逃走ロワイアル。マルテレビが誇る国民的バラエティ番組として、長年愛されてきたこのゲームは、シンプルかつスリリングだ。ハンターである「ハンティングマン」から制限時間まで逃げ切れば、逃走成功となり、豪華賞金を手にできる。ハンティングマンはスーツにサングラス、特殊マスクという異様な出で立ちで、視聴者に強烈な印象を与える存在だ。
参加者には、人気タレントの
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ところが、ある大晦日の生放送で、衝撃的な事件が起こった。
小学生の参加者、
驚くべきことに、番組はそんな惨劇を無視するかのように放送を続行。視聴者からのクレームが殺到し、一時は放送休止に追い込まれたが、結局、番組は突如打ち切りという結末を迎えた。
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翌日、打ち切りのニュースはSNSを通じて瞬く間に広がった。ファンの間では驚きと悲しみが渦巻いた。
「まさか逃走ロワイアルが打ち切りになるなんて……」
「無理もないよ。大晦日に悪鬼の襲撃があったのに、放送を続けたんだから。撮影を止めていれば、こんなことには……」
「マジかよ……早く復活してほしい!」
打ち切りを惜しむ声、批判する声、復活を願う声――さまざまな感情が交錯する中、誰もが番組の未来に思いを馳せていた。
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数ヶ月後、謎の人物の手によって、逃走ロワイアルが再始動するという衝撃の発表がなされた。ファンは歓喜に沸き、誰もが放送開始の瞬間を待ちわびた。
かつて参加者だったヒカリも、再始動に胸を躍らせていた。この日、彼女は自宅のリビングでテレビの前に陣取り、番組のスタートを今か今かと待っていた。
「いよいよ始まるみたいね……さて、どんなのかしら……って、え、なにこれ!?」
テレビに映し出された光景に、ヒカリは目を疑った。
参加者は囚人、貧乏人、一般人ばかりで、芸能界からの参加者はわずか二人――売れない芸人と崖っぷちアイドルだ。果たして彼らは「芸能人枠」と呼べるのか、ヒカリは首をかしげた。
舞台は無人島。島全体から漂う不穏な空気は、まるで何かを予感させるようだった。
(芸能人は二人だけ。参加者は全部で二十人、後は一般人か……このゲーム、なんか裏がありそうね……)
ヒカリがそう考えを巡らせていると、突如、バニーガールの女性が画面に登場した。髪は青いロングヘアで、スタイルも抜群となっている。年齢は20代ぐらいだ。
『さあ、皆様! 只今より新しく生まれ変わった「逃走ロワイアル」、今、ここに開幕です! 司会は私、ユキコがお送りします!』
ユキコと名乗るその女性は、開会宣言と共に自己紹介を済ませた。参加者たちは歓声を上げ、興奮に沸く者もいれば、冷ややかな目でゲームの開始を待つ者もいた。
『さて、ルールについてですが、従来の逃走ロワイアルと同じです。ハンティングマンから逃げ切れば、逃走成功で賞金獲得。さらに、ミッションをクリアすることで賞金額がアップします!』
(ふう、前と同じルールなら安心ね)
ヒカリは胸をなでおろした。ルールが変わっていたら、混乱を招くだけだ。
だが、ユキコは意味深に右目でウィンクし、指を振った。
『し、か、し? 今回からハンティングマンは戦闘兵器に進化! 捕まったら即殺されます!』
「ええっ!?」
ヒカリは思わず声を上げた。ハンティングマンが殺戮マシンと化し、捕まれば即死――そんな過酷なルールに、彼女は愕然とした。
テレビに映る参加者たちも顔を青ざめさせ、冷や汗を流しながら不安に震えている。
『以前の逃走ロワイアルは緊迫感が足りない、逃げるだけではつまらない、という声がありました。そこで、プロデューサーがスリルを極限まで高めるため、ハンティングマシンを強化したのです!』
ユキコの説明に、ヒカリは納得しつつも背筋が凍った。自分が参加していたら、間違いなく殺されていただろう。そんなゲームに誰が参加したいと思うのか。
