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<14・無視>

「いやはや、私達としても困っていたわけなのですー。この部屋、色々と道具がありそうだから探索していたら、まさか他の人が来ちゃうでしょ?しかもよりにもよって化物に狙われて籠城してくるとかもう最悪なわけでしてー」


 唐松美波はけらけらと笑う。――どうして笑えるんだ、と夏俊は思った。今のは明らかに、美波の能力だ。爆破、と聞こえた。恐らく特定の対象を爆発させて殺害する能力を持っているのだろう。それをたった今、クラスメートに向けて放って一人を殺害したのである。

 呆然として座り込んでいる彩也は、なほの血を頭から浴びてしまっている。正確には、血だけではない。吹き飛んだ頭の中身、脳漿から髄液から血から肉から骨から何から何まで。目の前で、ついさっきまで宥めていた少女が頭を破裂させられて殺されたのだ。その衝撃はいかほどのことであったことか。なんせまだ、へたりこんだ彼女の足元には――なほの目玉がごろんと転がったままになっているのである。

 何故、笑えるのか。

 さほど仲良しではなかったのかもしれないが、それでもクラスメートを殺しておいて――しかも、こんな残酷に殺しておいて。


「とりあえず、私は耕洲君と一緒に、掃除用具入れに隠れてたんですよねー。いやはや、これってちょっとあれじゃない?エロ漫画のシュチュエーションじゃない?そう思ったらちょーっと興奮しちゃいましたー!化物に襲われる過酷な環境で、愛する二人が身体をくっつけて息を潜めてるんですよ?えっちな気持ちになったり、ちょ-っと悪いことしたくなりませんか耕洲くーん?」

「お前が望むならな。俺は、美波が嫌がることは絶対しないから」

「もう、そこはちょっと強引でもいいのに!耕洲君ってば見た目によらずマ・ジ・メ☆」

「それは褒めてるのか?」


 笑い転げる美波と、うっすらと笑みを浮かべる森村耕洲。元々あまり素行の良くないこの二人が、相思相愛のカップルであることは周知の事実であった。良くない噂が多かったのも事実である。二人揃ってカツアゲをしまくっているとか、学校の生徒達や先生達の弱みを握ってはそれを元にしてお金を巻き上げているだとか。

 しかし、実際彼らについて、夏俊が知っていた情報といえばそんな程度の噂でしかないのである。彼らは学校の授業そのものは比較的真面目に出席していたし、学校のイベントには殆ど欠席していて出てこなかった。学校から離れてしまえば接点もない。得体の知れない、よくわからないカップル。触らぬ神に祟りなしということはつまり、触らない限りこちらに被害も飛んでこないということだ。少し良い言い方をすれば、ミステリアスだったとでも言えばいいか。そう、謎めいてこそいるものの――それでもあくまで、普通のクラスメートの範疇にいるものとばかり思っていたのである。

 それが、まさか。

 こんな風に平然と人を殺して笑っている奴らだなんて、どうして予想するだろうか。


「化物、倒してくれてありがとうございまーす。私もできれば能力は温存しておきたかったし、助かっちゃいました。聖也ちゃんにはお礼言わないと……きゃ!」


 次の瞬間。美波の言葉は不自然に途切れていた。風のように自分達の間を駆け抜けた聖也が、素早く美波の手首を掴んで押さえ込んだからである。


「黙ってろ、サイコパス」


 聖也の顔は、夏俊の位置からは見えない。だが、その声が冷え切っているのは言うまでもないことだった。

 彼女は怒っている――怒らない筈がない。たった今、せっかく助けた仲間の一人を無残に殺されたのだ。それも、同じく脱出を目指すはずの、クラスメートの一人によってである。彼女に暫く話す隙を与えたのは、聖也といえどこの異常な状況に動揺していたからかもしれない。

