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<13・爆破>

 ああ、とりあえず自分達は助かったんだ。彩也は心底安堵して、その場にへたりこんでしまった。暫くは通信が入っているのに、バリケードの撤去を忘れてしまったほどである。

 そして、驚いたのは真っ先に聖也に土下座せんばかりに謝られたことだ。自分の判断ミスで、彩也のグループの仲間が三人も減ってしまったと思っているらしい。なほは少々怒って聖也を責めていたしその気持ちもわかるが、彩也と集はなほを宥める役に回った。いくら聖也が特殊な人材であったとしても、地図も把握できていない建物の中でキメラが何処から現れるかなど全くわからなかったはずだ。むしろよくぞ駆け付けてくれたものだと思う。聖也には自分達のグループを見捨てる判断も出来たし、それをしても許される理由とてあったのだから。

 大体、みんなでぞろぞろと行動していたら被害を防げたかといえば、全くそんなことはないだろう。むしろ少人数だったからこそ、班員の半分はどうにか研究室まで逃げ込むことができたのである。大人数で襲われていたら、聖也が守る守らない以前にパニックが起きて壊滅していた可能性の方が高いのではないか。


「前嶋さん。犠牲が出たとはいえ助けてもらったんだから、まず言うべきはありがとう、じゃないの?それとも見捨てられてた方が良かったわけ?」


 彩也が告げると、なほは心外と言わんばかりに眉を跳ね上げた。


「何でそんな言い方するのよ毒島さんは!もっとマシな作戦があったかもしれないのに、守るって言ってたくせにこの体たらくだったのよ!怒りを感じるのが当たり前じゃないの!?」

「もっとマシな作戦って?具体的には?」

「それを考えるのもこいつの仕事じゃん!こっちはただの女子高生なんだからっ」

「代案もないのに文句だけ言うって。話になんないわ」


 元々ワガママな性格の娘ではあったが、こういう場所でもこの有り様かと思うと頭痛がする。それでも、生き延びたいためだとはいえ、素直に集合して班行動に協力しただけいなくなった八人よりはマシなのだろうが。

 そもそも、高校生と言えば済むところを、わざわざ女子高生と言う辺りが厭らしいのだ。女の子であることをことあるごとに強調して、助けてもらうのを当たり前だと主張する。この三人の中では一番なほが戦闘向きの能力を持っていたというのに。


――まあ、苛立つのもわからないわけじゃないけど。


 聖也は言い訳一つもせずに謝ってばかりいて、それがかえってなほの癪に障るのだろう。元より派手で自らの見目に自信のあるなほだ。見目麗しさだけは一級品、それでいて自由奔放な聖也のことがうざったらしくてたまらなかったのだと思われる(聖也の性癖はクラスの大半にドン引かれてはいたものの、大半の人間には半ばジョーク扱いで流されていたフシがある。実際彼女は誰かに極端に酷いことはしないし、むしろ自らの性癖を話の切っ掛けに使っていた感さえあるからだ)。

 加えて、いつもならなほのストッパーになってくれる夏梅が凄惨な殺され方をしたばかりである。――怒りを聖也にはぶつけることで、どうにか悲しみや喪失感を誤魔化そうとしているのは明白だった。


「あんたがもっと早く来てくれたら、夏梅はあんな死に方しなくて済んだはずでしょっ!今さら正義の味方ヅラしないでよっ!大体ねっ……」


 なほがまだ聖也に言い募ろうとした、その時だ。

 バチン!と大きな音がした。彩也も聖也も、その後ろにいた夏俊も目を剥いている。――まさか集が、なほの頬をひっぱたくだの誰も予想していなかったのだろう。


「悲しいのが自分だけだと思うなよ。いい加減にしろ」


 先程は少々苛ついていたが、元々集はけして怒りっぽい性格ではない。むしろ本が好きな、物静かな生徒である。平手とはいえ、本来なら誰かを叩くような人間では断じてないのだ。つまり、余程腹に据えかねたことがない限りは。


「言いたいことはわかる。俺だって友達が死んでんだ。……でもな。桜美云々以前にお前、大事なことが見えてねーよ」

「な、何よ……」

「さっきバリケード張って立て籠った時のこと、もう忘れたのか。俺達みんな、自分のことだけでいっぱいいっぱいだった。誰かに責任押し付けようとか、誰かに戦って貰おうとか、守ってもらって安全な場所にいようとか。そんなことしか考えられなくなって言い争ってた。……で。桜美が来なかったらそんな俺たち、どうなってたよ?」




『ど、どうするのよぉ、毒島さん!バリケード、壊されちゃう!壊されなくたってあたし達、ずっとここにいるわけにはいかないでしょ?ねえどうするの?どうするのよ、ねえ!?』


