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<16・全員>

 時間の猶予がないことは、明白だった。とにかく今は、次のキメラが放出されるよりも前に建物内部の探索をし、鍵を見つけ出さなければならないのだから。

 それでも、夏俊には――茫然自失状態の彩也を無理に叩き起こすことはできなかったし、混乱している状態の集をどうやって宥めればいいのかもわからなかった。目の前で、さっきまで生きていた友人が死んだ――それも、見知ったクラスメートに殺されたのだ。さらにはその原因が、鍵が全員分ないからかもしれないというのだからとんでもない話である。

 夏俊も、可能性として考えてはいたことだ。しかし、争いの火種になりかねない以上、やすやすと口にはしたくない、できないことではあったのである。

 せっかく一部とはいえ、仲間同士で結託できたのに。

 どこぞの映画のように、殺しあわなくてもみんなで脱出する道が見つかりそうだったというのに。

 鍵がないせいで――生き残るために、一緒に笑って戦った仲間と傷つけ合わなければいけないかもしれないなんて。そんなこと、一体誰が想像したいだろう。そんな現実を招きたいなんて思うだろうか。


――どうすりゃいいんだ。聖也は、みんなで脱出する方法はあるって言ったけど……!


 結局彼女が具体的な説明をするよりも前に、美波と耕洲の二人は研究室を出て行ってしまった。鍵が見つかって脱出するまで、彼女達が不安要素になることも明白である。こっちが先に鍵を見つけたならば、確実に奪い合いになるだろう。そうならないためには、彼女達の分も自分達の分も鍵を確保しなければならないが、そんな簡単に行くのなら――全滅するようなクラスなど、そうそう出る筈もないわけで。


「……聖也」

「なんだ」

「説明して、くれるよな?」


 茫然自失で、一言も喋らなくなってしまった彩也の髪と頬を、棚から見つけてきたタオルで拭いていた聖也に。ついに集が、声をかけた。このままでは納得がいかないと考えるのは当然だろう。夏俊も、できれば希望が欲しい。彼女が美波達に言った言葉が、けしてハッタリなどではないという確証が。


「鍵が、全員分ないかもしれないって。お前はわかってたのに、黙ってたのか」


 集の気持ちは、痛いほどわかる。責めるような口調であったとしても、それでも冷静さを必死で保って話そうとしている彼を。一体誰が、責められるというのか。


「そうだ」


 そして聖也も、隠しだてする気はないらしい。真っ直ぐに集を見つめて、頷いた。


「キメラを倒すのが脱出条件ならともかく、実際は三十分に一匹放出されるのみ。必ずしも倒さなければいけないってわけでもない。鍵を見つけて脱出するだけなら、能力を使わずに済んでしまう場合もある。しかしそれでは、アランサの使徒達が莫大な金をかけて生徒を拉致した意味がなくなっちまう。奴らの目的はブレスレットのテストと、ブレスレットを使いこなせる人材の発掘だろうからな」

「嫌でも使わせるために、生徒同士で争いの火種を作っておく必要がある、か」

「実際、白装束の奴らは『鍵が人数分ある』とは一言も言わなかった。あの物言いからすると、最悪鍵は普通に探しても最低で二個しか見つからないかもしれない。そして、鍵は一度使ったら一人しか脱出できない代物だ。当然、生徒同士で奪い合いになり、能力のテストをするにふさわしい環境が出来上がるはず……粗方そんなところだろうさ」


 反吐が出る話だった。集も、夏俊も絶望の呻きを漏らすしかない。殺し合いでなくてよかった――なんてほんの少し安堵していた愚かな自分を殴りたいほどだ。


「……だが、全員で脱出する方法がある、と俺が思っているのも間違いじゃない。そして、その方法のうち片方は正攻法であり、アランサの使徒どもにとっても悪くない選択だ」

「どういうことだ?」


 ハッタリだとしても、美波達には『全員で生き残ることができる』と言うしかない場面であったはず。嘘だったかもしれない、という失意が広がるよりも前に聖也は告げた。スタスタと研究室の出口に向かって歩いて行きながら。


「一つは、アランサの使徒どもを直接殴り倒して、奴らの脱出ルートを使うこと。これなら鍵がなくても全員で生き残ることができるだろう。そして、奴らの通路が何処にあるかは見当がつく。キメラが出てきた、侵入禁止の扉だ。俺らに入られたら困るから、あの扉は侵入禁止にしてあんだろ。入ったら本当にペナルティがあるかどうかは不明。ハッタリかもしれない。これは大毅の能力で調べてもらえばわかるな」


 確かに、あの進入禁止の扉の向こうが、アランサの使徒達の元へ繋がっている可能性は高いだろう。キメラの保管庫に繋がっていて、突入と同時にぱっくんちょされる可能性もなくはないが。このまま建物に閉じ込められ続けていても活路が開けないのなら、イチかバチか突入してみる意味はあるかもしれない。

 有難いことに、こちらには仕掛を見破ることのできる能力者がいる。大毅の力を使って先んじて仕掛を見破れば、壊せる罠も回避できる罠もきっとあるに違いないのだ。


「ただし、これは『正攻法』じゃない。連中に見つかれば当然、俺らVSアランサの使徒で戦争になる。侵入禁止エリアの向こうにある罠も一つじゃないだろうし、これは最終手段だ」

「正攻法、っていうのは?」

「ブレスレットの力をきちんと使って、試した上で鍵を入手すること。俺の予想なら……」

「あ、ちょっと何処行くんだよ聖也!」


 彼女は夏俊の制止もきかず、そのまま廊下まで出て行ってしまう。慌てて夏俊も集と共に追いかけることにする。崩れたバリケードを乗り越えて、その向こうへ。そこには、切り離されて半壊した化物の頭と、廊下を塞ぐように倒れたままになっている化物の胴体の死体が残されたままとなっている。

