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<15・予想>

 鍵が全員の分、用意されているとは限らない――。美波としては、かなり衝撃的なカードを切ったつもりであったのだが。意外にも、動揺した顔を見せたのは集と彩也の二人だけであった。どうやら、聖也と夏俊は既に予想していたことであったらしい。夏俊の不快そうな顔を見るに、予想はしていてもここで言って欲しくなかった――というのが本音ではあるようだが。


「意外ですねー。驚かない人もいるのね」

「それくらい予想してたからな」


 聖也はあっさりと返してきた。


「奴等が俺らにやらせたいのは、ブレスレットのテストだろ。つまり、テストにもならない状態で脱出されたら、ここまで金と手間かけて意味がねえ。何がなんでもブレスレットを使わざるをえない状況を作ってあると考えた方が自然だ」

「あら?そのために化け物を登場させているのでは?」

「登場させるつっても、三十分に一体のペース。建物は相当広いようだし、隠れてやり過ごしたり逃げ切ることも不可能じゃなさそうだ。全く戦うことも能力を発動することもせずに脱出できる奴が出ちまってもおかしくない。……なら、生徒同士が争いかねない状態を先んじて作っておいた方がいい。協調性をも確認したいから殺し合いって条件は作らなかったんだろうが……殺し合いになりかねない状態を作ってるってのは大いに有りうることだ。それは、簡単に入手できる鍵を予め減らしておくのがてっとり早い」


 傭兵というのは伊達ではないらしい。この少ない情報だけでよくそこまでの予想ができたものだ。少しだけ美波も感心してしまう。

 きっと味方にしておけば心強い存在であったのだろうが――いくら耕洲が自分に首ったけであるからといって、他の女を身近においておくのは美波のプライドが許さなかった。彼が男だったら男だったで、今度は耕洲が嫉妬を爆発させて相手と揉めていたことだろうが。

 加えて。この女は、一人でも多くの生徒を脱出させることを心情にしているらしい。今だって、彩也達のような足手まといを見捨てず助けに来てしまったほどだ。要らない人間を上手に切り捨てることもできない甘ったれた奴とは徹底的に考えが合わない。トラブルを招くだけである。事件前から好きな女ではなかったが、事件が起きてますます気が合わないなと思ったのが本音なのだ。

 生き残るのは、生き残る価値のある一部の人間だけでいい。

 そういう取捨選択が出来ないのなら、彼女は存在も考えも自分達の邪魔でしかないのである。


「……そこまで予想してるなら。何で私と耕洲君が、貴女の呼び掛けに応じず、クラスメートを殺害することを選んだのかなんて、わかりきった話ですよねー?」


 交渉の余地などない。

 こいつの能力なら、キメラを積極的に狩ってくれそうなものであるし、そういう意味で暫く生かして泳がせておいてもいいかもしれないが。


「ライバルを減らしたいわけです、おわかり?脱出できるのは、ぶっちゃけ私と耕洲君だけでいいと思ってるんでー」

「お前っ……!」

「おっと、集君は動かないでくださいね?ぶっすり刺されたいんですかー?カッターナイフでも、人の頸動脈くらい切れるですよー?耕洲君は力が強いし、もう一度能力を発動されたら誰も防げない……わかってるでしょ?」

「――ッ!」


 悔しげに俯く集。ほんと可愛い、と美波は思った。一番好きな相手は勿論耕洲だが、集や夏俊みたいな顔立ちの少年も嫌いではなかった。そもそも、このクラスは全体的に顔面偏差値が高めだから尚更である。


――耕洲君が嫉妬しちゃうからできないけど。いつか、3Pとかしてみたいですねー。


 想像する。まだ穢れを知らないような青少年を甚振り、懇願させることは最上の快楽だ。頂点を極めるのを我慢させて我慢させて、泣きながら懇願させるくらいは当たり前。性感帯以外でも同じだけ感じるように調教し、美波ナシではいられなくなるくらいの身体に仕上げるのが昔から大好きなのである。耕洲のひとつ前に付き合った彼氏は、教え込みすぎて大失敗してしまった。普通にまぐわうだけでは到底満足できない体になってしまったのだから。

 しまいには美波だけでは我慢しきれず、あらゆる男を買って抱かれるようになってしまったので、潮時だと思って切ったのだ。ああ、実にあれは勿体無かった。顔だけは最上級品であったというのに。


「……鍵が全員分なくても、脱出する方法はある。その目星はつけてある」


 やがて聖也は、自分達を睨み付けたまま告げた。


「お前らの考えは心底腹が立つが、それでも生き残りたいと考えるのは自然なことだ。それそのものを責めるなんてできやしねえ。……これ以上仲間を傷つけるのはやめろ。そうすれば、俺はお前らのこともきっちり脱出させてやる」

「うっわー、この期に及んでまーだ綺麗事言っちゃうんです?流石に呆れますねー。そんなことほんとに出来ると思ってます?人間は、結局自分一人だけが可愛いイキモノなんですよ。ましてや、まだ一年も一緒に過ごしてないクラスメート。みんながみんな仲良しこよしなわけでもない……わかってます?」

