ゲーム開始からわずか二分、地下のシティゾーンはすでに戦場と化していた。薄暗い街並みに響くサイレン、点滅するネオン、逃走者たちの荒い息遣い。20名の逃走者に脱落者はいないが、誰もが背後に迫る死の気配を感じていた。だが、その中でただ一人、黒猫の獣人女性・サヤカだけが異様な冷静さを保ち、鋭い眼光で獲物を探していた。
「さーてと、ハンティングマンは何処にいるんだ?」
サヤカの声は低く、まるで狩りの前の獣のよう。黒い瞳がギラリと光り、キョロキョロと周囲を睨む。その姿が巨大モニターに映し出され、観客席と視聴者の間に戦慄が走る。
「お、おい……普通なら逃げるだろ! コイツ、完全にイカれてるぞ!」
「ハンティングマンを倒す? 無謀すぎるって!」
「頼む、サヤカ! 命を無駄にするな!」
観客の叫び声、視聴者のコメント欄はサヤカへの警告と恐怖で溢れ返る。彼女の行動は常軌を逸しており、誰もがその無謀さに息を呑んでいた。
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薄暗い制御室では、主催者バルタールがモニターを睨みつけ、怒りで顔を歪めていた。サヤカはただの客寄せパンダのはずだった。それが今、ゲームの根幹を揺さぶる脅威に変貌している。歯ぎしりしながら、バルタールは低く唸る。
「奴がゲームをぶち壊そうというなら、こっちも容赦はしない。第一のミッションで地獄を見せてやる……!」
クククと不気味に笑いながら、彼の指がキーボードを叩く。第一ミッション発動まであと八分。サヤカの暴走を止めるため、バルタールの策略が静かに動き始めていた。
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シティゾーンの一角では、逃走者の一人・ヒカリが息を殺して廃墟の影に身を潜めていた。心臓の鼓動が耳に響く。今回の逃走ロワイアルは過去のゲームとは違う。捕まれば即座に死が待つ、極限のサバイバルだ。
(見つかったら死ぬ……! 何とか逃げなきゃ……!)
ヒカリが震える手で壁を掴んだ瞬間、金属の擦れる不気味な足音が近づいてくる。ハンティングマンだ。彼女は咄嗟に建物の隙間に滑り込み、息を止めてしゃがみ込む。冷や汗が頬を伝う。ハンティングマンは無機質なセンサーで周囲をスキャンし、ゆっくりとその場を去っていく。
(良かった……でも、油断したら終わり……! 急いで駆け出さないと!)
安堵の息をつきながら、ヒカリは立ち上がる。ハンティングマンは三体。いつどこから襲ってくるか分からない。彼女の視界に、突如、黒い影が飛び込んできた。
「まいったな……一体奴らは何処にいるんだよ……ん?」
目の前に現れたのはサヤカだった。黒猫の獣人女性は、鋭い目で周囲を睨みながらハンティングマンを探している。見つからない苛立ちからか、頭をガリガリと掻いている。
「あれ? あなたって確か……ハルヴァスから来たサヤカなの?」
「ああ。そうだが……ハンティングマンは何処にいるんだ?」
ヒカリの質問にサヤカは短く頷き、逆に質問を投げ返す。彼女の目は復讐の炎で燃えていた。ハンティングマン全員を叩き潰し、このゲームを破壊する。それが彼女の決意だった。
「ハンティングマンなら、あそこの通りをまっすぐ歩いたけど……あなた、まさか本気で倒そうとしてるの!?」
ヒカリは情報を伝えた直後、サヤカの無謀な計画に目を丸くする。返り討ちにされる可能性が高いが、サヤカはニヤリと笑うだけだ。
「ああ。アンタからすれば無謀かもな。だが、私は奴らを倒すと決めたんだ」
「いやいや、ちょっと待って! いくらなんでも無謀過ぎるし、普通はあり得ないから! 人の話を聞きなさい!」
サヤカはヒカリの制止を無視し、ハンティングマンがいる通りへ疾風のように駆け出す。ヒカリも慌てて後を追い、叫びながら走り出した。
その瞬間、背後で重々しい足音が響く。一体のハンティングマンが振り向き、サヤカとヒカリをロックオン。無機質な赤い眼光が点滅し、彼女たちを追って全力疾走を開始した。
「おーっと! 最初に狙われたのはサヤカとヒカリの二人! このままじゃ捕まるぞ!」
「キャッ!」
ヒカリは悲鳴を上げて逃げ出すが、サヤカは動かない。いや、動くどころか、彼女は中国拳法の構えを取り、背中から闘志部分に闘志のオーラが燃え上がる。獲物を狙う猛獣のような目でハンティングマンを睨みつける。