 凄まじい臭いだった。化物に殺された少年少女達の血の臭いだけではなく、化物の遺体そのものがとんでもない臭気を放っているのである。物が腐る臭い、とは似て非なるものだろう。臭いことには臭いが、どちらかといえば――溝の底を攫うような臭い、に近いのかもしれない。水底から這い上がってくる湿った臭い。血の臭い。排泄物の臭いにも近い、と思ってしまって思わず吐きそうになる。一体この化物の主成分はなんであるのか。人間と違って、流れている血は黒い物であるらしい。

 そういえば、聖也はこいつを『罪喰い』などと呼んでいた。後でどういう意味なのか訊いてみようと思う夏俊である。


「ちょ、おいおいおい何してるんだよ!くっせぇぞ!」


 そして聖也は、そうこうしているうちに化物の頭を手に取ると、持ったままだったハサミを使って切り裂き始めたのである。防御力を下げる能力を使っていたなほは死んでしまったし、そもそも彼女の能力の効果時間はとっくに切れている。相当死体も硬くなっているはずだが、彼女はハサミで強引に怪物の頭を引き裂いていった。元々彼女が壁に叩きつけたせいで頭が割れて、脳味噌?らしきものがはみ出している状態ではあったものの。


「やっぱりそうだ」


 化物の脳をかき回す、というぞっとしたことを暫く続けた聖也は。何かをそこから掴み出し、掲げて見せたのである。


「鍵だ」

「!」

「やっぱりな。……化物を倒さなくても、建物の内部に鍵は眠ってるんだろう。でも、化物を倒して頭を解体することができれば、鍵が確実に一つ手に入る仕組みなんだ。これが正攻法ってやつだな。化物を倒すためにはまずなんらかの能力を使う必要があるから、アランサの使徒どもにとっても悪い話じゃない。むしろ、化物を倒すだけのポテンシャルを秘めた奴なら積極的に脱出して欲しいってハラなんだろうさ」


 さすがに、脳味噌まみれの鍵を持ち続けるのは嫌だったのだろう。再び研究室に戻ってきた彼女は、ごしごしと石鹸で鍵を洗い始める。黒い体液と肉片にまみれていた鍵は、すぐに洗い流されて金色の姿を露出させた。こんなものが怪物の脳の中に入っていようとは――よく気づくことができたものである。


「怪物を倒す勇気さえあれば、怪物一匹ごとに鍵が一つ入手できる。人数分倒せば、全員がそれで脱出できる寸法だ。……集」


 その鍵はどうするんだ、と夏俊が尋ねるより先に。彼女はそれを、集に投げてよこした。集は驚いたように、慌てて鍵をキャッチする。となりで、少し正気に戻った様子の彩也も目を丸くしていた。


「そいつは、お前が預かっておいてくれ。タイミングを見計らって、お前が使って脱出してくれても構わない」

「なっ……!?」

「お前の能力は使えるし、できればもう少し一緒に戦って欲しいのが本音だけどな。騙してたお詫びだ。……彩也、すまないな。お前の鍵もすぐに取ってくるから、ちょっと待っててくれな」


 聖也には。自分がそれを使って、さっさと逃げるという選択肢がないのだ。それは彼女の任務が『アランサの使徒を潰すことだから』というだけではないだろう。

 なんせ彼女は言ったのだ。




『こいつに限ったことじゃねえよ。あんたらが命じてんのは殺し合いじゃない、脱出ゲームだ。ここにいる全員が、生き残るための“大切な仲間”だ。一人も死なせたくないと思って何が悪い、なあ?』




『お前が言った言葉は正しいけど、死んだら元も子もない!今は大人しく従っておけ。それこそ、生徒同士で殺し合いしろと言われたわけでもない。ルールさえ守れば、全員で助かる可能性もあるんだ』




『あと十分でキメラが放逐される。ミーティングはここまでだ。全員行動を開始してくれ。……みんなで生きて帰るぞ。健闘を祈る!』




 全員で、生きて帰る。

 彼女にはその強い意思がある。

 それを信じたからこそ、自分達は――まだ付き合いの浅い聖也に賭けて、共に戦うことを選んだのである。


「……聖也」


 集はくしゃり、と顔を歪めて。少し逡巡した後――その鍵を、彩也に押し付けたのである。


「そんなこと言われたら。俺が一番最初に逃げさせてもらう、なんてカッコ悪いことできなくなるだろ。悪かった、責めたりして。お前に助けてもらったくせに、全員で脱出できないかもしれないと聴いて動揺したんだ。クラスにまさか、平気で人を殺すような奴がいるとも思ってなかったしな」

「気にしてないって。あの場合はしょうがない。……できれば障害にならないうちに、美波と耕洲の二人もさっさと脱出させちまった方がいいな。癪だけど……生き残りたいって気持ちは誰にも否定できないもんだしよ」

「聖也……」


 彼女は、あの二人のことも救うつもりでいるらしい。今後、彼女らがどんな妨害を仕掛けてくるかもわからないというのに。本当にクラス全員――そこから誰かを弾くつもりがないのだ。


――段々とわかってきたよ。お前がどういう人間なのか。ついでに、ナンパしてなけりゃ方向音痴も発揮しないってことも含めてな?


 絶望の雲は未だ、自分達の頭上に厚く垂れこめている。それでも、まだ戦う方法はあるのかもしれない。まだ未来は閉ざされていないかもしれないと、そう思えるのだ。

 聖也という諦めない少女が、必死で自分達を守ろうと戦ってくれている限りは。


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