逃走開始から10分。ユキコの声が会場を切り裂く。そう。逃走ロワイアルでお馴染みのミッションの時間だ。
「皆様、そろそろミッションスタートの時間となります! まず、第一のミッションはこちら!」
ユキコがモニターを指差すと、画面に「ミッション1:エリア封鎖」の文字が浮かぶ。観客席が息を呑む中、彼女の声が会場全体に冷たく響く。
「はい。第一のミッションはエリア封鎖です! 今から逃走者の皆様は、今いるエリア内にあるボールを一個ずつ手に入れ、別のエリアへと急いで向かいます。ボールを所持した状態で、そのエリアに辿り着く事ができれば、ミッションクリアとなります!」
観客が「簡単だ」と囁き合うが、ユキコは指を鳴らし、ニヤリと笑う。これで簡単と思ったら大間違いである事を、彼女は既に理解しているのだ。
「けど……このミッションはサバイバルミッション! 用意しているボールは全部で16個。そのボールを奪い合いながら、エリアに辿り着く事が勝負の鍵です! ボールを所持していない人は勿論入れず、ハンティングマンによって殺される運命となってしまいます!」
会場が凍りつく。ハンティングマン――その名だけで観客の背筋が震える。ざわめきが広がる中、ユキコの声がさらに冷酷に響く。
「制限時間は16人の生き残りが決まるまで無制限となりますが、それまでに4人脱落者が出た場合は……ミッション強制クリアとなりますので。では、スタート!」
開始音であるブザーの合図とともに、逃走者たちが一斉に動き出す。シティゾーンの路地に砂塵が舞い、誰もが死の恐怖に追い立てられ、ボールを求めて疾走する。
「言い忘れましたが、このミッションでのハンティングマンへの攻撃は不可能! ただ逃げるしかない事を考えてください!」
「チッ、攻撃不可能か。なら……ミッションクリアするしかねえな……」
サヤカは拳を握り、怒りで歯を食いしばる。ハンティングマンを倒してこの「逃走ロワイアル」をぶち壊すつもりだったが、バルタールにその企みが読まれていたのだ。
その様子を見ていたヒカリは苦笑いするしかなく、ルールに沿って行動するしか無いと判断している。
「そうするしか無いね。早くボールを探さないと!」
「おっと!」
ヒカリがサヤカの手を掴み、瓦礫の山を飛び越える。彼女の目は鋭く、生き残るための執念で燃えている。
「ボールは全部で16個。黄色い小さなボールを持って、出口まで行けば大丈夫だよ」
「黄色い小さなボールか……ん?」
ヒカリの説明を聞いたサヤカが横に目をやると、樽の上に黄色いボールが二つ、陽光に輝いている。あまりにも幸運な展開に、彼女の心臓が跳ねていた。
「まさか偶然見つかるなんてな……」
「ラッキーだね。早速ボールを取らないと!」
ヒカリがボールに飛びつこうとした瞬間、背後から重い足音が響く。二人の男が現れる――一人は不良、もう一人は暴走族。彼らもボールを狙っていて、刺すような目つきでサヤカたちを睨みつける。
「悪いがこのボールは俺たちの物だ」
「邪魔するんだったら容赦しねーぜ!」
男たちが腕を鳴らし、サヤカとヒカリに対して威嚇する。だが、サヤカは一歩も引かず、鋭い眼光で睨み返す。彼女の爪が光り、戦闘態勢に既に入っていた。
「横取りするなんていい度胸だ。だったら……私の手で少し黙らせてもらうぜ!」
サヤカが疾風のように飛び出し、爪を振り下ろす。鋭い爪が男たちの顔を切り裂き、鮮血が宙を舞っていた。
この光景に観客たちは驚きを隠せず、視聴者のコメント欄でも「神業だ!」「凄すぎる」などとザワつくコメントが寄せられていたのだ。
