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<12・作戦>

 なかなかどうして、根性が据わってるじゃないか。聖也は夏俊から作戦を聞き、思わず笑みを零した。

 確かに、夏俊の身体能力は平均的なもの。そして、彼の能力は同じ『通信』のスキルを持つ者とだけ連絡が取り合えるという、携帯電話が普通に使える環境下なら全く意味をなさないものだ。この状況下でその能力がどれほど役に立つかというと、正直怪しいとしか思っていなかった。実際、こちらで通信役の毒島彩也を確保することを考えれば、同じ通信役である夏俊は未花子達のところに残っていてくれた方が効率が良かったはずである。

 そして大前提として、彼と聖也では圧倒的に聖也の方が身体能力も戦闘能力も高い。一緒に来られても、悪い言い方をすれば足でまといになるだけだ。ただでさえ仲間を救出しに来なければいけない状況下で、これ以上守る者が増えるのは喜ばしいことではない――故に聖也は、最初は夏俊を追い返すつもりでいたのだが。


――こいつ。……あの一瞬で、クラスメートのうち集まった二十二人分の能力を全部覚えたってのか。


 思いがけない掘り出し物かもしれないな、と思う。

 そう、例え能力そのものが本来戦闘向きでなかったとしてもだ。優秀な策士がいれば、使い道は百も千も増やしていくことができるのである。そして実際、聖也が一人で此処に来ていたなら、籠城している彩也達と連絡を取り合う術はなく、聖也が能力を使ってでも一人で罪喰いを倒すしかなかったはずである。


「……知識と知恵ってのは、下手な武器よりよっぽど役に立つってことだな」


 明らかに怪物と、怪物が作った惨状に恐れおののいている様子の夏俊。それでも彼は此処にいて、役に立って見せるといい、実際しっかりと作戦を立ててみせたのである。

 信じていいかもしれない。どれほどの劣勢であったとしても、どれほど理不尽な環境であったとしても。最後に奇跡を起こすのは人間の、信じる力だということを。


「……確かに、お前の『通信』は、通信できるだけの能力である代わりに射程範囲ってもんがないな。どんだけ離れていても、壁の向こうであっても声が届く。……ならお前は此処に隠れてろ。直接のアタックは俺が一人でする。俺が合図したら、連絡先の彩也にお前から指示を出せ」

「わかった」


 そこでごねて『自分も攻撃に参加する』と言い出さないあたり、この少年はきっちり状況が見えている。

 さて、と聖也は身体を伸ばし、気持ち準備運動をした。どうやら怪物は基本的に、“人数が多く集まっている場所に引き寄せられる”あるいは“人数が集まった場所を優先的に狙う”ようにインプットされているらしい。だから、バリケードの向こうにいる“三人”に気を取られて、こちらにいる聖也と夏俊に全く気づいていないのだろう。

 ならば、今がチャンス。この状況ならば、化物の不意を打てる可能性が高い。奴は自らの頑丈な筋肉を持つ上半身に邪魔されて、視野そのものはさほど広くないのである。


「3、2、1……GO!」


 そして、化物が再度ドアに向けて拳を振り下ろした瞬間、聖也は一気に廊下へと駆け出していた。人間でも何でも同じ。一度攻撃を繰り出すと、次にもう一度攻撃するまで多少のタイムラグが発生するものである。もっと言えば、化物はドアを壊すために無茶をやりすぎて、自分のパンチでどんどんコンクリートを砕き、砂埃を発生させているのだ。視界は不明瞭。元より、廊下は部屋の中と比べると薄暗いのである。

 瞬足の聖也がそこに走り込み、化物の死角になりやすい足元に潜りこむのは、さほど難しいことではない。


『さっきから化物を見ていて思ったんだけど。あの化物って、よく見たら体型が……人間より、ゴリラに近い印象なんだ』

『と、いうと?』

『全身ムキムキに見えて、筋肉に偏りがある。ゴリラって、動物園でよく見ていたらわかると思うんだけどな、上半身ががっしりと発達していて四足で歩くことも多いけど、それに比較してみると下半身はだいぶ貧弱だと思わないか?足の指でものをもち上げるくらいの起用さはある。でも、相手を攻撃する時は圧倒的に、腕を使うことが多い』


 そう。夏俊は気づいたのだ。人間ならば喧嘩をする場合、キックすることも少なくない。何故なら基本的にはパンチよりキックの方が威力が高いことを知っているからだ。そして、筋肉の量だけでいえば上半身より下半身の方が多いのである。が、それはあくまで人間の場合。なんせ人間は二足歩行、二本の足だけで全体重支える必要があるから、下半身の筋肉がゴリラなどよりも発達しやすいのは至極当然のことなのだろう。

 化物は何故か、バリケードを壊すのに『殴り』しか行わない。キックでドアを壊そうとする様子がないのだ。その理由として思い当たるのは、片足で踏ん張って相手を蹴り飛ばすことが難しいからではないだろうか。つまり、片足一本でバランスを取るだけの下半身の筋力が、上半身と比べて圧倒的に足りていない可能性が高いと判断したのである。

 つまり。あの化物は、バランス感覚があまり良くない。下半身の力も強くない。片足に集中して攻撃を仕掛ければ、すっ転ぶ可能性は相当高いのではないか、と。


「グオオ!?」


 直前に、怪物が自らのすぐ足元に敵が迫っていることに気づいたようだ。だが、この化物の体躯では急激な方向転換はできないし、ただでさえ苦手な蹴りにとっさに転じることもできまい。聖也は叫ぶ。


