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第2話 ゲームスタート

 地下へと続くエレベーターの薄暗い空間に、金属の軋む音が響く。バルタールと黒猫の獣人女性の姿がそこにあった。二人の間に漂う空気は重く、まるで嵐の前の静けさのようだ。バルタールの鋭い視線が女性を捉えるが、彼女は無関心に爪を眺めている。


「良いか? お前は我々によってスカウトされ、客寄せパンダとなる存在だ。ゲームを盛り上げる事を考えろ。クリアしなくても良いからな」


 バルタールの声は低く、威圧的だ。しかし、女性はニヤリと笑い、彼の言葉を鼻で笑うかのように目を細める。彼女の瞳には、従順さの欠片もない。


「ゲームのやり方については私の勝手だ。邪魔をするなら容赦しない。それだけだ」


 その言葉は刃のように鋭く、エレベーター内に冷たい緊張が走る。その直後、「ガコン」という音とともにエレベーターが地下に到着した。

 地下へ通じる扉が開くと、女性は一瞬も振り返らずにバルタールから離れ、参加者専用のゲートへと向かう。彼女の背中には、死地へ赴く者特有の覚悟が漂っていた。


 ※


「さあ、いよいよ始まります! 第二回新生逃走ロワイアル! 最後の逃走者はこの方! 異世界ハルヴァスからの若きブラックキャット。サヤカ!」


 ユキコの甲高い声が地下のアリーナに響き、観客席からの歓声が天井を揺らす。

 ゲートから現れたサヤカは、黒いロングヘアに映える鋭い黒色の瞳で会場を見据える。その堂々とした歩みは、まるで戦場を支配する女王のようだ。彼女の心は既に決まっている――どんな代償を払おうと、最後まで生き残るのみだ。


「さて、ルールは前回と同じですが、自首方法は自主ボックスだけでなく、脱出ゲートを通れば自首成功です! 更に! 以前の逃走成功は賞金でしたが、今回から願いを叶える事に変更しました! どんな願いでも成功できれば、夢のパラダイスが待っているぞ!」


 ユキコの言葉に、参加者たちの間にざわめきが広がる。願いを叶える――その言葉は、絶望的なゲームに一筋の光を投じるものだ。お金だけでなく、就職したり、社長に昇進したり、目標の夢があったりと様々。まさに千載一遇のチャンスとしか言えないだろう。

 しかし、すぐにユキコの声が冷酷な現実を突きつける。


「し・か・し……捕まったら即死という悲惨な結末になってしまう! 生きるか死ぬかはこいつらの行動次第となります! さあ、今回の20名の参加者はこいつらだ!」


 巨大なモニターに映し出された20名の名簿。ホームレス、子役、囚人、軍人、会社員、小学生、上流階級、そして異世界の獣人――あまりにも多様な顔ぶれだ。

 特に芸能界枠の4名のうち3名が小学生という事実は、観客の間で議論を呼んでいた。しかし、運営の鉄の掟に異議を唱える者は誰もいない。逆らったら殺される事を常に覚悟していて、ルールに沿って行動しないといけないからだ。

 有力候補は、経験者の橘ヒカリ、軍人の繁田隼人、上流階級の小笠原エリカ、そしてサヤカの4名。他の参加者は実力不足だが、知略と策略が勝負の鍵を握るだろう。


「次にステージについて説明します。今回のステージは地下のシティゾーンとなっています。壁や段差もありますが、皆さんが障害物を工夫してどう生き残るかがポイントとなります!」


 ユキコの説明に、参加者たちは頷くが、サヤカだけは退屈そうに欠伸をしていた。彼女の態度は、まるでこのゲームが遊びの延長であるかのようだ。しかし、その瞳の奥には、燃えるような闘志が潜んでいる。


「更に……勇気ある者はハンティングマンに反撃するのもOKです! 命の保証はありませんが、倒せたらゲームが楽になるのは確実です!」

(反撃OKか……だったら確実に壊しても文句は言えないよな? 私は私の好きにするからな……)


 サヤカの唇がわずかに歪む。彼女はハンティングマンを叩き潰すことで、これまでの屈辱を晴らすつもりだ。腕を鳴らし、彼女の心は獰猛な獣のようにうなる。明らかに危険な行為と言えるが、誰が何を言おうとも止められないのは当然である。