「それでもだ。俺と違ってこいつらは普通と人間だ。こんなところで死ななきゃならねー理由がねえよ。俺はみんなを助ける。そう決めた」

「やれやれ」


 ここまで強情だと、いっそ清々しいほどである。美波は肩を竦めた。最初から交渉など不成立だ――自分が既に、なほを殺している時点で。


「交渉の余地なんかないですよー。私達は何がなんでも生き残る、二つ鍵を手に入れたらさっさと脱出するんですー。邪魔なんかしないでくださいよー?今は見逃すと言ったけど、その気になったら貴女たち全員の首を今すぐ爆破することだってできるんですからー。言うこときいて、今はおとなしくしておいてくださいなー?」

「やってみろ」


 すると聖也は初めて、露骨なほど人を嘲る笑みを浮かべた。


「やれるもんなら、だけどな?」


 その物言いで、美波ははっとした。まさかこいつ――自分達の能力の弱点や特性に、既に気がついていたとでもいうのか。


「美波」


 そっと腕に添えられる手。耕洲が笑みを消して、美波を見ていた。


「撤退だ」


 分が悪い状況だと、どうやら耕洲も気がついたらしい。美波の腕を引っ張り、ここからの撤退を促す彼。

 そもそも、交渉が交渉にならないとわかりきっている以上、本来ならばこれ以上この場所に溜まって話すだけ無意味なのだ。むしろ、これ以上ここに留まっていて時間が来れば、真っ先にキメラが寄ってくることは明白である。

 最悪の場合は自分達とて単独だろうとキメラと戦うつもりではあるが、連中の討伐は本来脱出条件に含まれていないのである。できることなら、無意味な戦いなどしないのが吉だ。逃げてかわして鍵さえ二本手に入れれば、自分達は他の奴等がどうなろうと脱出することが可能なのだから。


「馬鹿みたい。そんな綺麗事をいつまで言ってられますかねー。みんながみんな、あんたみたいなお人好しじゃないんですよー?」


 そのまま立ち去ろうとする自分達を、聖也は止める気がないようだった。睨み付けてくる彼女の視線を無視して、ちらりと彩也の方を見る。彼女はさっきから、何を言われても自分達が側を通っても微動駄にしなかった。まあ、目の前で友達が爆破され、その血肉をもろに頭から被ってしまったのだからどうしようもないだろう。ひょっとしたら、再起不能かもしれない。

 そして夏俊はともかく、集も集で動揺を隠しきれず、美波と聖也を交互に見ている。説得を間違えれば彼も離反するだろう。さっきまで協力して化け物を倒していたのに――これはこれで滑稽で面白い。


――大体、暴れるつもりなのが私達だけだと思ってるのがおかしいのよね。


 美波は知っている。なんせギリギリまで集まった彼らのそばで様子を見ていたのだ。集合に応じなかったのは、美波と耕洲だけではないのである。


――馬鹿みたいに信じて、裏切られちゃえばいいのよ。せっかくの忠告を、無視する方が悪いんだから。




 ***




「いやはや、ブレスレットの能力ってやつは大変便利でよろしい!」


 水車恭二みずぐるまきょうじは感激して、ひらひらと手を振った。能力には当たり外れがあるらしい、というのは最初の段階でわかっていたことである。聖也なんぞをリーダーにするのは我慢がならないし信用できない、鍵が全員分ある保証もない――。そんな考えが一致して、恭二のところに集まった三人の仲間。彼らはこの学校でも名高い不良である恭二の元に集った、言わば舎弟ともいうべき存在だったのだが。

 彼らも同じように能力を与えられていたものの、てんで役に立たないものばかりであったのである。

 植田守矢うえだもりやの能力は『突風』。数秒間風を起こす力だが、回数制限がないかわりに威力が寂しい。扇風機程度の風では、猛暑を凌ぐ効果しかあるまい。

 児島季里人こじまきりと。彼の能力は『回避』。敵の攻撃を必ず回避できる力。しかし発動できるのは十回まで。しかも発動した本人しか回避できないので、他の仲間に得なことは何もない。

 武藤通むとうつう。彼は『囮役』。キメラや、自分達に害意を持っている人間を一定時間自分に引き付けることができる。使い方次第では恭二を救うこともできるだろう能力だったが、本人が断固として発動を拒否した。ならば、生かしておいても何らかの役に立つことはないだろう。

 恭二は自分の長所を誰よりもよく理解している人間だ。取捨選択が誰よりも早いのである。必要ならば生かすし、必要じゃないならさっさと殺す。ただでさえ競争率の高そうな鍵を探すのに、余計な奴等を生かしておく意味もあるまい。足手まといの分まで鍵を探してやるほど、恭二は暇ではないのだ。


「きょ、きょーじ、さ……なんで……?」

「んー?」


 身体の一部を、あるいは全部を粉砕されて死んでいる元仲間たち。恭二が今椅子にしている通だけはまだ辛うじて生きているらしい。苦しい息をしながらも必死で恭二に問いかけている――なんでこんなことを、と。

 実に滑稽だった。そんなもの、説明しなくても分かれよと言いたい。何故なら。


「生き残りたいからに決まってるだろ?それくらいわかれってばー……『重量』」

「ひぎっ!」


 恭二の尻の下で、通の頭蓋骨が無惨に砕ける音がした。よいしょ、と恭二はそのまま立ち上がり、スタスタと歩き始める。

 自分の能力は、『重量』。自分の身体の全部、あるいは一部の重さを自在に変えることのできる能力だ。他人を踏み潰して殺すなど造作もないのである。


――生き残ったら、ご褒美くれないかな。このブレスレットの力、制限ナシで使いたいなー。


 闇の中、悪魔の一人は笑みを浮かべる。

 悪夢の宴はまだこれからだと言わんばかりに。

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