「……ッ!」
彼女の顔が、一瞬だけ苦痛に歪む。僕は杖で剣を押し返し、彼女の腹めがけて蹴りを入れる。しかし彼女は、後方に跳んでそれを躱す。
「……女の子蹴り飛ばすなんて、最低ね」
「戦場において……まぁいいや。そのわりに、平気そうですね」
「私はね、女神様の加護で痛みとかあんまり感じなくなってるの。だから蹴られたくらいじゃ、痛くも痒くもない」
「へえ……」
「それより、聖剣で斬れない杖のほうが気になるかな」
僕はアヤメさんの姿を目で追う。彼女は僕と一定の距離を保ちつつ、こちらに向き直って剣を縦に構えた。
「それはトップシークレットです。僕に勝てば、教えてあげても良いですけど」
「それは楽しみね」
刀身から放たれた魔力が、剣の周囲を舞っている。その美しさに見惚れていると、目の前を紫の閃光が走った。
「くっ……!」
僕はまた杖で刃を受け止める。鍔迫り合いに持ち込まれたアヤメさんの剣が、目と鼻の先で揺らめく。
「大丈夫? 今ぼーっとしてたでしょ」
「すみません。勇者様の剣があまりにも綺麗だったので、つい」
「それはどうも。そんなこと言って、あなたの杖に嫉妬されないようにね」
僕はそのまま、彼女の剣が纏う魔力に意識を集中した。その魔力は、僕の杖の魔力にどこか似ている気がした。いや、もしかしてわざと似せようとしているのか……?
「フェイク・氷華・フローズン!」
彼女の剣が白く輝き、刀身から冷気が溢れ出す。
「氷魔法……!」
僕が昼間使った氷魔法を再現しているわけじゃない。きっと、ルリさんやソラさんの氷魔法も混ぜ込んである。一回見ただけで覚えてしまうだけじゃ飽き足らず、もうアレンジまで……!
「このまま、叩き斬る!」
「良いのですか? 僕が避けたら、この町にも被害が出かねませんが」
「じゃあ場所を変える? 確か、本の中で戦える魔法があるんでしょ?」
「ほう……」
魔導書の中に作られた空間に、相手を引きずり込んで戦う魔法、
「よくご存知で。今時あんな非効率な魔法、目にする機会は少ないと思いますが」
「そうなんだ。自分の思い通りの場所を作れる魔法があるって、女神様から聞いたんだけど。まさかラノ君、使えないの?」
「…………ヒューマンケイン・レディ」
僕はアヤメさんの至近距離で、杖の魔力を解放した。剣の冷気が掻き消され、僕とアヤメさんの魔力がぶつかり合う。杖の周りでパチパチと火花が散り、やがてそれは小さな雷となって辺りを焦がす。
「……驚きです。魔法使いと魔力で張り合える勇者がいるなんて」
「張り合う? ……私の魔法、台無しにしたくせに」
僕とアヤメさんは同時に後ろへ跳んで間合いを取った。僕は杖を構え直し、再び魔力を放出する。すると彼女も、それに合わせるように魔力を放った。しかし今度は、僕の魔力が彼女の魔力を呑み込んでいく。魔力の扱い方で、魔法使いが負けるわけにはいかない。
「くっ……あっ」
魔力の奔流に揉まれ、アヤメさんが膝をつく。
「勇者様、警告しておきますが、今後純粋な魔力での力比べはやめてください。最悪の場合、心身共に魔力ごと乗っ取られて、相手の操り人形にされかねません」
「……っ」
アヤメさんが地面に手をつき、肩で息をしている。
「ん……?」
その時、彼女の魔力からぼんやりとしたイメージが伝わってきた。その光景は、今まで見てきた彼女の姿とはどこか違う。どこか広い空間の中で、たくさんの人が彼女の虜になっている……そんな光景だった。
「ラノ君」
アヤメさんの声に、我に帰る。彼女の剣は再び白く輝いていた。どうやら、僕の魔力にもう打ち克ったらしい。
「今のは……」
「……ラノ君、あなたの容疑が一つ増えたようね」
「え?」
「……見たんでしょ? 私の……夢」