「あらら、もうバレちゃったの? サイコーおばあちゃま」
サイちゃんを鏡の森の前まで送り届けてから帰る途中の路地裏。ファムファタール女学院会長にして、召喚された一人目の魔法使い、柏櫓ユキさんに私は呼び止められた。
「その呼び方はやめてください。ユキ会長」
「あらごめんなさい。でも、学院の外ではユキお姉様と呼んでほしいと言ったはずよ? レン先生」
そう言うとユキさんは、私の腕に彼女の腕を絡ませてくる。
「……お互い、肩書きが多くて苦労しますね。ユキお姉様」
「そうかしら? 私からすれば、異世界に来てからは魔法のような日々なのだけれど。それでレンちゃん、あのお孫さんには、おばあちゃんであることがバレたの? それとも、担任の先生であることがバレたの?」
「……どちらもバレていません。そもそも担任であることはバレてもかまいませんし、私が鏡の魔女サイコー・ワ・ラノであることはバレようがありません。ユキお姉様のおかげで、ここまで見た目が若返ってるのですから。私の当時を知る人間は……この時代にはもういません」
この時代最初の勇者一行が、国の命令で私を討伐するはずだった日。勇者である一ノ瀬ヒイロや目の前にいる魔法使い、柏櫓ユキが鏡の森の入り口を訪れた日。私は彼女たちに、負けた。そしてその首を、城へ持ち帰られるはずだった。
「異世界なんだし、千年くらい生きてる人もいらっしゃるんじゃないの?」
「その領域に至るような人間たちは、私たちのような俗世のことなど……一々覚えていませんよ」
「そういうものなのね……!」
この世界の話をする時、彼女はいつもその目を子どものように輝かせる。まぁ私からすれば、充分子どもではあるのだけれど。抹殺対象であった私を、妹がほしいからという理由で若返らせて匿うなど、私には理解できない。いつ寝首を掻かれてもおかしくないというのに、未だに一緒のベッドで寝ている。
「それで、後ろの僧侶の方が、ユキお姉様の新しい妹ですか?」
「……新しい妹?」
路地裏の影から、黒い煙が溢れ出し一人の僧侶が姿を現した。
「気づいてたんですね……でも、私は別にユキお姉様とか呼びませんよー? 私たちはあくまで、ビジネスパートナー、みたいな?」
八雲ソラさん。召喚された二人目の僧侶のはずだが、彼女は刀という名の二本の剣を武器にしていた。
「あら、私は大歓迎なのよ? 良いじゃない、柏櫓三姉妹! それにソラさんには、うちの学院の理事長の椅子も用意してあるのに」
「何度でも言いますけど、私、自由が好きなんでー。あと、妹になるならルリパイセンのが良いし?」
千歳ルリさん。魔王軍四天王として召喚された、魔王軍二人目の勇者。そして、人間側に召喚された二人目の勇者、千歳アヤメさんの双子の妹。
「ルリ……? あの魔族くずれのどこが良いのかしら? 私にはあの双子、真面目すぎてつまらないわ」
「真面目すぎるところ以外は完璧なアイドルですよ、ルリパイセンは」
「……勇者のほうは?」
ユキさんが笑ったまま、ソラさんに尋ねる。
「私、自分が興味あること以外は興味ないんでー。それにあの人……もうすぐ、また死ぬし」
「……それもそうね」
サイちゃんに託したサイカワマスク。今日の女神との会話は、それを通して傍受させてもらっていた。そしてその情報はユキさんにも、そして恐らくソラさんにも伝わっている。
「千歳アヤメは七月七日に死ぬ。この運命は、女神にも変えられない真実だったようね」
「四日後。ルリパイセンがどんな顔するか、今から楽しみなんですよねー」
「私もヒイロ君が……自分と同じ召喚された勇者の死を目の当たりにしたらどうなってしまうのか、気になってるのよねー」
「……」
もう悪の組織の、女幹部二人組の会話にしか聞こえない。その内の一人は確か、ヒーローショーに出てきそうなアイドルグループのメンバーだった気がするけど。
「サイちゃんは……どうせ諦めないでしょうね」
一つ目の魔王城の時から、あの子は両親の、それからかつてのパーティーメンバーの死体を求めていた。死体さえ見つかれば、きっとあの子は死者蘇生に手を出すだろう。
「きっとサイちゃんは、勇者が死んでも復活させる。それが元通りの姿になるか、人の形をしていないかは、あの子にとって重要じゃない」
生きてさえいればどうでも良いと、いつだったかあの子は言っていた。それは今でも、きっと変わらない。
「私たちは、私たちにできることをしましょう」
「そうね! 私たちには、私たちにできることしかできないわ」
ユキさんが、相変わらず楽しそうに微笑みかけてくる。
「……ユキお姉様とソラさんには、勇者の復活という奇跡を、見届けてもらいます」
「楽しみにしてるわ! ね? ソラちゃん!」
「……そうですねー」
純真無垢な笑みを浮かべるユキさんと、明らかに興味のなさそうに相槌を打つソラさん。この正反対の二人が、元の世界からの長い付き合いというのが、いまだに信じられない。
「それでお二人とも、今日は何の用ですか?」
「用……? 正体がバレたか聞きに来ただけよ?」
「え」
「私も、ちょっとからかいに来ただけですよー?」
「…………」
身体に合わせて、精神もかなり若返ったつもりだったが……若者のノリについていくのは、骨が折れそうだ。
第一章【始まりの夜】完結
勇者アヤメの死まで、あと四日。