「夏俊!」


 夏俊はしっかり覚えていた。彩也と同じチームになった六人が、一体どんな能力を備えていたのかを。

 既にバリケードの向こう側の彩也から聞いている。生き残っているのは毒島彩也、前嶋なほ、小瀧集の三人であることがわかっていた。つまり、彼女らの協力が得られるのなら、三人の能力も今回の戦闘に応用することもできるということだ。そう、能力いかんによっては――壁の向こうだろうと射程範囲内ならば、使うことが可能なものもあるのである。


『その二人が生き残ってるなら、どっちも使えるはず。うまくいけば、聖也の能力を温存することもできる……!』


 まず、前嶋なほ。彼女の能力名は『弱体』。一定距離にある一つの物体、あるいは生体の防御力を大幅に下げることができる。使用回数制限はないが、効果範囲は本人から十メートル以内の一つに限定される。相手を視認している必要はないが、相手の位置をおおまかに把握している必要はある。今回はバリケードの向こうに怪物がいることがわかっているから、これはさほど問題ない。

 また、一度効果を発揮させると、効果持続は一分間のみ。一度発動すると次はさらに一分経過するまで発動することができない。


『前嶋さんの能力で、化物の防御力を大幅に低下させれば素手での攻撃も通りやすい。……ただ、化物を素手で攻撃して大丈夫なのかについては疑問がある。未知数の相手だから、できれば道具か何かで殴った方がいい』


 そこで、もう一つ使えるのが小瀧集の能力の方だ。彼の力は『転移』。自らが手に触れたものを、別の人間のところに移動させることができる。使用回数制限はなし。ただ、移動は一方通行に限定されるので、逆に相手が持っているものを自分のところに呼び寄せることはできない。また、道具を“渡す”相手の名前を集が知らなければ効果は発動しない。一見すると使い勝手の悪そうな力だが、これも使い方次第で大きな武器になるだろう。

 何故なら彼らが逃げ込んで籠城した部屋は、この施設の『研究室』だ(今思うと、彼らが偶然逃げ込んだ部屋に罠がなくて本当に良かったと思う)。優秀な道具は、そこそこ揃っているはずである。夏俊が急いで集に探して貰ったところ、使えそうな道具がいくつか見つかったらしい。ゆえに。


「聖也!」


 次の瞬間、聖也の手には事務仕事か何かで使っていたらしいおお振りのハサミが出現する。上出来だ、と聖也は思った。刃物としては使いにくいかもしれないが、突いて刺してを行うならなんら問題はない。武器として使った後で、探索にも使えそうないい道具ではないか。

 聖也が罪喰いの足元に狙いを定めた瞬間、一瞬だけ化物の身体が全体的に碧色に光って点滅するのが見えた。夏俊の合図でなほが能力を発動してくれたらしい。効果時間は一分――それだけあれば十分だ。


「そらっ!」


 聖也は化物に右足に思い切りハサミを突き刺して、抉った。防御力をガタ落ちされた怪物は大きく肉を抉られ、そこから破裂した風船のように真っ黒な血液らしきものを噴出させる。自分が知っている罪喰いと同じものならば、その体液を浴びても毒にはならないはずだが――返り血は避ける方が無難だ。そういう訓練を受けている。殺す相手が、なんらかの疫病を持っているケースもあるから尚更だ。


「グッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「うっせえよボケ!」


 もんどりを打って仰向けに倒れる怪物。そこに、聖也はハサミを構えて思い切り飛びかかった。狙うは敵の首、ただ一つ。ハサミを大きく開いて、そして。


「死んどけゴラァ!!」


 ぶちり、ごきり。肉と、脊椎を切断される音が響き渡った。化物の首がごろり、と音を立てて転がり、先ほどの比ではないほど派手な黒い血飛沫は上がることになる。それを綺麗に回避しつつ、聖也はトドメと言わんばかりに転がった首に蹴りを見舞った。怪力の聖也の蹴りをもろに受けた頭は壁に叩きつけられ、頭をザクロのように割ってごろんごろんと吹き飛んでいく。

 化物はやがて、首を失った身体を数回、びくびくと痙攣させた後――やがてぴたり、と動かなくなった。やっぱりそうか、と聖也は思う。自分が知っているあの怪物と同じなら、死んだ化物はそのまま霧状態に溶けて消えるはず。だがこの、人工的に作られたであろう生物は、殺しても死体がそのまま残るらしい。それもそれで怖いな、と聖也は思う。場合によっては、死んだフリをする個体が出てくるかもしれない。今後は気をつけた方がいいと、皆に忠告しておくべきか。


「聖也!やったか!!」

「ああ」


 やがて、敵を倒したことを確認した夏俊が駆け寄ってくる。まるで幼い子供のように泣きそうな、それでいてキラキラした笑顔を向けてくる夏俊に、思わず聖也も顔が熱くなったのはここだけの話しだ。自分とさほど変わらない背の彼の頭を撫でつつ、思う。


――うむ、いくら可愛いかたといって……これは襲っちゃだめな人種だな、うん!


 化物をただ倒せた、というだけではない。聖也の能力を温存でき、使用回数制限のない能力だけで敵を撃破できると証明できた。これはかなり大きな功績であるはずだ。同時に、夏俊の冷静な作戦立案能力も証明されたわけである。

 理不尽な状況に陥っているのは確かだが、希望の光も挿してきているのかもしれなかった。聖也は少しだけ明るくなった気持ちで、化物が開けようとしていたドアの向こうに声をかけるのである。


「おい、彩也、なほ、集!」


 そう、この時は流石の聖也も忘れかけていたのだ。

 悪夢はまだ、始まったばかりであったということを。

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