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第13話 暴走族の信念

 信春の死の報せは、雷鳴のようにサヤカたちの耳に突き刺さった。走る足を止め、彼女たちは凍りついたように立ち尽くす。冷たい風が廃墟の街を吹き抜け、信春の命が消えた現実を突きつける。


「信春さんが……死んだなんて…!」

「ヒーローだった……あの人は。あの小学生の女の子を救っただけで……ヒーローだったのに…!」

「こんなところで……こんな終わり方、悲しすぎます……!」


 ヒカリ、碧、舞香は互いに抱き合い、信春の死を悼む。涙が頬を濡らし、廃墟の静寂に彼女たちのすすり泣きだけが響き渡る。彼女たちにとっては辛い出来事であったのだろう。

 囚人だった信春は、自らの命を投げ出し、綺羅羅を魔の手から救った。だが、マーダークラウンの冷酷な刃に倒れ、彼女との再会を果たせぬまま息絶えた。その事実は、まるで心臓を握り潰すような痛みを彼女たちに与えた。


「気持ちは分かる。けど、奴は私たちに希望を託したんだ。信春の想いに応えるのが、私たちの役目じゃないのか?」


 サヤカの声は鋭く、しかしどこか熱を帯びていた。 その言葉に、ヒカリ、碧、舞香はハッと顔を上げる。同時に信春の最後の言葉が脳裏に蘇ってきた。


――「後を…頼む…!」


 彼は死の間際、彼女たちに未来を託したのだ。生きて、戦い続けること。それが彼の遺志であり、死んでいった者たちの分まで背負う使命だった。  


「そうだ……! やるなら、とことん生き抜くしかない!」

「エリカやバルタールが何かを企んでる以上、絶対に阻止しないと!」

「私も戦う覚悟はできています! もう立ち止まりません!」


 ヒカリたちは互いの目を見つめ、気合いを入れる。逃走ロワイアルを終わらせ、マーダークラウンを倒す――その決意が、彼女たちの心を一つにする。サヤカを先頭に、彼女たちは風を切り裂くように駆け出した。  


(信春……アンタの意志、私たちが引き継ぐ。だから……見守っててくれ……!)


 ヒカリは心の中で誓い、疾走しながらシティゾーンの最初のエリアへ突き進む。彼女たちの足音が、廃墟の地面を震わせた。  


 ※


 廃墟のエリアに佇む古びた屋敷。その一角で、暴走族の泰造が壁に背を預け、鋭い眼光で天井を睨んでいた。信春の行動が彼の心に火をつけ、胸の奥で熱い何かが蠢いている。


「ったく……何やってんだ、俺は……。あんな生き様見ちまったら、こうなるしかねえよな…」  


 泰造は重いため息をつき、目を閉じる。脳裏に、数ヶ月前の抗争が鮮明に蘇る。あの夜、一人の男が命を賭して生き様を刻みつけた瞬間が――。  


 ※


 泰造は暴走族グループ「雷神帝国らいじんていこく」のリーダーだ。50人の仲間と共に、連携力では誰にも負けない誇りを持っている。

 その日、彼らは宿敵「風神幕府ふうじんばくふ」との最終決戦に臨んでいた。夜の河川敷に集結した両陣営。空気はピリピリと張り詰め、まるで火薬庫に火花が散るかのような緊張感が漂う。  


「いよいよ戦だ! 今夜、この抗争にケリをつけるぞ!」

「了解です! 野郎ども、最後のタイマン、ぶちかますぞ!」

「「「おうッ!」」」  


 泰造と副リーダーの合図と共に、雷神帝国は武器を握り締め、風神幕府に突進する。敵側も負けじと武器を振りかざし、両者は一瞬で激突。金属音と怒号が河川敷に響き渡り、壮絶な戦いが幕を開けた。これが後に「風雷河川敷の戦い」と呼ばれる、伝説の抗争だ。  


「くらえ!」

「ぐっ、てめえ!」

「舐めんな、この野郎!」  


 一進一退の激しい戦いが繰り広げられる。両グループにレディースはおらず、互いに容赦なく拳と武器を振り下ろす。血と汗が地面に飛び散り、夜の闇を赤く染める。  

 泰造は風神幕府のリーダー、葉柱はばしらマイラと対峙する。両者の間に火花が散り、互いの眼光はまるで雷鳴のように激しくぶつかり合う。  


「やるなら……小細工なしだ!」

「そのつもりだ! かかってこい!」


 泰造が低く唸るが、マイラが不敵に笑いながら拳を握り締める。  

 次の瞬間、泰造とマイラは同時に飛び出し、嵐のような殴り合いが始まる。拳と蹴りが空を切り、打撃音が周囲に響き渡る。一歩も引かぬ両者の戦いは、まるで獣同士の死闘だ。部下が割って入ろうものなら、即座に吹き飛ばされるほどの迫力だった。


