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第35話 5-5 【満心創痍ノ剣】

「はぁっ!」


暴走したフォーボスは、ただこちらへ突進してくるだけの猛獣に成り果てていた。僕はその攻撃をかわしながら、相手の勢いを利用して腕を一本ずつ切り落としていく。フォーボスはすでに、痛覚が機能していないようだった。


「……」


次で首を落として終わらせる。剣を構え、姿勢を低くしタイミングを伺う。


「グォォォォォォォ!」


狙いを定め、振り切る。しかしその直前で、フォーボスの首が魔力で膨れ上がり硬質化した。そして背後で、逃げようとしていた黒金の獅子団の副リーダーが、悲鳴を上げる。


「フォーボス……貴様……!」


フォーボスに魔力を吸い取られ、彼はそのまま干からびて砂となった。そしてその魔力が、フォーボスをさらに異形へと変えていく。


「セイ、ケンヲ、ヨコセ……!」


フォーボスの腹が裂け、現れた巨大な口から無数の舌が伸びてきて僕の腕に絡みつく。


「っ……!」


剣の刃先はフォーボスの首に食い込んだまま。もう一度力を込めるが、魔力で補強された首は切り落とせそうにない。舌に引っ張られ、少しずつフォーボスの腹の口へと引き寄せられていく。


「ヨコセ……チカラヲ……!」


この身体は諦めるか……? 最近死んでなかったし、ガタが来てるのかもしれない。剣から手を離そうとした時、フォーボスの背後にいつの間にか……アヤメさんが迫っていた。


言ノ葉声刃ーコトノハセイバー・レディ!」


召喚魔法でアヤメさんの手に呼び出された聖剣が揺らめく。そして正面から斬り込んでいた僕とは反対側、フォーボスの真後ろから、彼の首に食い込む。


「アヤメさん……!?」


「……私が、合わせるから!」


フォーボスが聖剣の気配に気づいたのか、切り落としたフォーボスの両肩の断面から、何本もの触手が生えてきてアヤメさんに絡みつく。


「セイ、ケン……!!!」


「っ……フェイクファー・百華繚乱・ウェアウルフ!」


アヤメさんが人狼の毛皮を纏う。


「偽装・月華・ガルルムーンサルト!」


もしフォーボスがアヤメさんの技の魔力量に耐え切り、その魔力を吸収して自分のものにしまったら、今度こそ手がつけられない。もう、やるしかない。僕は頷いて、アヤメさんの魔力を共鳴させる。


満心創痍ノ剣hurt full pain・マイティリンク……はぁぁぁーっ!!!」

「……せいやぁーっ!!!」


アヤメさんの聖剣と交差するように、同時に剣を引き抜きフォーボスの首を断つ。


「マガミヨ……」


フォーボスの首が宙を舞い、その身体が崩れ落ちる。僕は、自分に言い聞かせるように呟く。


「……ミッション、コンプリート」


「アヤ!」


その場に座り込んだアヤメさんのもとに駆け寄ってきたルリさんが、アヤメさんに絡みついたままの触手を引き剥がす。


「ルリ……もう、魔力は大丈夫なの?」


「大丈夫、そんなに取られてないから。……そんなに取られてないのに、私の魔力であんな化け物みたいになっちゃうなんてね。私……やっぱり魔族なんだね」


ルリさんが寂しそうに笑う。


「ルリ……」


「アヤ、ありがとう。こんな私と一緒にいてくれて」


力が抜けたように寄りかかるルリさんの身体を、アヤメさんが優しく受け止める。


「ううん。お礼を言うのは私のほう。また、助けられちゃったね」


アヤメさんは愛おしそうに、ルリさんの頭を撫でながら答える。そんな二人を見ながら、僕は絡みついていた舌を切り落とし剣をしまった。


「あれは、彼が呪いの力で溜め込んだ他人の魔力の副作用です。ルリさんのせいではありません」


フォーボスの遺体は人の姿に戻ることなく、砂となって消えた。


「だってさ。ラノ君が言うんだから、ルリのせいじゃないって」


「……確かに、サイカ・ワってそういう気の遣い方できなさそうよね」


僕は周囲に人がいないことを確認してから、路地裏にかけていた転移の魔法を解く。左右の路地裏は、元通り喫茶バフォメットへと繋がる道に戻った。


「……いずれにせよ、これで呪いの元凶は消えたはずです。もし立てるようなら、マスターの旦那さんの様子を見に行ってあげてください。僕は後始末がありますので」


「……立てないって、言ったら?」


「……ヒューマンケイン・レディ」


僕を見上げる二人に、僕は初めて会った時と同じように治癒の魔法をかける。でも、もうあの時と同じではいられないのだろう。


「ラノ君……いつもありがとね」


「……サイカ・ワ。今回のことは感謝してる。これであいつらは、この町からも、アヤからも手を引いてくれるはず」


「……そうですね」


断言はできないが、今はそういうことにしておこう。アヤメさんとルリさんは、お互いを支え合いながら立ち上がった。


「でも、学校ではあんまり馴れ馴れしくしないでよね」


「…………学校?」


ルリさんが僕を睨むと、アヤメさんがため息をついた。


「明日から平日でしょ? 私たちは、パーティーメンバーで、クラスメイト。だから学校でもよろしくね、ラノ君?」


「……」


忘れていた。世界一幸福な魔法使い、サイカ・ワ・ラノの平穏な学校生活は、まだ始まってすら、いなかったことを。

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