 いずれにせよ、身体能力で言えば聖也の右に出る者はいないのだ。あくまで美波の能力は、ブレスレットによるものである。ブレスレットの発動条件は、文字を表示させた上でその能力名を唱えなければいけない。つまり、相手に文字を唱えさせないような状況を作るか、ブレスレットを抑えてスイッチを押させないようにすればひとまず発動できなくなるのだ。


「何故、なほを殺した。俺達は同じく脱出を目指す者同士。俺ら同士で殺し合う必要などなかったはずだ。少なくともお前達は、彩也、なほ、集の三人がこの部屋に逃げ込んできた時は、様子見をするばかりで手を出していない。殺す必要がなければ殺さない、殺すことそのものを楽しんでいるわけじゃない。違うか」

「ちょっと、酷くないですか?私達をまるで快楽殺人鬼みたいに言うなんてー」

「余計な口を挟むな。お前達を今すぐ殺す選択はできなくても、腕をへし折るくらいならやれるぞ。なんなら一本ずつ指を折ってからのフルコースでもいい。好きに選べ」


 異常だった。聖也の殺気は誰が見ても明らかで、直接浴びていない自分達でさえ背筋が凍るほどだというのに。それを真正面から浴びているはずの美波が何故、こんな平然と受け答えすることができるのだろう。

 傭兵というのが嘘ではないのは、さきほどの戦いからしても、今の素早い動きからしても明らかなことだろう。拷問するというのも、嘘ではないに違いない。生徒を殺すまでするのは心苦しくても、他の生徒の安全を害する生徒を傷つけるくらいならやりかねないだろう。そもそも、一人惨たらしく殺しておいて、同情の余地があるかといえば激しく疑問だ。緊急避難時でもなければ、自己防衛のためでもなかったのは明白なのだから。

 そう、殺されるかもしれない、拷問されるかもしれないのに。何故、こうも押さえ込まれて美波は落ち着いていられるのか。


「どっちも嫌ですねー。私、どっちかというとSですもん。耕洲君とはいろんなプレイを試しているけど、私は抱かれるより抱く方がスキだし。男の子相手でもね?」


 そして、美波は。


「教えてあげてもいいですけどー、手は離してほしいなあ。というか、離したほうがいいと思いますよー?ねえ、耕洲君?」

「!」


 聖也が、美波を押さえ込んだまま振り向いた。その視線は――集の方へ向けられている。

 ここでやっと、夏俊は気づかされた。美波は、耕洲と一緒に掃除用具入れに隠れていて、登場したのだ。それなのにいつの間に自分達は、美波とばかり話していて耕洲の存在を忘れたのだろう?彼は、愛する彼女が捕まった時、一体どこで何をしていたのか?


――ま、まさか……!


「美波を離して貰おうか。でないと、こいつの首を切り裂く」

「――っ!」


 耕洲は、集の後ろに立ち――彼の首に刃物を押し当てていた。この研究室で見つけたと思しき、木工用のカッターナイフである。殺傷能力の低い武器とはいえ、刃物は刃物だ。力任せに人の首に向けて押し当てられれば、頚動脈を切るくらいわけないことだろう。

 この状況、と夏俊は動揺しながらも素早く思考を巡らせる。傭兵である聖也が、いくら美波を捕まえていたからといってそう簡単に耕洲の存在を忘れる筈がない。それなのに、耕洲に完全に不意を突かれたのだとしたら――それはつまり、彼がそれに対応する能力を発動した可能性が高いということではないだろうか。


「……お前の能力か。数秒から数分程度、一定範囲内にいる生物に存在を察知できなくなる能力とか、そういう類だろ」

「ご名答」


 彼は集の肩を掴み、右手では首にナイフを押し当てたまま。相変わらずのうすら笑いを浮かべて答えた。


「俺の能力は『無視』。発動すると、一定範囲内にいる俺が認識している全ての生物が、俺の存在を認識できなくなる……無視してしまうという力だ。化物を倒すのも不意をつくのも使える、なかなか万能な力だと思わないか。美波と合わせれば、無敵だ」