「ぐお……!」
「顔が……!」
男たちは顔を押さえ、激痛に膝をつく。猫の爪の威力はすさまじく、顔面への一撃は彼らを一瞬で無力化する。ヒカリはその隙に樽の上にあるボールを掴み、一つをサヤカに投げ渡す。
「今の内に急がないと!」
「そうだな! 急いでこのエリアから脱出するぞ!」
サヤカとヒカリはボールを握りしめ、シティゾーンの中を全速力で駆け抜ける。背後で男たちが呻き声を上げるが、追ってくる余裕はない。彼女たちはゴールエリアを目指し、ひたすら走る。
数秒後、男たちが立ち上がるが、サヤカたちの姿はすでに消えている。彼らは攻撃を受けただけでなく、ボールまで既に奪われていたのだ。
「クソ……あの引っ掻き傷は強烈だったぜ……」
「よくも俺の顔に傷を与えやがって……絶対に許さねえ……!」
男たちがサヤカに対して憎悪を滾らせるその時、背後から不気味な機械音が迫る。二人が振り返ると、ハンティングマンの赤く光る目が彼らを捉える。次の瞬間、ハンティングマンが全速力で襲いかかってきた。
「マジか!」
「ひえっ!」
男たちは悲鳴を上げ、死ぬ理由にはいかないと必死で逃げ出す。モニターにその様子が映し出され、観客たちが真っ青な表情をしながら息を呑む。
「ここでスリリングな逃走劇がスタート! ハンティングマンに追いかけられているのは二人。不良学生の
ユキコの実況に、観客席から興奮と恐怖の叫びが上がる。誰もが目を離せず、無事に逃げ切って欲しいと心から思っているのだ。
「くそっ! 捕まってたまるかよ!」
「ここで死んでたまるか!」
黒沢は全力で路地を駆け抜け、加茂山も息を切らしながら続く。前方に分かれ道が現れる――左と右。二人は瞬時に判断し、黒沢は左、加茂山は右へ飛び込む。
ハンティングマンは右に視線を向け、加茂山を追う。金属の足音が地響きのように迫ってきていた。
「畜生! なんでこんな目に!」
加茂山は恐怖と悔しさに叫びながら、全速力で走る。だが、ハンティングマンのスピードは人間を凌駕する。距離がみるみる縮まり、冷たい金属の手が加茂山の肩に迫る。
ハンティングマンが加茂山を捕まえた瞬間、彼の身体から高圧電流が迸る。
「ぎゃああああああ!!」
加茂山の悲鳴がシティゾーンに響き、電流が彼の身体を焼き尽くす。骨が透けるほどの強烈な光が観客の目を刺し、黒焦げの身体が前のめりに倒れる。心臓は止まり、動く気配はない。
最初の脱落者――加茂山兵二、死亡。
「何ということでしょう! ここで最初の脱落者が出てしまった! 加茂山兵二、死亡確認! 残り19名となりました!」
ユキコの声が響くが、観客席は恐怖に沈黙する。コメント欄には「そんなバカな……」「人が死ぬなんて……」と悲鳴のような声が溢れていた。
※
サヤカとヒカリはゴールエリアへ突き進むが、加茂山死亡の実況に驚きを隠せずにいた。まさか自分たちに喧嘩を売ってきたあの男がやられるとは、思いもよらなかっただろう。
「まさかあの不良が殺されるなんて……」
加茂山の死のアナウンスに、サヤカの声が震えていた。あのボールを男たちに渡していたら、自分たちが同じ運命を辿っていたかもしれない。
「けど、死んだ人たちの分まで、私たちは戦わなくてはならない。それがたとえどんな道であろうとも、必ず奴らを倒しに行くぞ!」
「……ええ!」
ヒカリが力強く頷き、二人はボールを握りしめ、ゴールゾーンへと突き進む。背後でハンティングマンの足音が響くが、彼女たちの目は決意に燃えていた。
逃走者は残り19人。脱落者はあと3人。この地獄のゲームは、誰を飲み込むのか――。