『わ、私に訊かれても……』


『私に訊かれてもって何よ!毒島さんがリーダーなんじゃない!!』


『そんなに喚くならお前がなんとかしろよ、前嶋……!毒島はあくまで通信係だろ!一番戦い向きの能力持ってるのお前だろーが、文句あるならお前が出ていって戦えよ!!』


『ちょ、女の子に戦わせるっての!?』


『今は男とか女とかじゃなくて、能力が向いてるかどうかの方が大事だろうが!都合よく今だけ守って貰おうとしてんじゃねーよ!!』




「仲間割れしたまま、きっと全員死んでた。……化け物を倒せたのは、俺達が団結して能力を貸し合ったからだろ。鏑木の指示を信じたからだろ。……ここはそういう場所なんだ、目を覚ませ。仲間と助け合わなきゃ生き残れないんだ」


 助かりたい一心だったとはいえ。

 それでも皆で力を合わせることに夏俊が気付いてくれていなければ、自分達がそれに従わなければ、完全に詰みだったのだ。なほもそれに気付かなければいけない――集はそう言いたかったのだろう。

 まさに正論だった。そして、なほもきっと心のどこかで分かっていたのかもしれない。じわり、と大きな目いっぱいに涙を溜め――声を上げて泣き始めたのである。


「だって!だってだってだって!こ、怖かったんだもん。悲しかったんだもん!生き残りたいんだもんっ、あたし、あたしだってぇ……!」

「あーもう、世話が焼けるんだから」


 彩也とて本音は大声で泣きたかったが、今はそんな場合ではない。生き残ることができた以上、今は落ち着いて判断できる人間も必要だ。なほの背をぽんぽんと叩いて宥めていると、聖也と夏俊がとことこと集のところに歩いていくのが見えた。


「ありがとな、集。マジで助かった。俺が責められるのはいいが、今はほんと仲間割れしてる場合じゃない。俺らが殺し合いなんぞするようになったら、どっかのクソを喜ばせるだけだからな」

「いいって、気にするな。鏑木、桜美、本当にありがとな。お前らのおかげだ。お礼に恨み言は後にしてやるよ」

「ええ、俺にも恨み言あるのかよー」

「あるな。とりあえず鏑木は俺が貸した文庫本三冊返せ、忘れたとは言わせない」

「げっ」


 ほんの少し、日常が戻ってきたような気がした。先程は揉めていたが、少し集のことを見直した彩也である。彼は一人でいることが多いので、同じ文系タイプとはいえあまり話をしたことがなかったのだ。

 読書が好きだということだし、案外話も合うのかもしれない。なんせ彩也自身が文芸部所属の、れっきとした文学少女である。洋書の類いも読むのかどうか、落ち着いたら聞いてみるのもいいかもしれない。というか、彼は一体夏俊にどんな本を貸していたのだろうか。

 やや日常に思いを馳せていた彩也が、ふと顔を上げた時だった。


――え?


 ぎし、と。何かが軋むような音。そちらの方に視線をやった彩也は気がついた。研究室の、二つ並んだ掃除用具入れ。先程まできっちりと閉まっていたはずの二つの扉が、今は細く開いていることに。そして、そこから人間の指が覗いている事実に。


――誰か、いる、の?


 そういえば。

 化け物から逃げるのに必死で、確認などしていないのだ。この部屋の中に、他に誰かがいるかもしれないなんてことは。そう、いるとしたら白装束の奴等か――協調性を重視して集まった二十二人以外の誰か、だ。

 まさか、既に隠れていた者がいたのか?彩也が声を上げようとした、その時だった。




「“爆破”」




 少女の声が、聞こえた気がした。瞬間。


「おぼっ……!?」


 べちゃり。彩也は頭から、生温い液体を思いきり被ることになるのである。それは、すぐ目の前にいたなほから噴き上がったものだった。泣いていたはずのなほの顔が突然石榴のようにはじけ、その破片を、大量の血液とともに撒き散らしたのである。


「え、あ……?まえしま、さん、?」


 頭がなくなったなほの体が、座った姿勢のまま仰向けに倒れていく。そんな倒れかたをしたら背中が痛いじゃない――なんて場違いなことを、束の間彩也は思った。背中を気にするも何も、痛みを感じる頭がなくなったしまったというのに。


「うーん、思ったほど綺麗に弾けないんですねー」


 誰も、誰一人認識が追い付かない。

 固まる彩也の耳に聞こえてきたのは、掃除用具入れの扉が開いていく音と――間延びしたような少女の声。

 彩也達の目の前に現れたのは、クセの強いピンクの長い髪を垂らしたタレ目の少女と、彼女としっかり手を繋いでいるツンツン頭の少年だった。


「な、んで……?」


 唐松美波からまつみなみと、その彼氏の守村耕洲もりむらこうす。二人はそっくりな笑みを浮かべて、こちらを見つめていたのである。

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