「無敵はいいんですけどー、耕洲君。丁寧に説明しないでくださいよー。ていうか、使っちゃったんですか?もったいなーい」

「いいじゃないか、一回くらい。こいつらにも思い知らせた方がいいし、このまま美波が傷つけられる方が嫌だ。……というわけで、さっさと美波を離せ、桜美聖也。お前は美波を殺したくないのだろうが、俺達は違う。もう一人殺したんだ、あと何人増えても関係ない」

「…………」


 聖也は射殺さんばかりに耕洲を睨む。すぐに美波を解放したりしないのは、恐らく全員を助ける算段をつけているからだろう。ここで美波を解放したら最後、このまま耕洲と美波のコンビに人質を取られたまま全員が殺害される可能性もあるからだ。何故そんなことをするのか?という動機の意味での謎はあるとしても、である。


「とりあえず美波をお前達がそのまま解放するなら、こっちも今ここでお前ら全員を殺すなんてことはしない。話したいこともあるしな。信用できないか?だがこのままではずっと膠着状態が続くだけ……次にキメラが解放される時間になるまでな。それはお互い、楽しい結果を産まないと思うが?」

「……っち」


 舌打ちを一つすると、聖也は美波を立ち上がらせ、そのまま耕洲の方へ突き飛ばした。耕洲が美波を受け止めると同時に、聖也は集のところまで跳んでいき、彼を強引にこちら側に引き寄せる。ギリギリのところだが、どうやら人質交換は成功したようだ。実際、キメラから隠れていたところからしても、美波と耕洲のカップルも化物と戦いたいわけではなかったことは明白である。このままの状況が続けば、人数が集中しているこの部屋にまっすぐキメラが向かってくる可能性も十分あったわけだ。お互い得策でなかったのは確かだろう。


「いったーい!耕洲君、もと上手に受け止めてくださいよー」

「すまない、美波」

「そっけない!それもそれで素敵!さすが美波のダーリンーうふふ」


 ハートマークを語尾に飛ばしながら、愛しい彼氏に抱きつく美波。人質は交換したとはいえ、状況が大きく変わったわけではない。向こうは二人で、こちらはまだ四人。人数の上で有利であるのは間違いないのである。確かに、彼らは二人揃って優秀な能力を与えられたようだが、普通に考えればそういう力は制約が大きいはずである。


「えっと、何の話でしたっけー?あー、そうそう」


 耕洲の胸にしっかりと抱きついた状態で、美波は話し始めた。


「確かに、私達は快楽殺人鬼とかではないでーす。人を殺したのは初めてだったけど、それを悲しいとは思わないかわりに楽しいとも思ってませーん。そんなことより大事なことがあるから殺した、それだけでーす」

「大事なこと?」

「決まってます!私と耕洲君が生き残るために大事なこと、です。ていうか、皆さんも本当は心のどこかで気づいているんじゃないですかぁ?このゲームのオ・ト・シ・ア・ナ♪」


 まさか、と夏俊は思う。同時に焦った。彼女が何を言わんとしているのか察したからだ。

 確かに、その可能性は夏俊もとっくに気づいている。恐らく聖也もうっすらと気づいていて黙っていたはずだ。言ったら最後、まとまりかけた団結力が失われることは必死。せっかく勝利条件が『殺し合い』などではないというのに、何故同じ状況に置かれた被害者同士、仲間同士で殺し合うような事態を招きたいものだろうか。

 血を浴びたままの唖然としている彩也、捕まったままの集が、意味がわからないといった様子で不安げに美波を、そして夏俊達を見ている。いけない、と思った。その言葉を、言わせてはいけない。言ったら、最後――!


「アランサの使徒、でしたっけ。あの人達、一言も言ってないですよお?」


 最後――全てが、失われてしまう。


「私達全員が脱出できる鍵。一人一個、ちゃんと用意してあるなんて……まったく、ぜーんぜん、一度も言ってませんよねえ?」


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