ハンティングマンも即座に対応。右腕がガチャリと変形し、ガンアームが現れる。この殺戮機械はガンアームだけでなく、ソードアームやチェーンソウアームまで搭載。過去の逃走ロワイアルでは、これらの武器で無数の逃走者を葬ってきた。
「ハンティングマン、戦闘モード移行! サヤカはこいつをどう迎え撃つのか? 返り討ち確定のパターンだ!」
実況のユキコの声が会場に響き、観客席は恐怖と興奮の叫び声で沸き立つ。誰もがサヤカの死を覚悟したが、一部は彼女の無謀な勇気に祈りを捧げていた。
しかし当の本人はニヤリと笑っていて、ハンティングマンをギロリと睨みつけていた。
「誰が返り討ちに遭うかって? 私はここで倒れる女じゃないからな。行くぜ!」
サヤカの声が雷鳴のように轟く。闘志のオーラが濃密に渦巻き、彼女の全身を包む。ハンティングマンのガンアームが火を噴き、光弾が空気を切り裂いて襲い来る。地下のシティゾーンが光の軌跡で照らされ、観客席からは悲鳴と歓声が爆発する。
「来いよ! 本格的にやらなきゃつまんねえからな!」
サヤカは獣の咆哮を上げ、猫のような敏捷さで光弾を回避。右に跳び、左に滑り、地面を蹴って宙を舞う。光弾は彼女の残像を貫き、背後のコンクリート壁を粉々に砕く。破片が火花のように飛び散る中、サヤカは一瞬の隙を見逃さない。ハンティングマンの射撃が途切れた刹那、彼女は地面を爆発的に蹴り、疾風の如く距離を詰める。
「くらえ! ライジングブレイク!」
サヤカの拳が空気を裂き、闘志のオーラが竜巻のように拳に集中。ハンティングマンがソードアームに切り替える間もなく、彼女の拳が機械の胸部を直撃。衝撃波が空気を震わせ、装甲が砕け散り、火花が噴き出す。内部回路が剥き出しになり、ハンティングマンはガクガクと痙攣し、爆発的な閃光とともに崩れ落ちた。
ハンティングマンは既に機能停止していて、動かない状態に。誰もがこの展開に驚きを隠せなかったが、ユキコはすぐにマイクを構えた。
「ハンティングマン、一体撃破! サヤカ、圧倒的パワーで完勝! この逃走ロワイアルに新たなヒーローが降臨したぞー!」
ユキコの熱狂的な叫びが会場を揺らし、観客席は一瞬の静寂の後、爆発的な歓声に包まれる。視聴者のコメント欄は「サヤカ最強!」「神展開キター!」と熱狂で埋め尽くされる。誰も予想しなかった大逆転。新たなヒーローの誕生に、会場は狂喜乱舞していた。
呆然と立ち尽くすヒカリが、慌ててサヤカに駆け寄る。無茶な行動に心臓が止まりそうだったのだ。
「大丈夫なの!? 無茶しすぎよ!」
「心配すんな。これくらい朝メシ前だぜ」
「まったく……でも、無事で良かったわ」
サヤカは汗を拭い、ニヤリと笑う。ヒカリは安堵の息をつき、改めて手を差し出す。
「改めて、よろしくね。私は橘ヒカリ、地球の逃走者よ」
「私はサヤカ。ハルヴァスの逃走者だ。よろしくな」
サヤカはヒカリの手を力強く握り返し、黒い瞳を輝かせる。そして、ニヤリと笑いながら宣言する。
「覚えておきな、ヒカリ。この逃走ロワイアル……私が全部ぶち壊すぜ!」
「なんか……あなたなら本当にやりそうね。一緒に頑張ろう!」
「おう!」
サヤカの言葉にヒカリは一瞬驚き、すぐに笑顔で頷く。観客席は再び拍手と歓声に包まれ、コメント欄は「サヤカ&ヒカリ最強コンビ!」「この二人なら勝てる!」と大盛り上がりだった。
※
一方、制御室ではバルタールがモニターを睨み、口元に悪魔のような笑みを浮かべる。予想外の展開だが、彼の心は揺らがない。
「ふん、面白い女だ。だが、ゲームはまだ始まったばかりだ。次のミッションで、その傲慢さを叩き潰してやる……!」
彼の指がキーボードを叩き、画面に新たな指令が浮かぶ。その内容はこう書かれていた。
「ミッション1:エリア封鎖」
残り時間は1時間50分。バルタールの策略が静かに牙を剥き始めようとしていた。
※
シティゾーンでは、逃走者20名、ハンティングマンは2体に減少。緊張感はさらに高まり、サヤカとヒカリは互いに視線を交わしながら歩いている。
「次は残りのハンティングマンだ。ヒカリ、ついてこいよ」
「うん……私も絶対に負けないよ!」
サヤカの言葉に、ヒカリは怯えながらも決意を固めて頷く。観客席の熱狂は収まらず、バルタールの陰謀が動き出す中、サヤカの反逆の炎はさらに激しく燃え上がる。逃走ロワイアルの戦いは、まだ始まったばかりだ。