『ちなみに……島に設置された自首ボックスで自首するか、各海岸のボートで脱出すれば、その時点で獲得した賞金がもらえます! ただし、自首するごとにハンティングマシンが一人増えるので、要注意ですよ!』
(ハンティングマシン以外は前と同じルールか……みんな、大丈夫かな……)
ヒカリは心配そうにテレビを見つめた。参加者の中には不安に押しつぶされそうな者もいれば、闘志を燃やす者もいる。
そして、二十人の参加者が一斉に動き出し、新生「逃走ロワイアル」が幕を開けた。
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『がはっ! 俺はまだ……』
『畜生……!』
その先は、まさに地獄絵図だった。
参加者たちは次々とハンティングマンに捕まり、容赦なく命を奪われていく。刀で斬られ、ナイフで刺され、電流で焼き尽くされる――非情な殺戮の連続に、視聴者の恐怖と興奮は頂点に達した。
新しく生まれ変わった逃走ロワイアルは、もはや笑顔のバラエティ番組ではなかった。それは、命を賭けた残酷なデスゲームへと変貌していたのだ。
『殆どがやられて残りは一人! 制限時間はあと3分!』
ユキコの実況が響く中、アイドルの女性が素早く海岸へと向かう姿が映し出された。彼女が唯一の生き残りであり、早くこの場から脱出しようと駆け出していた。
海岸に辿り着いたアイドルの女性は、すぐにボートに乗り込み、そのままエンジンを作動させる。するとボートは自動で動き出し、島から物凄いスピードで脱出することに成功したのだ。
『おっと! アイドルの
ユキコの実況が響く中、清宮が安堵の表情でボートに乗り込んでいる姿が映し出された。彼女はこのゲームで唯一の生存者となり、他の参加者は全員死亡という凄惨な結果に終わった。
『新しく生まれ変わった逃走ロワイアル、いかがでしたか? 今後も放送を続けますので、ぜひお楽しみに!』
ユキコが一礼して締めくくると、番組は唐突に終了した。
ヒカリは怒りに震え、目から涙が溢れた。誰もが楽しみにしていた番組が、恐怖と死に彩られた怪物に成り果てていた。彼女が心の底から怒りを覚えるのも無理はない。
「こんなの……逃走ロワイアルなんかじゃない……異常すぎる……」
ヒカリは嗚咽を漏らしながら、ただテレビ画面を見つめるしかなかった。無力感と悔しさに苛まれながら。
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その頃、海上に浮かぶ豪華客船のとある部屋では、二人の男が会話を交わしていた。一人は紳士服に身を包んだバルタール、もう一人は貴族風の装いのグレゴリウスだ。彼らは地球出身ではない事が明らかになっているが、何処の世界から来たのかは不明である。
「バルタール、今回のゲームは面白かった。恐怖の演出がたまらなかったぞ」
「いえいえ、グレゴリウス様。今回はまだ序の口です。アイドルを逃がしたのは、せめて一人くらい生き残ってほしいという願いでしたので」
バルタールの言葉に、グレゴリウスは満足げに頷いた。清宮ただ一人が生き残った展開も、彼にとっては十分に楽しめるものだった。
「なるほど。それはそれでいいとして……次の大会は5月頃だな。そろそろ“あいつ”を投入すべきじゃないか?」
「ああ、あの黒猫ですね。せっかくですから、客寄せパンダとして参加させましょう!」
グレゴリウスの提案にバルタールも賛同し、二人は高笑いを響かせた。この策略が後にどんな破滅を招くのか、彼らはまだ知る由もなかった。
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一方、客船の別の部屋。そこでは、黒猫獣人の女性が足枷をはめられ、座り込んでいた。彼女は黒い胸当てサイズの袖なしチャイナ服と、片方の裾を大胆に切り落とした黒いジーンズを身にまとっている。
「いい気になってるなんて、大間違いだよ。私の手でアンタたちを終わらせてやる」
女性は天井を見上げ、決意に満ちた目でそう呟く。その瞬間、逃走ロワイアルの新たな戦いの幕が、静かに上がろうとしていた。