前にラグナと会う資格なんか、ないんだよッ!!」
そして鬼気迫る憤怒の形相で、こちらの鼓膜を破り裂かんまでの声量で、メルネさんは叫んだ。
「今更過ぎない?ねえ?どうしてこうなるまで会いに来れなかったの?どうしてこんなことになってからそれを言い出すの!?ねえッ!!」
「……」
すみません────口から出かけたその言葉を飲み込む。僕にはもう、謝罪をする資格すらないのだから。
──だけど、これだけは譲れない。
「メルネさん。貴女に何を言われようと、僕の意思は変わらない。変えるつもりなんて、毛頭ない」
濁して誤魔化すことなく、僕がそう言うと。僕の胸倉を掴むメルネさんの手に、更に力が込められた。
「それは大層御立派な意思表示ね。じゃあ私もそれに
『資格なんているの?』
メルネさんの言葉を聞き、脳裏でその言葉を過ぎらせて。僕は息を深く吸い込み、吐き出し────
「ラグナ先輩と会うのに資格なんて要らない!!僕は会いたいから、先輩に会うんだッ!!」
────躊躇わずに、そう言い切った。
僕とメルネさんの間で静寂が流れる。彼女は愕然とした表情で、固まり。そして数秒が過ぎると、それは真顔になった。
「ナマ吐いてんじゃねえぞ、このクソガキ……」
初めて耳にするその低い声音で、僕は認識させられる。今この瞬間、自分の目の前にいるのは『
第三期『六険』序列二位の
──っ……。
あまりにも濃過ぎる怒りと殺意に、僕はたじろぎ怯んでしまいそうになる。が、ここで退く訳にはいかない。何がなんでも、絶対に退かない。
互いを互いに無言で見据え合い────再び、先に口を開いたのはメルネさんの方だった。
「言いなさい」
その声はもう、冒険者から受付嬢に戻っていた。
「何でラグナに、あんなことしたの。何を考えて、貴方はあんなことを言ったり、したの」
今し方までの、激しさ極まる荒れようが、まるで嘘だったかのように。弱々しく、そして痛々しく震える声で、追い縋るように僕に訊ねるメルネさん。
「それは……」
僕は答えようとした。けれど、やはり直前で言い淀んでしまう。口に出すことを、憚られてしまう。
「……怖かった、からです」
だがしかし、それでも僕は意を決して口にした。そしてメルネさんとロックスさんに、全てを話した。
二人は僕の話を静かに聞いていた。僕が話を終えても、二人は共に揃って口を噤んだままで、開こうとはしなかった。
「……色々」
そうしてこの場にいる三人の沈黙による静寂は数分と続いて、先に再び口を開いたのは、メルネさんだった。彼女の声は、濡れていた。
「私やロックス、
瞳から溢れ出す涙を零しながら、僕から顔を逸らさず、はっきりと────
「どうしてそれをラグナに言わなかったの……っ」
────そう、言うのだった。その言葉に対して、僕はすぐには答えられず。一呼吸して、ようやっと答える。
「知られたくなかった」
その時、一体僕はどんな表情をしていたのだろうか。きっと、声と同じで。情けないものだったに違いないだろう。
「あの女の子がラグナ先輩だって、先輩は女の子になってしまったって、認めたくない自分がいるくせに……知られたくなかったんです。あの子には……ラグナ先輩にだけは、絶対に」
自己矛盾だらけの言葉に、我ながら反吐が出そうになる。が、それを無視して僕は続ける。
「夢の中でクラハに殺されたんだ、夢の中でクラハは殺したんだ。……そう、先輩には思われたくなくて。だから、僕は「それでも」
僕の見苦しくて、身勝手な言い訳を遮って。メルネさんが、僕に言う。
「それでも、貴方はラグナに言うべきだった」
メルネさんの声の震えは、もう止まっていた。
「ええ、そうね。知られたくないわよね。私だって、そんなこと知られたくない」
依然として涙を流しながら、メルネさんは僕に訊ねる。
「でも、それを聞いてラグナが貴方のことを、嫌いになると思う?」
その問いかけに、僕が答える間もなく。
「ならないわよッ!ましてや、貴方なのよ!?クラハ!!」
胸倉を掴む手に一層力を込めながら、メルネさんが悲痛にそう泣き叫ぶのだった。
「ラグナならきっと、それがどうしたんだって、そう言って。笑って、流してくれた……そして貴方のことを心の底から心配したはずよ」
……僕はもう、何も言えないでいた。言える気がしなかった。
「なのに、貴方は何をやってるの?守りたいって言っておいて、殺すよりも酷い仕打ち、ラグナにしちゃってるじゃない……っ!」
ただ、メルネさんの瞳から絶え間なく流れるその涙を、見つめることしかできなかった。
もはや何度目かの沈黙。今までと違う点を強いて挙げるとするなら、メルネさんの咽ぶ声が僅かに聞こえること。
今まで一番重苦しい、辛い沈黙の最中。徐に、メルネさんが腰を浮かし。そのまま、立ち上がった。
「責任」
と、至極真剣な表情と声音で。涙を流し過ぎてすっかり赤く腫れた目で、僕を見下ろしながら。一言、メルネさんはそう呟く。
その呟きに対して僕が困惑の声を上げる前に、メルネさんが言う。
「一人の男として、責任を取りなさい」
メルネさんの言葉は、僕にとっては寝耳に水なことで。思わず呆気に取られて固まってしまっていると。
「聞こえねえのかッ!?クラハ=ウインドアッ!!」
「は、はいっ!聞こえてます!」
メルネさんが叫び、僕は慌てて返事をして立ち上がる。彼女は相変わらず僕のことを睨みつけていたが、やがて仕方なさに目を閉じ、僕に告げる。
「任せたから」
それを聞いて、僕は思わず安堵しかけてしまいそうになった。何故ならば、その声音は────耳に馴染んだ、
「……はい!!」
もうこれ以上の会話は必要なかった。その場を振り返り、僕は駆け出す。
『お前の先輩ちゃんと教会で待ってるぜぇ!?ヒャハハァッ!』
目指す先は教会。そこで今夜、決着をつける────全部、終わらせる。