「チッ! そう簡単には倒れねえ!」

「当たり前だ! 俺は殺す気で来てんだ!」


 泰造が歯を食いしばる中、マイラが吠えながら鋭い蹴りを繰り出す。一進一退の攻防の中、スピードとパワーがぶつかり合う。あまりの激しさに、周囲の暴走族たちは戦いをやめて、泰造とマイラの戦いに目を奪われる。  


「どっちが勝つんだ…?」

「こんな戦い…気力も削がれるぜ…」

「最後まで見届けるしかねえ!」


 仲間たちは戦いを止め、泰造とマイラの死闘に釘付けになる。誰もが息を呑み、固唾を飲んで見守っていた。


 ※


 戦いは膠着状態に突入。両者の動きが一瞬だけ鈍る。その刹那、泰造はマイラの瞳に燃えるような覚悟を見る。マイラもまた、泰造の目に同じ炎を感じ取る。 


「くらえッ!」


 泰造が一気に間合いを詰め、全身の力を込めた左ストレートを放つ。拳がマイラの顎に炸裂し、鈍い衝撃音が河川敷を震わせる。マイラの身体がぐらりと揺れ、そのまま地面に崩れ落ちた。  

 静寂が戦場を包む。雷神帝国の仲間たちが歓声を上げようとした瞬間、泰造が手を上げて制す。


「待て。よく見ろ」


 泰造は息を整え、倒れたマイラを見下ろす。その直後に風神幕府のメンバーが駆け寄り、マイラを支え起こす。マイラは血を拭い、かすれた声で泰造に告げる。  


「泰造……俺は、もう長くねえ。病気である以上、この戦いが…俺の最後だった。」

「何!? なんでそれを……!」  


 衝撃の事実に、泰造の目が見開かれる。まさか相手が病気の状態である事は予想外と言えるが、マイラは弱々しく笑いながら、話を続ける。  


「話したら……お前も動揺するだろ。だが、悔いはねえ。俺の生き様……ちゃんと見せられた。お前も……自分の道を貫けよ。」  


 マイラは部下に支えられ、ゆっくりと河川敷を去る。その背中は寂しげで、しかし誇りに満ちていた。泰造と雷神帝国の仲間たちは、その姿をただ黙って見送るしかなかった。  


 ※


 数日後、マイラの死が伝えられた。風神幕府は解散し、ライバルとの抗争は終焉を迎えた。だが、マイラの死は雷神帝国の全員に重くのしかかり、虚無感が漂っていた。  


 ※


 現在。廃墟の屋敷で、泰造は目を閉じ、マイラの最後の言葉を反芻する。拳を握りしめ、壁に背を預ける。信春の死もまた、泰造の心に深く突き刺さっていた。あの男も、命を賭して信念を貫いた。マイラと同じように。 


「くそっ…俺は何やってんだ…! 自分の生き様を見せるためにこの大会に来たのに…サヤカに引っ掻かれただけで…何もできちゃいねえ…!」  


 泰造は悔しさを噛み締め、ゆっくりと目を開ける。情けない自分への苛立ちが、胸の内で燃え上がる。  

 その時、廃墟の奥から不気味な金属音が響く。マーダークラウンだ。黒い装甲に覆われたその姿は、死そのもののように泰造に迫る。赤く光る目が、獲物を捉えた獣のように泰造を射抜く。  


「やっと出てきやがったか……! いいぜ、かかってこい!」  


 泰造は即座に格闘技の構えを取り、腕を鳴らす。内心では、ようやく生き様を見せるチャンスに燃えている。最期まで立ち向かう覚悟が、身体中を駆け巡る。  

 マーダークラウンは無言で巨大な爪を振り上げ、一気に襲いかかる。情け容赦ない殺意が、廃墟の空気を切り裂く。  


「マーダークラウンに泰造が挑む! 無謀すぎる戦い、果たしてどうなる!?」  


 ユキコの実況が響き渡り、視聴者のコメント欄は「無茶すぎる!」「死ぬぞ、マジで!」と騒然となる。


「大将、マジでやる気かよ!」

「マーダークラウン相手にガチ喧嘩はヤバいって…!」


 観客席の雷神帝国メンバーたちは、ハラハラしながら見守る。誰もがリーダーの死を見たくないと願うが、同時にその生き様に目を奪われる。泰造の覚悟が、会場全体を震わせていた。  

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