「さあ、いよいよゲームの幕が開きます! 果たして生き残るのは誰なのか? 逃走成功者は出てくるのか?」


 ユキコの声が会場を震撼させ、視聴者の興奮が頂点に達する。逃走ロワイアルの幕が、今、上がろうとしていた。


 ※


(まさか私もこのゲームに参加するなんてね……運が悪いとしか言いようがないな……)


 ヒカリは、薄暗いシティゾーンの路地で周囲を警戒しながら呟く。彼女の赤いマイクロビキニとカーゴパンツは、戦場には不釣り合いとなっている。しかし、その瞳は鋭く光っていて、十分な闘志が心の中で秘められていた。


(それにしても子供まで参加させるのはどうかと思うけど……やるからには生き残らないと!)


 子供たちの参加に一瞬心が揺れるが、ヒカリはすぐに気持ちを切り替える。今回のステージは、罠こそないが、強化されたハンティングマンが徘徊する死の迷宮だ。油断すれば即座に命を奪われる。


「では、全員散開してください!」


 ユキコの合図とともに、参加者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。カウントダウンが始まり、10秒の静寂が会場を包む。ヒカリは息を整え、サヤカは爪を研ぎながら、それぞれの決意を胸に刻む。


(必ず生き残ってみせる……それがたとえどんな困難があろうとも……)

(ここまでやられた分、やり返すのみだ。邪魔する奴はどんな相手であろうとも……)

「第二回逃走ロワイアル、ゲームスタート! 制限時間は二時間となる中、今回生き残る奴らがいるのか!? それとも全員死亡の悲惨な結末か!? お前ら、盛り上げていこう!」


 ユキコの叫び声と同時に、ハンティングマンの重い足音がシティゾーンに響き渡る。3体の機械仕掛けの殺戮者が、冷酷な目で獲物を狙いながら歩き始める。視聴者のコメントがモニターに溢れ、観客たちの歓声が響き渡る。彼らによる興奮と恐怖が会場を支配していた。


 ※


「さてさて……今回は芸能人枠を四名に増やしたが、子供には少し恐怖を与えておくとしよう。今の子供はゆとり教育によって、変な子供が続出している。調子に乗るとどうなってしまうのか、存分に思い知らせてやらないと……」


 バルタールは薄暗い制御室で、モニターに映る参加者たちを見ながら不気味に笑う。因みに彼は子供たちの教育に対しては厳しく、今の教育はよくないと感じていた。そこで四人の子供たちをこの逃走ロワイアルに参加させ、現在の教育の愚かさを見せつけようとしているのだ。

 そこにモニターの画面が切り替わり、グレゴリウスの顔が映し出された。


「おお。グレゴリウス様」

『バルタール、いよいよ第二回の逃走ロワイアルが始まるな。今回の戦いはそう簡単に行くと思ったら大間違いだ』

「ええ。あの捕虜であるサヤカが何かを仕出かすか不安ですからね……客寄せパンダとして捕まえましたが、恐らく私を殺すつもりでいるでしょう」


 バルタールの声にはほのかな不安が滲み、グレゴリウスも真剣な表情で納得の表情をする。

 サヤカは異世界ハルヴァス出身の獣人であり、彼の策略によって捕らえられた過去を持つ。その復讐心は制御室の空気さえ凍らせるほどで、今回の逃走ロワイアルでバルタールを殺すだけでなく、この大会をぶち壊そうと企んでいるに違いない。


『その可能性は高いと言える。だが、私にできる事はお前が無事である事を祈るしか無い。番組を盛り上げる為にも……健闘を祈るぞ』

「はい。必ず番組を盛り上げ、無事に帰る事を誓います……」


 グレゴリウスからの通信が切れると、バルタールは椅子に深く腰掛け、キーボードに手を置く。彼の指が素早く動き、モニターに新たな指令が映し出される。


(奴なら必ず報復しに来るが、現在の逃走ロワイアルはそうはいかない……その恐ろしさを彼女に教えておかないとな……)


 バルタールの目が、冷酷な光を帯びる。サヤカを排除し、番組を成功させるため、彼はあらゆる手段を講じるつもりだ。


 ※


 シティゾーンでは逃走者たちとハンティングマンの足音が響き合い、観客たちもハラハラの状態で見守っていく。血と策略のゲームが本格的に始まった――。

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